オメガスレイヤーズ ~カウント5~ 【究極の破妖師、最後の闘い】

草宗

文字の大きさ
上 下
63 / 82

63、少年

しおりを挟む

「ヒョッヒョッヒョッ!! 六道妖全員を揃えるまでなかったかッ・・・! たったふたりで、よもやこれほど圧倒できるとはのう!」

 祭壇の上で怪老が笑う。皺だらけの顔が、ますますクシャクシャになった。ブチブチと音がするのは、皺のなかで飼っている蛆虫が潰れていくためだ。
 
「骸頭。その小娘が息絶えるまで、油断しない方がいいわ」

 呵々大笑する地獄妖に、近づく影があった。
 紫のドレスにソバージュのオレンジ髪。過剰なまでに装飾された宝石類は、重なる年齢を誤魔化すためにも思える。溢れる自己顕示欲が、ギラついた眼光から迸るかのようだ。
 元は端整であったと思われる顏の中央は、クレーターが出来たように陥没していた。
 六道妖のひとり。人妖を司る、その女妖魔の名は〝妄執”の縛姫バクキ
 かつてオメガヴィーナスに顔面を凹まされた熟女は、張本人を前にして憎悪を蘇らせていた。
 
「苦しめッ・・・もっと苦しむことね、忌々しい女めッ! ほら、これを見るがいい!」

「・・・・・・いッ・・・くみ・・・ッ・・・!?」

 濛々と黒煙が昇るなか、光属性のオメガスレイヤーは、自分とそっくり同じ顏をした女子大生が、祭壇に現れるのを見た。
 
「ホホホッ・・・!! そうよ! あんたの大切な妹は、この縛姫の手にある。ヘタな動きはしないことねッ!」

 白黒ボーダーの長袖Tシャツに、ホワイトのミニスカート。セミロングの髪型は天音と変わらないが、茶色に染めているのが奔放な妹らしかった。
 縛姫の腕から伸びた緑の大蛇に巻き付かれ、四乃宮郁美は拘束されていた。
 虚空を見詰め、ふらふらと夢遊病者のような足取りで引き出されてくる。汚れた衣服を見ても、頬や内股を濡らす液体の痕を見ても、六道妖から拷問を受けたのは間違いなかった。恐らくは、性的な。
 
「・・・いく・・・みッ・・・! ・・・郁美ッ・・・!!」

「・・・・・・あま・・・ね・・・・・・お姉・・・ちゃん・・・っ・・・!!」

 随分久しぶりの対面に思えた。ほんの今朝方、姉妹は顏を合わせていたのに。
 ボロボロではあるが、郁美は生きていた。生きて再び、天音の前に現れてくれた。
 思わず涙腺が緩みかかる。天音は知っていた。この、どこか強情なところがある妹は、普段は姉を呼び捨てにすること。だが、心底甘えたいときには、「お姉ちゃん」と幼少からの呼び方をすること。
 
 もう・・・安心してね。郁美。
 お姉ちゃんが来たからには・・・必ずあなたを助けるからッ!!
 
 オメガヴィーナスの胸元を飾る、十字架のロザリオ。
 金色のオメガストーンが、まばゆい光を放つ。同時に天音の全身も、黄金の輝きに包まれた。
 
「ゲヒッ!? こ、こいつぅッ・・・グギャアアアッ――ッ!!」

「まだオメガ粒子を温存していたかッ!!」

 光女神のフラッシュに焼かれ、泥の妖化屍がたまらず剥がれる。
 一体、なにが起こったのか――? 悟ると同時に、虎狼は戟を突いていた。『Ω』の紋章を貫くべく。
 だが、身を捻ったオメガヴィーナスは、ゼロ距離からの刺突を避ける。先程までの、弱々しい姿ではない。本来の、素早く力強い動き。
 
 ボッと空気が燃えるような音がして、光女神の右ストレートが虎狼の顔面に迫る。
 〝無双”の武人が掌で受ける。虎狼以外の者では、不可能な反射速度。しかし打撃のパワーに、筋肉の鎧を纏った巨体が軽々と吹き飛ばされる。
 
「なッ・・・なんじゃッ・・・!?」

 一瞬にして行われた一連の攻防に、ようやく骸頭の理解が追いついた。
 
 どおりで脆いと・・・弱すぎると思った。
 四乃宮天音は十字架のオメガストーンに、敢えてオメガ粒子を残していたのだ。つまり、これまでのオメガヴィーナスは全開ではなかった。
 
 なぜ、そんな周りくどいことをしたのか。ダメージを受けるリスクがありながら。
 理由はひとつ。大切な妹を、助けるために――。
 
「捕まれば、きっと郁美に会えると思っていたわ。賭けだったけど」

「ゲギョッ!! グギョロロロッ――ッ!!」

 自由になった白銀の光女神が、ロングブーツで教会の床を踏みしめる。青のケープがふわりと浮き上がり、大海原のごとく広がった。
 その眼前に、漆黒の巨鳥は迫っていた。
 畜生妖・〝骸憑”の啄喰。その純粋な速度は、〝無双”の虎狼をも上回っているやもしれぬ。一瞬。まさに一瞬で、壁際にいたはずの巨大カラスは、オメガヴィーナスの鼻先へと飛来している。
 
 黄色の嘴が、つるはしの如く振り下ろされる。凛とした瞳が光る、美貌へ。
 
 硬質な物がぶつかりあう音がして、天音は嘴の襲撃を左腕一本で受け止めた。
 それまでパクリと裂けていた白銀のスーツが、今度は傷ひとつつかなかった。
 
「あの洋館で、シグマからのコールが鳴った時。私はわざと、あなたたちに負けることを覚悟したの」

 怪鳥が逃げるより速く、オメガヴィーナスの右手が嘴を掴む。
 そのままピッチャーの投球のようなフォームで投げた。啄喰の、全身を。
 コンクリートの壁に叩き付けられ、巨大鳥がブザマに鳴く。叫ぶ嘴から噴き出す鮮血。漆黒の羽が、はらはらと舞った。
 
「わざとッ・・・じゃとォッ!?」

「そう。ダメージを受けた姿なら、警戒心の強いあなたも油断すると思ったわ。きっと、郁美がいるアジトにも連れていくと」

 聖司具馬が郁美の救出に失敗した、とわかった瞬間。
 天音は逃げることよりも、イチかバチかの勝負に出た。郁美と出逢うためには、もう己の身体を差し出すしかない、と。
 オメガヴィーナスを処刑するのなら、恐らく六道妖は最愛の妹の前で執行するはずだった。欲望のままに動くのが、妖化屍の基本生態。最大の宿敵を始末するとなれば、もっとも嫌がる方法を選ぶだろう。
 どこにいるかわからない妹と出会うには、己が捕獲されるのがもっとも確実。しかし、そのためには万全の状態でいることは許されない。
 たとえ深いダメージを受けることになっても、郁美は助ける。司具馬からのコールが鳴った時、一瞬で天音はそれだけの覚悟を決めた。
 
「バカな女ねッ!! そんなに妹を殺されたいのッ!?」

 この緊急時に、〝妄執”の縛姫だけが笑っていた。
 緊縛を得意とする女妖化屍は、自分より美しい同性が嫌いだった。一度受けた屈辱は、生涯恨む性格だった。
 殺しても殺し足りないほどオメガヴィーナスは憎いが、郁美への憎悪も変わらない。姉妹揃って死んでもらわねば、潰れた顔面の代償は払えない。
 これでまず、生意気な妹をバラバラにできる・・・そう思うと、縛姫の唇は自然に吊り上がった。
 
「縛姫。あなたには、郁美に触れないでもらうわ」
 
 ジュッ、と空気の焼ける音がして、オメガヴィーナスの双眸から白い光が発射される。
 一直線に伸びる、レーザー光線。その名を〝ホーリー・ヴィジョン”。
 縛姫が力を込めるより速く、緑の大蛇に直撃する。
 
「ギャアアッ・・・!? ギャアアアッ――ッ!!」

 聖なる光で焼かれた蛇は、ボトリと郁美の足元に落ちた。
 腕代わりのヘビを焼き切られ、顔面の陥没した妖化屍が絶叫をあげる。
 
「自分で言うのもなんだけど」

 一旦台詞を区切り、オメガヴィーナスは聖堂を見回した。
 祭壇の上には地獄妖・骸頭。魔法使いのような怪老は、恐怖と動揺でガクガクと震えている。
 佇んだまま睨む修羅妖・虎狼。焦げた身体を修復する餓鬼妖・呪露。壁に張り付き痙攣する畜生妖・啄喰。腕を押さえて叫ぶ人妖・縛姫。
 5体もの妖化屍に囲まれながら、圧倒しているのは、白銀の光女神の方だった。
 
「私か、あなたたち六道妖。そのどちらかが生まれてこなければ、多くの犠牲も生まれずに済んだ」

 光属性のオメガスレイヤーを抹殺するため、組織されたのが六道妖。
 一方で、妖化屍を狩るのは、究極破妖師の宿命。
 在りし日の父と母が脳裏に浮かぶ。そして今、祭壇の上ではぐったりと崩れ落ちる妹の姿が。両者の激突で、多くの者が犠牲となった。もう哀しみは増やしたくない。心優しき光女神の、心底からの想いだった。
 
「決着をつけましょう。この場で・・・私たちのどちらかは、消えるべきよ」

 オメガヴィーナスの全身を、黄金の光が覆う。
 背中から、ポトリと緑の鉱石が抜け落ちた。もう天音の全力を妨げるものはない。まずは一気に郁美を奪還しようと、スラリと伸びた脚に力を込める。
 5体の妖化屍に、緊張が走る。本気のオメガヴィーナスと、まともに闘い得るのか? 〝オーヴ”の戟を手にした虎狼でさえもが、死神の鎌を背に感じた。
 
 予想外の出来事が起こったのは、光女神が駆け出す寸前だった。
 
「あれェ? ・・・なにしてるの?」

 聖堂に、子供の声が響いた。
 神速で振り返るオメガヴィーナス。ざっと見て、小学生高学年といったところか。おかっぱ頭の少年が、ケープを背にしたヒロインを呆然と眺めている。
 
 なんという、最悪のタイミング。
 拝礼に来た少年が教会に入ってきたのか。数多いる異様な妖魔の存在に、まだ気付いていないようだ。しかし当然のように、六道妖の方はわかっている。人質に取るには格好の獲物が、紛れ込んだことに。
 
「お姉ちゃん、誰? なんでそんな格好してるの?」

 逡巡。
 さすがの光女神も、決断までにわずかな間があった。祭壇上の郁美と少年とは、ほぼ正反対の位置にある。スピードには自信があるオメガヴィーナスといえど、一度にふたりは守れない。どちらを優先すべきか? その二者択一は、郁美と凛香を秤にかけた以上に難しいものかもしれなかった。
 
 天音は奔った。ケープを翻し、一瞬で距離を詰める。
 選んだのは、あどけない少年の方。
 たったひとりの肉親より、オメガヴィーナスは見ず知らずの子供を先に守った。それが破妖師として、『水辺の者』として生まれた者の、宿命だった。
 
「え? あれ?」

「大丈夫よ。私が君を守るから。さあ、早くここから・・・」

 キョトンとする少年を、いつの間にか眼の前に現れた、キレイなお姉さんが抱き締める。
 まずはこの子を教会の外に連れ出す。それが天音が思い描いた策だった。すぐに戻れば、きっとまだ、郁美の救出は間に合うはず・・・
 
 ズドオオオオォゥゥッッンンッ!!!
 
 大砲が火を噴いたような轟音が、聖堂を揺らした。
 
「・・・がぁッ・・・!? ・・・かはア”ッ・・・!!」

 苦しげな吐息が漏れる。ボタタッ、と唾液の束が床を叩く音。
 己の身に起こった出来事を、しばし天音は理解できなかった。
 鉛の塊を鳩尾に埋め込まれたようだった。胃がせりあがり、丸ごと口から飛び出しそうだ。苦しい。オメガヴィーナスになっているのに、これほどの痛みをなぜ感じるのか?
 
 ヒクつく身体を懸命に動かし、天音は自身の腹部を見た。
 拳が埋まっている。手首まで、深く。
 オメガヴィーナスの鋼鉄のボディに、おかっぱ少年のアッパーブローが突き刺さっていた。
 
「お姉ちゃんが噂のオメガヴィーナスかァ。思った通り、柔らかいカラダだね」

 コロコロと笑いながら、少年は右拳を引き抜く。
 支えを失い、白銀の光女神が両膝から崩れ落ちる。呼吸がうまくできない。パクパクと、酸素を求めて桃色の唇が開閉する。自然に両手はお腹を押さえ、蝕むような苦痛に全身が小刻みに震えた。
 
「あ”ッ・・・!! かふゥ”ッ・・・!! な・・・ぜッ・・・!?」

 天音の疑問は、「なぜ少年が敵対してくるのか?」ではない。
 「なぜ、これほどのパワーを持っているのか?」
 あの虎狼でさえ、素手による打撃はオメガヴィーナスには通じない。子供の姿をした妖化屍がいても不思議ではないが、究極戦士の肉体にダメージを与えるパワーは一体・・・!?
 
「天妖・・・〝覇王”絶斗ゼットよ・・・おかげで助かったわい」

 骸頭の台詞が、答えの全てだった。
 この少年が、六道妖最後のひとり。天妖。
 またの名を、〝覇王”絶斗。
 
「オジサンたち、本当に情けないね。こんな女ひとりに勝てないの?」

 プラチナブロンドの髪を掴み、絶斗は右手のみでオメガヴィーナスを持ち上げた。
 腹部を押さえて悶える美乙女が、軽々と宙に浮く。
 
「うああ”ッ・・・ぐゥ”ッ・・・!!」

「いいよ。ちょうど遊び相手が欲しかったんだ。このオモチャは頑丈そうだから、たくさん楽しめそうだね♪」

 無邪気に相好を崩し、絶斗は空いた左腕でボディブローを放つ。
 グボリッ!! と肉の陥没する音が響き、〝覇王”の拳は易々とオメガヴィーナスの鳩尾に埋まった。
 
「ゴブウウ”ウ”ッッ!!」

 大量の鮮血が、天音の唇を割って高々と飛沫をあげた。
 〝覇王”を冠する少年の猛攻が、始まろうとしていた。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

処理中です...