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51、弱点鉱物
しおりを挟むオメガフェニックスの両腕は、〝オーヴ”・・・アンチ・オメガ・ウイルス(Anti Omega Virus)を含ませた緑の鉄枷で拘束されていた。左右の手首に嵌められ、天井から吊るされている。
鍛えられた肢体が一直線となるよう、足首にもまた〝オーヴ”製の枷は嵌められていた。片方の脚に5個づつコンクリートブロックの固まりが繋がれている。
ブロックひとつの重さが約10kg。合計100kgの重量が、フェニックスの肢体を引き伸ばしている計算となる。
本来のオメガ戦士の力ならば、100kgなどは少し大きめなクッションほどのものだ。だが、今のオメガフェニックスは瀕死の状態であった。なによりも〝オーヴ”により四肢の筋力を封じられている。
首から提げられた緑の鉱石こそ外されたものの、フェニックスが究極戦士の力を奪われた状態であるのは変わらなかった。
むしろ〝オーヴ”による拘束が最低限度に減ったのは、簡単にオメガフェニックスが息絶えないよう配慮したためだ。ある程度は究極戦士の頑丈さを残しておかねばならない。そうでなければ、対オメガスレイヤー用の実験として意味がないからだ。
「あらら・・・黒曜石もダメかぁ~・・・表面に傷ひとつついていないぞ・・・」
「フン。骸頭のいうことなど、あてになるのか?」
「さあねぇ~・・・まあいいんじゃないか~・・・コイツが死なない限りは、痛めつけ放題だからなぁ~・・・」
泥に浮かんだ赤い目口を綻ばせ、呪露は別の道具を握った。
真鍮製の杭を持つと、フェニックスの丸く膨らんだ左の乳房に振り下ろす。
「んぐうう”う”っ――っ!! ぐあああ”あ”っ――っ!!」
「やっぱり真鍮も違う、と・・・こりゃあ全部終わるまでに、三日三晩はかかりそうだぁ~・・・」
「地球上の鉱物が約4400種ある、といったな。その全てを試すなど・・・バカげた話だ」
暗い地下室の片隅に積み上げられたものは、骸頭の指示で集められた、あらゆる種類の鉱物であった。
すでに武器の形をしているものもあれば、原石のままの塊もある。銅、鉄、鉛、アルミ、マンガンなどの見慣れたものから、金や銀、ルビーなどの高価なものまで・・・
反対側の壁には、実験済みの鉱物が投げ捨てられ小山となっている。それだけの数、これまでにオメガフェニックスは蹂躙を受けたという証明でもあった。
「ゲヒヒヒ・・・オレは楽しいけどねぇ~・・・骸頭の考えじゃあ、オメガスレイヤーの肉体に通用する鉱物がきっとあるはず・・・見つけ出したら、切り札は〝オーヴ”だけじゃあなくなるぜぇ~」
地球上にある鉱物のなかから、もっともオメガスレイヤーに効くものを探す。
それが〝百識”の骸頭から与えられたテーマであった。銃弾さえ弾き返すオメガスレイヤーの身体だが、苦手とするような鉱物があっておかしくはない。確信にも近い想いを、以前から骸頭は抱いていた。
しかし、仮説を確かめるには実験材料を得なければならない。オメガ粒子を含んだ『Ω』マークのおかげで〝オーヴ”は発見できたが、「オメガスレイヤーの肉体に効果のある鉱物」を探すには、「オメガスレイヤーの肉体」という入手難度Sの貴重品が必要なのだ。
その貴重なモルモットが、今、手に入った。
オメガフェニックスという、極上の実験体が。骸頭にとっては待ちわびたチャンスが訪れたのだ。
「オレたち妖化屍にだって、苦手とする鉱物はある・・・そりゃあコイツらにも、あっておかしくないよなぁ~・・・」
「フン。ちまちまと敵の弱味を探るなど、情けないやり方だ」
「ゲヒヒ・・・そうは言うが虎狼よォ~・・・弱点の鉱物が見つかれば、100%の状態のオメガスレイヤーと闘えるぜぇ~? ・・・〝オーヴ”で弱体化させたコイツらとやるのを、お前嫌がってたじゃないかぁ~・・・」
〝オーヴ”を含ませた武器は、確かにオメガスレイヤーに効く。事実、虎狼も〝オーヴ”入りの戟でフェニックスを倒した。
しかし厳密にいえば、虎狼は決して斬撃によって勝利を手にしたのではない。〝オーヴ”の戟はオメガフェニックスの肌に弾き返されている。打突の衝撃は与えられても、皮膚を破ることはできていないのだ。だからこそ、あれほど突いたにも関わらず貫けなかった。強度自体はフェニックスの皮膚が、虎狼の戟を上回っていたのだ。
つまり、〝オーヴ”の武器を使っても、虎狼はオメガスレイヤーを刺し殺せない、ということになる。
間違ってはいけないのは、あくまで〝オーヴ”はオメガ粒子を摩滅させるもの、であることだ。
〝オーヴ”の戟が効くのは、オメガ粒子を減らし防御力を低下させるためで、戟の刃自体は通用していないのだ。戟を操る虎狼の技量に関係なく、ただ〝オーヴ”を打ち込まれたからフェニックスは敗れた、と言っていい。
武器の性能で勝利しただけ。とても誇れる気分にはなれない。少なくとも武人の感性ではそうだ。
「コイツらの肉体を貫く鉱物がありゃあ・・・お前の腕ひとつで斬り殺せるぜぇ~? ・・・〝オーヴ”なんぞに頼らなくても・・・実力ひとつで勝てるんだぜぇ~?」
「そんなことは、わかっている!」
誘うように笑う呪露に、虎狼は憤然と言い返した。
幾度も繰り返し言われている内容だった。確かに、オメガスレイヤーの頑強な肉体を貫く鉱物が存在するならば、卑劣な手段など使わなくても真っ向勝負ができるだろう。オメガヴィーナスに敗れた時も、戟が光女神の肉に通用したなら、勝っていたに違いないのだ。
気が進まなくても、〝無双”の武人がこの実験に参加したのはそのためだった。
「いい返事だねぇ~! ・・・ゲヒヒ、じゃあ実験再開だぁ・・・今度はちょいと豪華に、銀でも使ってみるかねぇ~」
銀の銃弾を拾った泥の怪物が、リボルバーの弾倉に装填する。
勿体ないという金銭感覚も、酷すぎるという気後れも、呪露には無縁な感情であった。
吊るされたフェニックスの右胸に銃口を突きつけると、至近距離から発砲する。
ドオオウゥゥンンッ!!
「んぐう”う”う”ゥっ――っ!! ・・・あハア”っ・・・!! ・・・ギア”、ア”っ!!」
Eカップはあろうかという豊かな膨らみから、表面の溶けた銀弾がポロリと落ちる。
炎天使の芸術的な乳房に、10円玉ほどの穴が穿たれている。底は見えなかった。だが血が一滴も流れないところを見ると、銀もまた、オメガスレイヤーの表皮を破れなかったのだろう。
「どけ。次は青銅を試す」
虎狼の右手に握られたものは、青銅の剣であった。
一直線に伸びたフェニックスの脇腹。左のアバラに太い刀身を振り降ろす。
ベキベキと嫌な音色が響き、叫ぶ凛香の口から鮮血が迸った。
「ウアア”ア”ア”っ――っ!! ギャアア”ア”っ、アア”っ・・・!! ア、ガアア”っ・・・!!」
「これも違うな」
「肋骨はぐちゃぐちゃでも、皮膚はかすり傷ひとつ、ついていないなぁ~・・・コイツの肉を破れないと意味ないねぇ~・・・」
全身に汗を浮かべ、瞳を裏返してフェニックスは叫び続ける。
皮膚の内側にまで攻撃は届いてこないから、致命傷は免れている。しかし〝オーヴ”の枷で著しくオメガ粒子を制限された肢体に、苛烈な責めは響いた。抉られ、砕かれる激痛に、勝ち気がトレードマークのような少女は、美貌を歪ませ悶絶した。
呪露が拳銃の代わりに鞭を持つ。
ただの鞭ではなかった。一定の間隔で、鋭く磨かれた鉱石が取り付けられている。薔薇の茎を思わせるそれは、棘付きの鞭、とでもいった様相だ。
「金、プラチナ、翡翠、真珠、ルビー、サファイヤ・・・宝石類は手に入れにくくてなぁ~・・・こうやって少量で効果的に調べないと・・・」
鉱石の棘がついた鞭を、泥の妖化屍が振るう。
横から見ると「S」のラインを描いたような凛香の乳房から腹部にかけて、しなる鞭が打ち付けられる。
「キャアアア”ア”ア”っ――っ!! ・・・うああ”っ・・・!! ああ”っ・・・!!」
「ん~? やはり傷はついていないかなぁ~? ・・・グヒヒ、よくわからないねぇ~・・・そうら、もう一発」
バチイイィィッ!!
「ひぎいイ”っ!? ギアアアア”ア”っ~~っ!! アアア”っ・・・!!」
「ゲヒヒヒ! ・・・鞭で打たれるのはそんなに痛いかぁ~、オメガフェニックスぅ~? ・・・じゃあもう一発だなぁ~」
ビシャアアアッ!!
剥き出しになっている乳房に、お腹に、背中に・・・ビクビクと震える炎天使の反応を愉しみながら、呪露は鞭を浴びせ続ける。
爆ぜるような激痛が、凛香の肢体を疾走する。鞭打ちの痛みだけではない。無数に取り付けられた鉱石の棘が、ガリガリと素肌を削っていくのだ。
血の流れないところを見ると、高価な宝石類にもオメガスレイヤーの弱点となる鉱石は存在しないようだった。だが表皮は破れずとも、鞭の一打は引き裂くような苦痛を与えた。全身をおろし金で擦られているような激痛に、ブクブクと白い泡が食い縛った歯の間からこぼれる。
「ゲヒヒ、ヒヒ! 痛いか? 苦しいかぁ~、フェニックスぅ~? ・・・生意気な小娘が痛がってると・・・もっと虐めたくなるよなぁ~・・・グフフ・・・せっかくだから、もうちょっと調べてやるよぉ~」
とっくに目的の鉱物は鞭にないことは判明しているのに、フェニックスの悶える顏が見たくて、呪露はめちゃくちゃに鞭を打った。
深紅のノースリーブスーツとショートパンツが、ますます裂かれて破片を飛ばす。
「はあう”っ!! ギャアア”っ!! あ”っ!! ・・・ああ”っ・・・きゃあああ”あ”っ~~っ!!」
心身ともに蹂躙され、己の死期をも悟った凛香であったが、懇願の台詞は口にしなかった。
オメガフェニックスとしての、最後の意地だったのかもしれない。
究極の力を持つ紅蓮の炎天使は、いまや少し頑丈なだけの少女に過ぎなかった。その哀れな虜囚に、妖魔たちは容赦ない実験を繰り返す。
「次はこれを試す。オレもひとつづつ調べるのは、性に合わん」
虎狼が持ち出したのは、巨大なノコギリであった。
よく見れば、ひとつづつ刃の色が違っている。亜鉛、黒炭、コバルト、タングステン、重晶石・・・異なる鉱物で作られた刃が、ズラリ並んでいるのだ。
天井から吊るされたオメガフェニックスの胸。乳房の上、膨らみが始まる稜線の麓に、横一直線にノコギリを当てる。
「っ!? ・・・はあっ、はあっ、はあっ・・・!! ・・・ぅああ”っ!?」
「初めて怯えた表情を見せたな、オメガフェニックス・甲斐凛香。だが、いくら哀れな瞳を向けてもムダだ」
「グヒ、グヒヒヒ・・・惨めだねぇ~、フェニックスぅ~・・・ノコギリはもう一本あるぜぇ~?」
すずや大理石、チタンなどが組み込まれたノコギリが、呪露の手に渡る。
ピタリとギザギザの刃が、炎天使の乳房の下に当てられた。
傍目から見れば、左右から二体の怪物に、グラマラスな少女の胸が切り取られようとしているかのようだ。
事実、オメガフェニックスに襲い掛かる仕打ちは、解体行為とほとんど変わらない。
「あああ”っ・・・!! ・・・い、いやっ・・・!! やめ、やめてっ・・・!! やめてヨ・・・!!」
「ゲラゲラゲラ! せいぜい祈れよ~、フェニックスぅ~! ・・・ノコギリのなかに苦手鉱物があったら・・・お前の身体、真っ二つだもんなぁ~? ・・・ゲヒヒヒッ!!」
青褪める炎天使の言葉を無視し、一斉に二本のノコギリが曳かれる。
メロンのようなふたつのバストの上下で、鋭い刃がギャリギャリと幾度も往復した。
ギッ!! ギャリッ!! ビチッ!! ビリイィッ――ッ!!
「ア”っ!! ウギャアアア”ア”ア”っ―――っ!!! グギャアア”ア”ア”っ~~~ッ!!!」
ノコギリの擦れる音色と、耳をふさぎたくなる凛香の悲鳴が地下室にこだました。
あまりに凄惨な光景であった。もはや闘う力もないグラマラスな美少女を、巨大なノコギリ2本が何度も切りつけているのだ。
離れて見ていた和服の妖化屍が、思わず視線を背ける。袂を分かったとはいえ、翠蓮にとって凛香は同じ『五大老』の家柄出身で通じる部分も多い。猟奇的ともいえる拷問ショーは、刺激が強すぎる。
スマートフォンの着信音が鳴り響いたのは、その時であった。
現代の通信ツールを使いこなせるほど、虎狼も呪露も世慣れていない。翠蓮の右手が襟元に入り、スマホの画面をタッチする。
『そちらの首尾はどうじゃな?』
翠蓮の耳に届いてきたのは、地獄妖・〝百識”の骸頭のしわがれ声だった。
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