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54、ノコギリ
しおりを挟むガッカリするような、それでいてホッとするような、複雑な心境だった。
密かに自慢に思っていた、86㎝=Eカップのバスト。その上下を、二本の鋭いノコギリが何度も往復している。まるで凛香の胸部から、立派な乳房を切り取ろうとしているかのようだ。
ショッキングな光景と壮絶な苦痛に、凛香は絶叫した。
灼熱が奔るような激痛に叫んでいた乙女は、やがて唇を震わせるだけで静かになった。
このまま死んでいければいい。彼女は冷静に、自分がもう助からないことを悟っていた。遅かれ早かれ、処刑される運命なのだ。ノコギリで切断されるなんて哀れ極まりないが、このまま地獄の苦しみを受け続けるよりよっぽどマシかもしれない。
だから、ノコギリの刃に埋められた鉱石のなかに、六道妖が探す〝オメガスレイヤーの弱点”がなくても素直に喜ぶことはできなかった。
オメガフェニックスこと甲斐凛香の瞳には、ほとんどなにも見えてはいなかった。18歳の美少女は傷つきすぎていた。下水道で敗北してから、すでに何時間経ったことだろう。無敵を誇った紅蓮の炎天使は、この暗い地下室で激しい拷問を受け続けている。あまりの苦痛に、いっそ死ねたら、とどれだけ思ったことか。
コスチュームこそオメガフェニックスのままでも、すでに凛香に究極戦士の力はない。
オメガ粒子の活動を抑える〝オーヴ”を、何度も打ち込まれ、注がれてきた。今でも手首と足首には〝オーヴ”を含んだ緑の枷が嵌められている。空中から吊り下げられ、合計100kgのコンクリートブロックを重りとして繋がれた肢体は、一直線に伸びて身を捩ることすらできなかった。
(・・・このまま・・・でも・・・・・・放っておけば・・・死んじゃう・・・ナ・・・)
ブチブチと、腕と腹筋が伸びる音色が、フェニックスの内部で響いた。
オメガ粒子が極端に減ったことで、炎天使の筋力・耐久力は常人の数倍程度にまで大きく弱まっていた。己の体重プラス100kgで全身を引き伸ばされていれば・・・いずれ関節は抜け、筋肉は断絶し、内臓まで伸ばされて、死に至る。
〝無双”の虎狼と〝流塵”の呪露は、あらゆる鉱物で実験するなどと言っているが、今のままなら一日ともたずオメガフェニックスは事切れるだろう。
(・・・負けて・・・捕えられて・・・さらにオメガスレイヤーの弱点まで探られるわけには、いかないっ・・・! ・・・早く、殺してヨ・・・あたしを早くっ・・・死なせて・・・!)
頑強に出来た己の肉体が、凛香は恨めしかった。
オメガフェニックスとなった日から、彼女の肉体はヒトの領域を越えた強さを手に入れた。肉体自体が強くなったのだ。それは、パワーやスピードがオメガ粒子により何百倍も増幅されるのとは、少し事情が違っていた。
ややこしい話ではあるが・・・オメガ粒子を受け入れるには、まずはじめに、強い肉体がなければならなかった。
人智を超えた頑健な肉体と、純血・純真・純潔の三要素。オメガ粒子を授かる『水辺の者』は、それらの条件が必要であった。凛香も、四乃宮天音や藤村絵里奈も、みんな要件をクリアした者たちなのだ。
オメガスレイヤーとなったから肉体が強くなった、のではなく、オメガスレイヤーになるために肉体を強くしたのだ。オメガ粒子を授かる「前」に、すでにその肉体は常人離れしたものとなっていた。
元々耐久力の高い肉体を、さらにオメガ粒子が強化する・・・オメガスレイヤーたちの頑強さが超人的であるのはそのためであった。
反オメガ粒子である〝オーヴ”により、筋力や瞬発力はガクンと落ちる。オメガスレイヤーの力は抜け、動くこともままならなくなるが・・・肉体の頑丈さだけは、ある程度の高水準を保つことになる。当然だった。オメガ粒子を受ける前から、凛香たちの身体は強化されているのだから。
例えばの話。オメガフェニックスに変身する前の姿でいるとき、凛香の能力は10分の1ほどに落ちているわけだが、そこでライフルで額を狙撃されたとしても彼女は生きているだろう。変身前であっても、それだけの驚異的な頑強さをオメガスレイヤーとなる戦士たちは持っているのだ。
〝オーヴ”製の虎狼の戟が、フェニックスの皮膚を貫けなかったのはそのためだ。筋力は落ちているので、打突のダメージは大きい。しかし強い肉体自体を、傷つけるまでには至らない。
複数の鉱石を取り付けた鞭やノコギリが、痛みは与えても表皮を破ることすらできなかったのも、同じ理由だ。
特殊繊維で編まれた深紅の強化ボディスーツは、胸部分も、股間も、ボロボロに破れて局部が露出している。しかし拷問を受けた乙女の素肌は、摩擦で赤くこそなっていても、わずかな擦り傷ほどしか見受けられない。
だからこそ、六道妖は・・・〝百識”の骸頭は、オメガ戦士の肉体を破壊できる鉱物を探しているのだ。
もし、オメガ粒子を消滅させる〝オーヴ”とその鉱石が妖化屍の手に入れば・・・無敵と呼ばれたオメガヴィーナスですら処刑が可能となるだろう。
(・・・コイツらの・・・探す鉱石、が・・・ホントにあるかはわからない・・・けど・・・万一あるなら・・・見つけられる前に・・・っ!)
―――あたしは、殺されるべきよネ
「・・・こんなっ・・・ことしたって・・・無駄ヨ・・・っ・・・」
息も絶え絶えに呟きながら、オメガフェニックスは不敵な笑みを浮かべてみせた。
「・・・あたしたちのカラダを・・・貫ける鉱石、なんて・・・あるわけないヨ・・・バッカじゃ・・・ないノ?・・・」
ストレートこのうえない、挑発の言葉。
憐れみすら込めた視線で見下ろす巨漢の武人に対し、汚泥が集合して出来た怪物は赤い眼を鋭くした。
「ゲヒ・・・ゲヒヒッ・・・! オメガフェニックスぅ~・・・自分の立場がわかってないねぇ~? もうお前は究極の炎天使なんかじゃないんだぜぇ~・・・屠殺場のブタと一緒なんだよォ~・・・殺されるために・・・ブザマに吊られた敗者さぁ・・・」
「呪露。くだらん挑発に乗るな」
瀕死のフェニックスが、敢えて憎まれ口を叩く理由が、虎狼にはわかっていた。
〝無双”の妖化屍はこれまでに998名の破妖師を滅ぼしている。骨のある戦士ほど、彼ら彼女らは敗北を悟るとともに死を求めた。
ひとつには、自分たちの能力を知らせないため。実験体として扱われている凛香が、オメガスレイヤーの弱点を解明される前に死にたいと考えるのはごく当然のことだ。
そしてもうひとつ。敗北した惨めな己を直視するのは、気概を持った戦士にとっては死よりも辛いことなのだろう。
オメガフェニックスは確実に、敗北よりも死を望むタイプであった。同じ種類の虎狼だけに、その気持ちはよくわかる。
「・・・このオレをバカ呼ばわりしたんだぜぇ~? ・・・犯されて、さんざん泣き喚いた小娘が・・・身の程を知らないよなぁ~・・・」
「バカじゃなければ・・・あなたなんかっ・・・卑怯で、醜い化け物ヨっ・・・」
「・・・へぇ~・・・そうかい、そうかい。お前みたいに生意気で・・・ムカつく小娘・・・オレ、大好きなんだよねぇ~・・・ほら、壊し甲斐があるだろぉ~?」
灰色の泥で出来た呪露の両手が、吊るされた凛香の乳房を掴む。
露わになっている、大きく白いバスト。形のいい美乳の先端から、泥はじゅるじゅると内部に侵入した。
乳首の少し奥にある敏感なセンサー。快楽を湧き出す性感地点を、直接ゴキュゴキュと泥がしごく。乳首を転がされるより、数倍に値する刺激が凛香を襲った。
「んはあア”っ!? ふああ”あ”ハアア”っ~~っ!!」
可憐なマスクが一瞬で引き攣り、絶叫とともに仰け反った。
何度も泥凌辱を浴びているにも関わらず、乙女の肢体は慣れることがなかった。鋭い刺激に容易く反応し、愉悦に耐えられずビクビクと悶える。
「ゲヒヒヒ! 相変わらずいいオッパイ、そしていい反応だなぁ・・・醜いバケモノに嬲られる気分はどうだぁ~、オメガフェニックスぅ? ・・・小娘は感じやすくて楽しい、愉しい♪」
「いぎィっ!! ひうう”っ!! あぶう”っ、あはア”っ・・・!! は、はなぁ、しっ・・・てぇ”っ・・・!!」
胸への凌辱を片手に任せて、もう一方の泥の手がノコギリを掴む。
さんざん乳房を切断しようとして出来なかった、先程のものだった。すでに結論は出ている。ノコギリの刃に埋められた数々の鉱石は無効だというのに、呪露は構わなかった。
ピタリと刃を、仰け反ったオメガフェニックスの首に当てる。
「虎狼よォ~、ちょっと手伝ってくれよォ~・・・今度はギロチンごっこで遊ぼうぜぇ~・・・」
喘ぐ凛香の切れ長の瞳が、見開かれる。
「フン。このノコギリではコイツの肌は切れんぞ」
「いいんだよォ~。それでも細首をギコギコと切られれば・・・痛いぞぉ~、苦しいぞぉ~・・・ゲヒヒ、コイツが泣き叫ぶ姿を見たいじゃないかぁ~・・・」
「下衆め」
吐き捨てながらも、虎狼もまたノコギリを手に取り、凛香のうなじに刃を当てた。
「ウアア”っ・・・!! やめっ・・・やめて・・・っ!!」
懇願の台詞も虚しく、細く長い首を前後で挟んだ二本のノコギリが動き始める。
喉笛とうなじ。複数の鉱石を埋められた鋭い刃が、何度も何度も、ガリガリと往復する。
「ウギャアアア”ア”ア”っ―――っ!!! ふぎゃあ”っ!! ガア”ア”っ・・・ア”ア”ア”ッ~~~ッ!!」
紅蓮の炎天使に処せられる、斬首刑。
だが、強固な肉体を持つオメガフェニックスの首は、簡単に切られることはない。ザキザキと刃に削られる激痛。なまじ表皮が硬いために、地獄のような苦しみが凛香を襲い続ける。
「アギイイイィィ”ィ”ッ~~~ッ!! グギャアア”ア”ア”ッ―――ッ!!! 殺しっ、殺してヨぉっ――っ!! 早くあたしを殺してぇっ――っ!!!」
「グフヒヒヒッ! 殺したくても、なかなか死なないのはお前のせいじゃないかぁ! ほれ、なんなら死んでくれても・・・構わないんだぜぇ~?」
叫ぶフェニックスの口から血の飛沫が舞う。表面は切れていなくても、ノコギリのサンドイッチが咽喉の内部を潰しているのは紛れもなかった。
「拷問の途中でくたばっちまったら・・・仕方ないもんなぁ~・・・グヒヒ、骸頭には適当に言っておけば・・・済むことさぁ~」
不意に呪露はノコギリを投げ捨てる。乳房を弄んでいた泥の手も、凛香から引き抜いた。
小山のような汚泥の塊は、なにやら物体を探し始めた。新たな鉱石で、また実験を再開するつもりか? 霞む意識のなかで、ぼんやりとオメガフェニックスは次なる拷問を覚悟した。
凛香の予想は半分正解、半分外れていた。
拷問するために鉱石を探していたのは正解。だが、ただの自然石ではなく・・・呪露が拾ったのは、緑に発光する拳大の石。
「ウアア”っ!? ア”っ・・・!! それ、はっ・・・〝オーヴ”・・・っ!!」
「ゲヒヒヒッ、まだまだ元気みたいだからねぇ~・・・もっとオメガ粒子を奪ってやるよぉ~・・・オメガフェニックスぅ~・・・」
弱点となる鉱石を探すためではなく、ただフェニックスを苦しめるのが呪露の狙いだった。
右手に〝オーヴ”鉱石を握ると、凛香の口に強引に捻じ込む。灰色の泥がゴボゴボと口腔を満たし、咽喉に流れ落ちていく。
「んぼオ”オ”っ――っ!! ごぼオ”っ・・・!! おぼォ、ん”お”っ!!」
「ギャハハハハ! 体内からオメガ粒子を消されていくのは苦しいかぁ、フェニックスぅ~?」
手足に繋がれた鎖をガチャガチャと鳴らし、波打つグラマラスなボディ。小柄だが、惚れ惚れする稜線を描いて盛り上がったバストとヒップが、小刻みに痙攣する。勝ち気を示すような吊り気味の瞳に、涙が浮かぶ。
灼熱に熔けた鉄を、飲み込んでいるかのようだった。燃える。そして力が抜けていく。
しかも〝流塵”の泥は次々と注ぎ込まれ、〝オーヴ”の石を奥へと運ぶ。咽喉から食道、そして胃へと。
「オ”ゴオ”っ・・・!! ぶじゅう”っ!! ・・・ごぼっ!!」
「さて、貫通ショーといこうか・・・下からも・・・迎えにいかなくちゃあねぇ~」
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