オメガスレイヤーズ ~カウント5~ 【究極の破妖師、最後の闘い】

草宗

文字の大きさ
上 下
60 / 82

60、着信

しおりを挟む

「ッッ!!?」

 オメガフェニックスこと甲斐凛香は、ピクリとも動きはしなかった。
 仰向けで大の字に転がったまま。胸に穿たれた無数の傷穴が、生々しい。
 瞳を閉じた少女の顏は、人形のように美しかった。
 
 聴力、そして視力に優れた天音だから、わかる。
 オメガフェニックスの心臓は、もう動いてはいなかった。
 
「ッッ・・・うわああああッッ―――ッッ!!!」

 抵抗をやめたはずの天音に、力が蘇る。
 怒り、そして哀しみが衝き動かす。先のことを考えた行動ではなかった。ただ紅蓮の炎天使を、甲斐凛香を殺された激情が、天音の肉体を勝手に動かしている。
 
「ぐッ!? ・・・このッ・・・抵抗するなと言って・・・!!」

 焦る呪露の言葉が、豪風に掻き消される。
 風の正体は、旋回する天音。フィギュアスケートの選手のごとく、その場で跳躍した美乙女が独楽のように回る。遠心力で、体内深くまで侵入していた泥が引き剥がされていく。
 
「グヒッ!? ・・・バ・・・バカなぁ~・・・ッ!?」

「そうだ。それでいい、オメガヴィーナス」

 パパパパパンンンンッッ!!!
 
 天音の拳の連打が、剥がれた泥の塊を撃つ。
 眼に止まらぬ速さの連撃に、灰色のヘドロは一瞬で粉塵となった。ハラハラと空気中に消えていく、〝流塵”の呪露。変身前の姿でなお、これだけのパワーとスピードが光属性の破妖師にはあった。
 
「虎狼ォォ”ォ”ッ~~~ッッ!!! あなたはァ”ッ!! あなただけはァ”ッ!!!」

「来い。闘ってこその貴様だ」

 〝無双”の武人が不敵に笑う。右手に構えたのは、愛用の戟。その矛先は、不気味な緑色を発光している。
 反オメガ粒子〝オーヴ”を、たっぷりと含んだ戟であることは一目でわかった。だからといって、尻込みする天音ではない。オメガヴィーナスの全力をすれば、極限の武芸者とも渡り合えるはずだ。
 
 右手が、首元のロザリオへと伸びる。
 十字架の形をした金色の結晶には、白銀の光女神本来のオメガ粒子が封印されている。甲斐凛香を救えなかった今、敵に従う意味は薄い。
 
 スマホの着信音が鳴ったのは、その刹那だった。
 
「ッッ!!!」

 確認するまでもなかった。電話の相手は聖司具馬。
 もうひとつのアジト、東へと向かったパートナーが、郁美救出の成否を伝える連絡――。
 
 オメガヴィーナスへの変身を止め、天音は固まった。
 郁美を無事に助けることができたのか、否か。そのどちらかで、情勢は一気に変わる。
 
 呼び出し音が、鳴り響く。1回目。ここまでは想定通り。
 問題は、さらに鳴るのかどうか。
 『1回鳴らせば成功、2回鳴らせば失敗』・・・司具馬の言葉がリフレインする。
 
 切れて。切れて。もう鳴らないで。
 
 美しき乙女は願った。懇願した。妹の安全が確保されれば、オメガヴィーナスは遠慮なく闘うことができる。
 
 ・・・続けて2回目のコールが鳴った。
 
「ッ・・・シグマ・・・ッ!!」

 黒い渦が、怒涛となって天音の脳裏を飲み込んだ。
 
 失敗。失敗した。何が起きた? なぜ失敗したのか? 郁美はどうなったのか? いや司具馬自体にも、危険は及んでいるかもしれぬ。
 再び恋人の台詞が蘇る。『2度鳴ったら、逃げろ』・・・そうかもしれない。愛する妹を人質に取られたままで、天音が本気で闘うことなど出来るのか。
 
「・・・逃げ・・・ないわッ・・・!!」

 わずかな時間のなかで、天音は結論を出した。
 ロザリオが黄金に輝く。眩い光のなかで、美しき破妖師はさらに神々しい姿へと変身を遂げた。
 
 漆黒のセミロングが、プラチナブロンドへと変わる。キラキラと全身が発光しているように見えるのは錯覚なのか。半袖ブラウスは手甲まで伸びた白銀のスーツとなり、ピンクのフレアスカートは紺青のフレアミニとなる。
 同じく紺青色の長いケープが、高貴さを象徴するように背中でなびいていた。胸の中央には金の地に青色で『Ω』を模したマークが輝く。
 
 光の女神という名が、似つかわしい美しさだった。
 オメガヴィーナス、降臨――。四乃宮天音は闘うことを決意した。彼女は信じた。変身を遂げ、全力を尽くすことだけがこの苦境を乗り切る唯一の方法だと。
 
 バサッ・・・!!
 
 鋭利な風が、出現したばかりの光女神の背中を叩く。
 
 オメガヴィーナスは確かに最強であった。パワーもスピードも五感の鋭さも、他のオメガスレイヤーのさらに上をいく。超戦士の名に恥じぬ、究極の破妖師だ。
 しかし、四乃宮天音は、闘い慣れてきたとはいえ、わずか24歳の乙女だった。
 隙はある。オメガヴィーナスに変身した直後なら、尚更。
 
「・・・はッ!」

 恐るべき速度を誇るそのバケモノは、一瞬にして飛来し、光女神の背中をとった。
 
「グギョロロロオオォッ――ッ!!」

 巨大な鳥だった。2mはある。漆黒の体毛。赤く爛れた地肌。鋭く大きな嘴。
 恐らくは、怪物化したカラス。
 今の名前は、畜生妖。〝骸憑むくろつき”の啄喰ツクバミ
 
 ドジュウウウッッ!!
 
 オメガヴィーナスが振り返るより速く、黄色の嘴がその背中に突き刺さる。
 中心よりやや左。光女神の背筋が抉られ、鮮血が噴き出した。
 
「ぐあああ”あ”ッ――ッ!! ア”ッ・・・!! なッ・・・!?」

 巨鳥の二撃目。後頭部に振り下ろされる嘴を、咄嗟に天音は避けていた。
 腕をかする。白銀のスーツがパクリと裂けた。信じがたい嘴の威力と鋭さだった。こんなバケモノが、六道妖の一体だというのか!?
 
 後方に跳んだオメガヴィーナスを、〝無双”の虎狼が待ち受けていた。
 緑色の穂先が光る。〝オーヴ”製の戟。反射的に逃げた天音は、バランスを崩している。
 
 態勢を整えようと、振り返った瞬間。
 オメガヴィーナスの左胸に、〝オーブ”の戟先は深々と打ち込まれた。
 
「ッッ・・・ゴブウウウッ!!」

 まともに刺突を喰らい、光女神の口から唾液と鮮血が噴き出す。
 グボオオッ・・・と柔肉から穂先が引き抜かれる。オメガヴィーナスの左胸から、オメガ粒子の消失を示す黒煙が昇った。心臓にまで響く一撃に、天音の全身がヒクヒクと痙攣する。
 
 事実上、すでに勝負は決まっていた。
 
 瞳を見開き、動きを止めたオメガヴィーナスの鳩尾に、トドメの戟が突き刺さる。
 
 ドボオオオオォ”ォ”ッッ―――ッ!!!
 
「ぐぼおオ”ア”ア”ア”ァ”ッ―――ッ!!! ・・・」

 可憐なはずの天音の声が、獣のような悲鳴をあげた。
 腹部に戟が埋まった瞬間、美しき女神は血と大量の吐瀉物を撒き散らした。
 
 まるで串刺しにされたかのように。
 お腹から折れ曲がった白銀の光女神が、戟の先端に高々と掲げられる。
 脱力した四肢がぐったりと垂れ、プラチナの髪と紺青のケープもまた力無く垂れ下がった。
 開いた唇からは、胃液の残滓がポタポタとこぼれ続ける。
 
 〝オーヴ”の戟を打ち込まれたオメガヴィーナスの瞳には、もはや何も映ってはいなかった。
 
 
 
 数分後。
 洋館を覆っていた『異境結界』が解かれた。なかの闘いに決着がついたことは、術者たちにはわかる。
 邸内からでてきたのは、巨大な黒い鳥だった。体毛のあちこちに、鮮血がこびりついている。
 
 黄色の嘴は、白銀と紺青のスーツを着た乙女の首を、無造作に咥えていた。
 
 瞳を閉じ、四肢を力無く垂らしたオメガヴィーナスは、眠っているかのようであった。左胸と腹部とに、焦げたような黒い跡がある。
 ピクリとも動かぬ天音を咥えたまま、不気味な怪鳥は夕闇迫る空へと飛んでいった。
 
 オメガヴィーナスが負けた。妖化屍と思しきバケモノに連れ去られた。
 夕陽に消えゆく巨大カラスの姿を、『水辺の者』たちは蒼白となって見送るしかなかった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...