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63、少年
しおりを挟む「ヒョッヒョッヒョッ!! 六道妖全員を揃えるまでなかったかッ・・・! たったふたりで、よもやこれほど圧倒できるとはのう!」
祭壇の上で怪老が笑う。皺だらけの顔が、ますますクシャクシャになった。ブチブチと音がするのは、皺のなかで飼っている蛆虫が潰れていくためだ。
「骸頭。その小娘が息絶えるまで、油断しない方がいいわ」
呵々大笑する地獄妖に、近づく影があった。
紫のドレスにソバージュのオレンジ髪。過剰なまでに装飾された宝石類は、重なる年齢を誤魔化すためにも思える。溢れる自己顕示欲が、ギラついた眼光から迸るかのようだ。
元は端整であったと思われる顏の中央は、クレーターが出来たように陥没していた。
六道妖のひとり。人妖を司る、その女妖魔の名は〝妄執”の縛姫。
かつてオメガヴィーナスに顔面を凹まされた熟女は、張本人を前にして憎悪を蘇らせていた。
「苦しめッ・・・もっと苦しむことね、忌々しい女めッ! ほら、これを見るがいい!」
「・・・・・・いッ・・・くみ・・・ッ・・・!?」
濛々と黒煙が昇るなか、光属性のオメガスレイヤーは、自分とそっくり同じ顏をした女子大生が、祭壇に現れるのを見た。
「ホホホッ・・・!! そうよ! あんたの大切な妹は、この縛姫の手にある。ヘタな動きはしないことねッ!」
白黒ボーダーの長袖Tシャツに、ホワイトのミニスカート。セミロングの髪型は天音と変わらないが、茶色に染めているのが奔放な妹らしかった。
縛姫の腕から伸びた緑の大蛇に巻き付かれ、四乃宮郁美は拘束されていた。
虚空を見詰め、ふらふらと夢遊病者のような足取りで引き出されてくる。汚れた衣服を見ても、頬や内股を濡らす液体の痕を見ても、六道妖から拷問を受けたのは間違いなかった。恐らくは、性的な。
「・・・いく・・・みッ・・・! ・・・郁美ッ・・・!!」
「・・・・・・あま・・・ね・・・・・・お姉・・・ちゃん・・・っ・・・!!」
随分久しぶりの対面に思えた。ほんの今朝方、姉妹は顏を合わせていたのに。
ボロボロではあるが、郁美は生きていた。生きて再び、天音の前に現れてくれた。
思わず涙腺が緩みかかる。天音は知っていた。この、どこか強情なところがある妹は、普段は姉を呼び捨てにすること。だが、心底甘えたいときには、「お姉ちゃん」と幼少からの呼び方をすること。
もう・・・安心してね。郁美。
お姉ちゃんが来たからには・・・必ずあなたを助けるからッ!!
オメガヴィーナスの胸元を飾る、十字架のロザリオ。
金色のオメガストーンが、まばゆい光を放つ。同時に天音の全身も、黄金の輝きに包まれた。
「ゲヒッ!? こ、こいつぅッ・・・グギャアアアッ――ッ!!」
「まだオメガ粒子を温存していたかッ!!」
光女神のフラッシュに焼かれ、泥の妖化屍がたまらず剥がれる。
一体、なにが起こったのか――? 悟ると同時に、虎狼は戟を突いていた。『Ω』の紋章を貫くべく。
だが、身を捻ったオメガヴィーナスは、ゼロ距離からの刺突を避ける。先程までの、弱々しい姿ではない。本来の、素早く力強い動き。
ボッと空気が燃えるような音がして、光女神の右ストレートが虎狼の顔面に迫る。
〝無双”の武人が掌で受ける。虎狼以外の者では、不可能な反射速度。しかし打撃のパワーに、筋肉の鎧を纏った巨体が軽々と吹き飛ばされる。
「なッ・・・なんじゃッ・・・!?」
一瞬にして行われた一連の攻防に、ようやく骸頭の理解が追いついた。
どおりで脆いと・・・弱すぎると思った。
四乃宮天音は十字架のオメガストーンに、敢えてオメガ粒子を残していたのだ。つまり、これまでのオメガヴィーナスは全開ではなかった。
なぜ、そんな周りくどいことをしたのか。ダメージを受けるリスクがありながら。
理由はひとつ。大切な妹を、助けるために――。
「捕まれば、きっと郁美に会えると思っていたわ。賭けだったけど」
「ゲギョッ!! グギョロロロッ――ッ!!」
自由になった白銀の光女神が、ロングブーツで教会の床を踏みしめる。青のケープがふわりと浮き上がり、大海原のごとく広がった。
その眼前に、漆黒の巨鳥は迫っていた。
畜生妖・〝骸憑”の啄喰。その純粋な速度は、〝無双”の虎狼をも上回っているやもしれぬ。一瞬。まさに一瞬で、壁際にいたはずの巨大カラスは、オメガヴィーナスの鼻先へと飛来している。
黄色の嘴が、つるはしの如く振り下ろされる。凛とした瞳が光る、美貌へ。
硬質な物がぶつかりあう音がして、天音は嘴の襲撃を左腕一本で受け止めた。
それまでパクリと裂けていた白銀のスーツが、今度は傷ひとつつかなかった。
「あの洋館で、シグマからのコールが鳴った時。私はわざと、あなたたちに負けることを覚悟したの」
怪鳥が逃げるより速く、オメガヴィーナスの右手が嘴を掴む。
そのままピッチャーの投球のようなフォームで投げた。啄喰の、全身を。
コンクリートの壁に叩き付けられ、巨大鳥がブザマに鳴く。叫ぶ嘴から噴き出す鮮血。漆黒の羽が、はらはらと舞った。
「わざとッ・・・じゃとォッ!?」
「そう。ダメージを受けた姿なら、警戒心の強いあなたも油断すると思ったわ。きっと、郁美がいるアジトにも連れていくと」
聖司具馬が郁美の救出に失敗した、とわかった瞬間。
天音は逃げることよりも、イチかバチかの勝負に出た。郁美と出逢うためには、もう己の身体を差し出すしかない、と。
オメガヴィーナスを処刑するのなら、恐らく六道妖は最愛の妹の前で執行するはずだった。欲望のままに動くのが、妖化屍の基本生態。最大の宿敵を始末するとなれば、もっとも嫌がる方法を選ぶだろう。
どこにいるかわからない妹と出会うには、己が捕獲されるのがもっとも確実。しかし、そのためには万全の状態でいることは許されない。
たとえ深いダメージを受けることになっても、郁美は助ける。司具馬からのコールが鳴った時、一瞬で天音はそれだけの覚悟を決めた。
「バカな女ねッ!! そんなに妹を殺されたいのッ!?」
この緊急時に、〝妄執”の縛姫だけが笑っていた。
緊縛を得意とする女妖化屍は、自分より美しい同性が嫌いだった。一度受けた屈辱は、生涯恨む性格だった。
殺しても殺し足りないほどオメガヴィーナスは憎いが、郁美への憎悪も変わらない。姉妹揃って死んでもらわねば、潰れた顔面の代償は払えない。
これでまず、生意気な妹をバラバラにできる・・・そう思うと、縛姫の唇は自然に吊り上がった。
「縛姫。あなたには、郁美に触れないでもらうわ」
ジュッ、と空気の焼ける音がして、オメガヴィーナスの双眸から白い光が発射される。
一直線に伸びる、レーザー光線。その名を〝ホーリー・ヴィジョン”。
縛姫が力を込めるより速く、緑の大蛇に直撃する。
「ギャアアッ・・・!? ギャアアアッ――ッ!!」
聖なる光で焼かれた蛇は、ボトリと郁美の足元に落ちた。
腕代わりのヘビを焼き切られ、顔面の陥没した妖化屍が絶叫をあげる。
「自分で言うのもなんだけど」
一旦台詞を区切り、オメガヴィーナスは聖堂を見回した。
祭壇の上には地獄妖・骸頭。魔法使いのような怪老は、恐怖と動揺でガクガクと震えている。
佇んだまま睨む修羅妖・虎狼。焦げた身体を修復する餓鬼妖・呪露。壁に張り付き痙攣する畜生妖・啄喰。腕を押さえて叫ぶ人妖・縛姫。
5体もの妖化屍に囲まれながら、圧倒しているのは、白銀の光女神の方だった。
「私か、あなたたち六道妖。そのどちらかが生まれてこなければ、多くの犠牲も生まれずに済んだ」
光属性のオメガスレイヤーを抹殺するため、組織されたのが六道妖。
一方で、妖化屍を狩るのは、究極破妖師の宿命。
在りし日の父と母が脳裏に浮かぶ。そして今、祭壇の上ではぐったりと崩れ落ちる妹の姿が。両者の激突で、多くの者が犠牲となった。もう哀しみは増やしたくない。心優しき光女神の、心底からの想いだった。
「決着をつけましょう。この場で・・・私たちのどちらかは、消えるべきよ」
オメガヴィーナスの全身を、黄金の光が覆う。
背中から、ポトリと緑の鉱石が抜け落ちた。もう天音の全力を妨げるものはない。まずは一気に郁美を奪還しようと、スラリと伸びた脚に力を込める。
5体の妖化屍に、緊張が走る。本気のオメガヴィーナスと、まともに闘い得るのか? 〝オーヴ”の戟を手にした虎狼でさえもが、死神の鎌を背に感じた。
予想外の出来事が起こったのは、光女神が駆け出す寸前だった。
「あれェ? ・・・なにしてるの?」
聖堂に、子供の声が響いた。
神速で振り返るオメガヴィーナス。ざっと見て、小学生高学年といったところか。おかっぱ頭の少年が、ケープを背にしたヒロインを呆然と眺めている。
なんという、最悪のタイミング。
拝礼に来た少年が教会に入ってきたのか。数多いる異様な妖魔の存在に、まだ気付いていないようだ。しかし当然のように、六道妖の方はわかっている。人質に取るには格好の獲物が、紛れ込んだことに。
「お姉ちゃん、誰? なんでそんな格好してるの?」
逡巡。
さすがの光女神も、決断までにわずかな間があった。祭壇上の郁美と少年とは、ほぼ正反対の位置にある。スピードには自信があるオメガヴィーナスといえど、一度にふたりは守れない。どちらを優先すべきか? その二者択一は、郁美と凛香を秤にかけた以上に難しいものかもしれなかった。
天音は奔った。ケープを翻し、一瞬で距離を詰める。
選んだのは、あどけない少年の方。
たったひとりの肉親より、オメガヴィーナスは見ず知らずの子供を先に守った。それが破妖師として、『水辺の者』として生まれた者の、宿命だった。
「え? あれ?」
「大丈夫よ。私が君を守るから。さあ、早くここから・・・」
キョトンとする少年を、いつの間にか眼の前に現れた、キレイなお姉さんが抱き締める。
まずはこの子を教会の外に連れ出す。それが天音が思い描いた策だった。すぐに戻れば、きっとまだ、郁美の救出は間に合うはず・・・
ズドオオオオォゥゥッッンンッ!!!
大砲が火を噴いたような轟音が、聖堂を揺らした。
「・・・がぁッ・・・!? ・・・かはア”ッ・・・!!」
苦しげな吐息が漏れる。ボタタッ、と唾液の束が床を叩く音。
己の身に起こった出来事を、しばし天音は理解できなかった。
鉛の塊を鳩尾に埋め込まれたようだった。胃がせりあがり、丸ごと口から飛び出しそうだ。苦しい。オメガヴィーナスになっているのに、これほどの痛みをなぜ感じるのか?
ヒクつく身体を懸命に動かし、天音は自身の腹部を見た。
拳が埋まっている。手首まで、深く。
オメガヴィーナスの鋼鉄のボディに、おかっぱ少年のアッパーブローが突き刺さっていた。
「お姉ちゃんが噂のオメガヴィーナスかァ。思った通り、柔らかいカラダだね」
コロコロと笑いながら、少年は右拳を引き抜く。
支えを失い、白銀の光女神が両膝から崩れ落ちる。呼吸がうまくできない。パクパクと、酸素を求めて桃色の唇が開閉する。自然に両手はお腹を押さえ、蝕むような苦痛に全身が小刻みに震えた。
「あ”ッ・・・!! かふゥ”ッ・・・!! な・・・ぜッ・・・!?」
天音の疑問は、「なぜ少年が敵対してくるのか?」ではない。
「なぜ、これほどのパワーを持っているのか?」
あの虎狼でさえ、素手による打撃はオメガヴィーナスには通じない。子供の姿をした妖化屍がいても不思議ではないが、究極戦士の肉体にダメージを与えるパワーは一体・・・!?
「天妖・・・〝覇王”絶斗よ・・・おかげで助かったわい」
骸頭の台詞が、答えの全てだった。
この少年が、六道妖最後のひとり。天妖。
またの名を、〝覇王”絶斗。
「オジサンたち、本当に情けないね。こんな女ひとりに勝てないの?」
プラチナブロンドの髪を掴み、絶斗は右手のみでオメガヴィーナスを持ち上げた。
腹部を押さえて悶える美乙女が、軽々と宙に浮く。
「うああ”ッ・・・ぐゥ”ッ・・・!!」
「いいよ。ちょうど遊び相手が欲しかったんだ。このオモチャは頑丈そうだから、たくさん楽しめそうだね♪」
無邪気に相好を崩し、絶斗は空いた左腕でボディブローを放つ。
グボリッ!! と肉の陥没する音が響き、〝覇王”の拳は易々とオメガヴィーナスの鳩尾に埋まった。
「ゴブウウ”ウ”ッッ!!」
大量の鮮血が、天音の唇を割って高々と飛沫をあげた。
〝覇王”を冠する少年の猛攻が、始まろうとしていた。
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