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50、洋館
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「おい。今、なにか聞こえなかったか?」
不意に脚を止めた八坂慶は、パートナーである津島隼人に問い掛けた。
見るからに頑強そうなガタイをした津島は、わずかに首を横に振った。神妙な顔つきであった。年齢も身長も少しづつ津島の方が上だが、「格」においては八坂が勝る。加えて言えば、『水辺の者』としての能力も年下のヤサ男に敵わなかった。
「いえ。私にはなにも」
「この洋館のなかからだな」
高くそびえる赤レンガの壁を、八坂は鋭い視線で見詰めた。
大学を卒業して2年ほどだが、すでに『水辺の者』の未来を背負って立つ覚悟が、若者にはできていた。それだけの能力も備えているつもりだ。特に耳の良さに関しては、半径数百m以内ならば亡者のかすかな呻きも聞き逃さない自信があった。
「八坂さんが言うなら、調べる価値はありますね」
「あれは女の声だった。それも・・・悲鳴だ」
「もしや、オメガフェニックス!? あるいはオメガヴィーナスの妹とかいう・・・」
「黙れ」
氷のような視線で、痩せた男が筋肉質の男を睨む。
「貴様は無能か、津島? オメガスレイヤーの名を軽々しく口にするな。まして一般人である妹の存在は、本来秘中の秘だ」
「すみません。失礼しました」
180㎝を越える長身が、恐縮して頭を下げる。
「いくぞ。そのふたりのうちどちらかならば、本部にいい報告ができる。そろそろオレも、殊勲のひとつやふたつ、欲しいと思っていたところだ」
尖った顎でクイっと、八坂は壁の向こうの洋館を指し示した。
「し、しかし・・・もし八坂さんの推測が正しければ、相手は六道妖ということになります。ここは念のために増援を頼んだ方が・・・」
「やはりマヌケのようだな、貴様は。万一間違っていたらどうする? 不確定な情報で増援など呼べば、オレの評価に傷がつくだろう!? まずは確実な情報を得ることからだ」
「・・・は、はあ」
「心配するな。状況を確認するだけだ。いくらオレでも、六道妖相手に闘うつもりはさらさらない」
オメガヴィーナスの妹こと四乃宮郁美の拉致が発覚して以来、関東地方の『水辺の者』全員に捜索命令が下されていた。
さらに紅蓮の炎天使オメガフェニックスも行方不明となり、ふたりを探す眼は草の根を分けるレベルとなっていた。事態は風雲急を告げている。オメガセイレーンが敗れ、『水辺の者』から裏切り者がでた。それまで狩る側だったオメガスレイヤーに、緊急事態が訪れている。六道妖の脅威をこれ以上大きくしないためには、ふたりの発見は是非とも成さねばならなかった。
八坂と津島に割り当てられたのは、都市中央よりやや西。閑静な屋敷が並ぶ、古き街並みの住宅街だった。
旧華族の豪邸が並ぶこの界隈は、ひとつひとつの敷地面積が異様に広い。春の日射しがうららかな昼下がりというのに、人影はまばらだった。物音はほとんど聞こえてこない。
妖化屍が隠れ家にするには、絶好のロケーションに違いなかった。
人外の能力を持つとはいえ、普段はひっそり闇に生きるのが妖魔の習わし。ひとが住まなくなった広大な屋敷は、アジトにするにはもってこいだ。
「オレの耳は2km離れた会話も聴き取ることができる。例えば、地下牢などに監禁されていても、屋敷内に入れば感知できるはずだ。特に甲斐家の令嬢とは、面識があるからな」
周囲に人の眼がないことを確認し、黒スーツのふたり組はレンガの壁を越えた。
芝生が続いている。ところどころに雑草が伸び、手入れされていないのはひと眼でわかる。屋敷の入り口まで、身を隠せるようなものはなにもなかった。
故意か偶然かはわからない。しかし、侵入者にとってはイヤな造りの庭であるのは確かだ。
「チッ」
ふたりは一直線に邸内への扉に向かって走った。
50mほどの距離がやけに長く感じられた。足の速さには自信があるが、屋敷の窓際に誰かが立てば、姿を見られないわけにはいかないだろう。
幸い、視線は感じられなかった。
入り口に辿り着いたところで、八坂と津島はひと息つく。爽やかな季節なのに、汗が滲んだ。呼吸を整えたところで、内部の気配を探る。
「人が住んでいないのは、確かなようです」
「人は、な。入るぞ」
厚い扉には、鍵がかかっていなかった。
邸内にふたつの影が滑り込む。
玄関ホールは広かった。正面に二階へと続く大階段。吹き抜けの天井が高い。
大階段の横には、地下へと降りていく階段も見えた。
「・・・感じるか?」
「はい。濃密な・・・血の臭いです」
「屋敷に沁みついている。纏わりつく、この重い瘴気・・・死んでいるな。ここで多くの人間が」
殺人現場で感じる、重く、暗い雰囲気。
あの湿った感覚が、いくつも重なり合ってこの場に沈殿している。亡くなった人々の怨恨が、積み重なったように。
八坂の額には、大粒の汗が浮かんでいた。津島は巨体を揺らして、大きく息をしている。
この屋敷が尋常でないのは間違いなかった。少なくとも、悪霊のひとつやふたつが憑く、というレベルではない。
「耳に集中する。怪しいのはやはり地下だ」
迂闊に動けない、と八坂は思った。
応援を要請するべきだったのか。後悔の念が起こるが、今更遅かった。あの時点では仕方なかったのだ。まさかこれほどのものが、邸内に存在するなどとわかるはずがない。
じりじりと、地下への階段ににじり寄る。
汗が尖った顎から滴り落ちる。津島の顏もまた、冷たい汗で濡れ光っていた。
オメガフェニックスか四乃宮郁美、あるいは六道妖の存在が判明次第、すぐに邸内から逃げるつもりだった。出入口となる扉からは、あまり離れたくない。そのために、懸命に証拠となるような音を探る。
静寂。外の世界で、鳥が鳴いている。
―――キャアアアッ・・・―――
かすかな、しかし確かな悲鳴を、八坂の耳朶は捉えた。
「ッッ!! 間違いないッ!! この声・・・甲斐凛香の、オメガフェニックスのものッ!!」
反射的に、若き『水辺の者』の脚に力がこもる。跳び逃げるため。
上空。吹き抜けのホールの天井に、「その音」を感知したのはその時だった。
「ゲギョ」
・・・なんだッ!? この声はッ!?
「津島ァァッ――ッ!! 上だあァァッ――ッ!!」
ボンッッ!!
風が吼える。疾風が頬を叩く。無意識のうちに八坂は跳んでいた。追いかけてくる衝撃波。なんだ、この唸りは!? なにかが上から落ちてきたのかッ!!
バックに跳びながら、傍らのパートナーに視線を向ける。
視界に飛び込んできたのは、真っ赤な噴水だった。
津島の頭部はなくなっていた。首が引き千切られている。顏のあったところに、大量の鮮血が噴き上げていた。
「うおおおおおッッ―――ッ!!! なんだこれはアアァッ――ッ!!?」
「グギョロロロロッ――ッ!!」
さっきのあの声。今度は八坂の背後から。いつの間に。なんて速さ。
絶叫をあげる『水辺の者』が、飛燕の速度で後ろを振り返る。
激痛は、一瞬だけだった。
顏の中央に穴が開く。と思った次の刹那、八坂慶の意識は永遠に閉ざされた。
襲撃してきた怪物の姿を見ることもなく、ふたりの『水辺の者』は洋館の玄関ホールでその人生を終えた。
クチャクチャと人肉を咀嚼する音色が、広いホールにこだました。
「啄喰が、邸内に紛れ込んだ黒ネズミを二匹、始末したようですわ」
蝋燭の灯りだけが頼りの地下室に、色白の美女は幽魔のごとく浮かび上がっていた。
ハーフアップにした茶色の髪。青みがかった丸い瞳。透きとおるような白い肌。薄紅の唇。全ての色素が薄かった。〝輔星”の翠蓮。元『水辺の者』、浅間家の令嬢だった乙女は、かつて知ったる同僚を汚らしい動物に喩えて言った。
『水辺の者』の制服ともいうべき黒いスーツは脱ぎ捨てている。
代わりに翠蓮が着ているものは、淡いすみれ色の和服だった。紙のように白い美貌の持ち主だけに、薄闇に立つ姿は怪談に出てくる美女の怨霊のようだ。
「六道妖のひとり、畜生妖・・・〝骸憑”の啄喰か」
己を慕う女の声に、〝無双”の虎狼は振り返ることなく声だけを返した。
「ヤツは・・・好かん。このオレが、あんなケダモノと同列だとはッ!」
「ゲヒヒ・・・究極の武人様にかかったら・・・どいつもこいつも気に入らないようだねぇ~・・・」
2mほどの泥の小山が、人間の言葉を発する。
〝流塵”の呪露もまた、前方に視線を釘づけにしていた。返事をしながらも、呪露も虎狼も、興味の大半は眼前に吊り下げられた獲物にあった。
「そのぶんだと・・・このオレも嫌われていそうだなぁ~・・・」
「当然だ。貴様のような下衆は、見ているだけで反吐がでる」
「おお~、怖い怖い・・・まあ、今だけでも仲良くしようじゃないか・・・こんな楽しいオモチャが、眼の前にぶら下がっているんだ・・・」
ヘラヘラと笑いながら、泥の怪物が手にした棍棒を振るう。
棍棒は木製のものではなかった。黒褐色でゴツゴツと鋭利に光っている。黒曜石の固まりで出来たシロモノだった。
「ぐうう”う”っ――っ!! ・・・げほぉっ!! ・・・ごぼっ・・・!!」
棍棒のフルスイングを鳩尾に受け、オメガフェニックスの唇から血の塊が噴きこぼれた。
この地下室に囚われて以来、紅蓮の炎天使への拷問は休むことなく続けられていた。
深紅のケープは剥ぎ取られ、フェニックスを包むものはノースリーブのスーツとショートパンツ、あとは両腕のグローブと膝下までのブーツだけになっている。スーツの胸部分は大きく破られ、黄金の『Ω』マークはなかった。代わりに地肌に直接、黒焦げた火傷で『Ω』の文字が浮かんでいる。
真っ赤なショートパンツもまた、股間部分が破れている。インナーまで削られた結果、18歳の乙女の秘部が露わとなっていた。だが、乳房も陰唇も晒した淫靡な格好でありながら、オメガフェニックスこと甲斐凛香に恥ずかしがる素振りはない。
嬲り抜かれ、衰弱し切った炎天使には、裸体を気にする余裕などなかった。
己が生死の境にあることを、凛香は自覚していた。いや、もはや・・・生きて陽の光を浴びる時は、二度と訪れないだろう。究極戦士などと自惚れていたが、自力で脱する力も、救助してもらうチャンスも、ありそうになかった。
不意に脚を止めた八坂慶は、パートナーである津島隼人に問い掛けた。
見るからに頑強そうなガタイをした津島は、わずかに首を横に振った。神妙な顔つきであった。年齢も身長も少しづつ津島の方が上だが、「格」においては八坂が勝る。加えて言えば、『水辺の者』としての能力も年下のヤサ男に敵わなかった。
「いえ。私にはなにも」
「この洋館のなかからだな」
高くそびえる赤レンガの壁を、八坂は鋭い視線で見詰めた。
大学を卒業して2年ほどだが、すでに『水辺の者』の未来を背負って立つ覚悟が、若者にはできていた。それだけの能力も備えているつもりだ。特に耳の良さに関しては、半径数百m以内ならば亡者のかすかな呻きも聞き逃さない自信があった。
「八坂さんが言うなら、調べる価値はありますね」
「あれは女の声だった。それも・・・悲鳴だ」
「もしや、オメガフェニックス!? あるいはオメガヴィーナスの妹とかいう・・・」
「黙れ」
氷のような視線で、痩せた男が筋肉質の男を睨む。
「貴様は無能か、津島? オメガスレイヤーの名を軽々しく口にするな。まして一般人である妹の存在は、本来秘中の秘だ」
「すみません。失礼しました」
180㎝を越える長身が、恐縮して頭を下げる。
「いくぞ。そのふたりのうちどちらかならば、本部にいい報告ができる。そろそろオレも、殊勲のひとつやふたつ、欲しいと思っていたところだ」
尖った顎でクイっと、八坂は壁の向こうの洋館を指し示した。
「し、しかし・・・もし八坂さんの推測が正しければ、相手は六道妖ということになります。ここは念のために増援を頼んだ方が・・・」
「やはりマヌケのようだな、貴様は。万一間違っていたらどうする? 不確定な情報で増援など呼べば、オレの評価に傷がつくだろう!? まずは確実な情報を得ることからだ」
「・・・は、はあ」
「心配するな。状況を確認するだけだ。いくらオレでも、六道妖相手に闘うつもりはさらさらない」
オメガヴィーナスの妹こと四乃宮郁美の拉致が発覚して以来、関東地方の『水辺の者』全員に捜索命令が下されていた。
さらに紅蓮の炎天使オメガフェニックスも行方不明となり、ふたりを探す眼は草の根を分けるレベルとなっていた。事態は風雲急を告げている。オメガセイレーンが敗れ、『水辺の者』から裏切り者がでた。それまで狩る側だったオメガスレイヤーに、緊急事態が訪れている。六道妖の脅威をこれ以上大きくしないためには、ふたりの発見は是非とも成さねばならなかった。
八坂と津島に割り当てられたのは、都市中央よりやや西。閑静な屋敷が並ぶ、古き街並みの住宅街だった。
旧華族の豪邸が並ぶこの界隈は、ひとつひとつの敷地面積が異様に広い。春の日射しがうららかな昼下がりというのに、人影はまばらだった。物音はほとんど聞こえてこない。
妖化屍が隠れ家にするには、絶好のロケーションに違いなかった。
人外の能力を持つとはいえ、普段はひっそり闇に生きるのが妖魔の習わし。ひとが住まなくなった広大な屋敷は、アジトにするにはもってこいだ。
「オレの耳は2km離れた会話も聴き取ることができる。例えば、地下牢などに監禁されていても、屋敷内に入れば感知できるはずだ。特に甲斐家の令嬢とは、面識があるからな」
周囲に人の眼がないことを確認し、黒スーツのふたり組はレンガの壁を越えた。
芝生が続いている。ところどころに雑草が伸び、手入れされていないのはひと眼でわかる。屋敷の入り口まで、身を隠せるようなものはなにもなかった。
故意か偶然かはわからない。しかし、侵入者にとってはイヤな造りの庭であるのは確かだ。
「チッ」
ふたりは一直線に邸内への扉に向かって走った。
50mほどの距離がやけに長く感じられた。足の速さには自信があるが、屋敷の窓際に誰かが立てば、姿を見られないわけにはいかないだろう。
幸い、視線は感じられなかった。
入り口に辿り着いたところで、八坂と津島はひと息つく。爽やかな季節なのに、汗が滲んだ。呼吸を整えたところで、内部の気配を探る。
「人が住んでいないのは、確かなようです」
「人は、な。入るぞ」
厚い扉には、鍵がかかっていなかった。
邸内にふたつの影が滑り込む。
玄関ホールは広かった。正面に二階へと続く大階段。吹き抜けの天井が高い。
大階段の横には、地下へと降りていく階段も見えた。
「・・・感じるか?」
「はい。濃密な・・・血の臭いです」
「屋敷に沁みついている。纏わりつく、この重い瘴気・・・死んでいるな。ここで多くの人間が」
殺人現場で感じる、重く、暗い雰囲気。
あの湿った感覚が、いくつも重なり合ってこの場に沈殿している。亡くなった人々の怨恨が、積み重なったように。
八坂の額には、大粒の汗が浮かんでいた。津島は巨体を揺らして、大きく息をしている。
この屋敷が尋常でないのは間違いなかった。少なくとも、悪霊のひとつやふたつが憑く、というレベルではない。
「耳に集中する。怪しいのはやはり地下だ」
迂闊に動けない、と八坂は思った。
応援を要請するべきだったのか。後悔の念が起こるが、今更遅かった。あの時点では仕方なかったのだ。まさかこれほどのものが、邸内に存在するなどとわかるはずがない。
じりじりと、地下への階段ににじり寄る。
汗が尖った顎から滴り落ちる。津島の顏もまた、冷たい汗で濡れ光っていた。
オメガフェニックスか四乃宮郁美、あるいは六道妖の存在が判明次第、すぐに邸内から逃げるつもりだった。出入口となる扉からは、あまり離れたくない。そのために、懸命に証拠となるような音を探る。
静寂。外の世界で、鳥が鳴いている。
―――キャアアアッ・・・―――
かすかな、しかし確かな悲鳴を、八坂の耳朶は捉えた。
「ッッ!! 間違いないッ!! この声・・・甲斐凛香の、オメガフェニックスのものッ!!」
反射的に、若き『水辺の者』の脚に力がこもる。跳び逃げるため。
上空。吹き抜けのホールの天井に、「その音」を感知したのはその時だった。
「ゲギョ」
・・・なんだッ!? この声はッ!?
「津島ァァッ――ッ!! 上だあァァッ――ッ!!」
ボンッッ!!
風が吼える。疾風が頬を叩く。無意識のうちに八坂は跳んでいた。追いかけてくる衝撃波。なんだ、この唸りは!? なにかが上から落ちてきたのかッ!!
バックに跳びながら、傍らのパートナーに視線を向ける。
視界に飛び込んできたのは、真っ赤な噴水だった。
津島の頭部はなくなっていた。首が引き千切られている。顏のあったところに、大量の鮮血が噴き上げていた。
「うおおおおおッッ―――ッ!!! なんだこれはアアァッ――ッ!!?」
「グギョロロロロッ――ッ!!」
さっきのあの声。今度は八坂の背後から。いつの間に。なんて速さ。
絶叫をあげる『水辺の者』が、飛燕の速度で後ろを振り返る。
激痛は、一瞬だけだった。
顏の中央に穴が開く。と思った次の刹那、八坂慶の意識は永遠に閉ざされた。
襲撃してきた怪物の姿を見ることもなく、ふたりの『水辺の者』は洋館の玄関ホールでその人生を終えた。
クチャクチャと人肉を咀嚼する音色が、広いホールにこだました。
「啄喰が、邸内に紛れ込んだ黒ネズミを二匹、始末したようですわ」
蝋燭の灯りだけが頼りの地下室に、色白の美女は幽魔のごとく浮かび上がっていた。
ハーフアップにした茶色の髪。青みがかった丸い瞳。透きとおるような白い肌。薄紅の唇。全ての色素が薄かった。〝輔星”の翠蓮。元『水辺の者』、浅間家の令嬢だった乙女は、かつて知ったる同僚を汚らしい動物に喩えて言った。
『水辺の者』の制服ともいうべき黒いスーツは脱ぎ捨てている。
代わりに翠蓮が着ているものは、淡いすみれ色の和服だった。紙のように白い美貌の持ち主だけに、薄闇に立つ姿は怪談に出てくる美女の怨霊のようだ。
「六道妖のひとり、畜生妖・・・〝骸憑”の啄喰か」
己を慕う女の声に、〝無双”の虎狼は振り返ることなく声だけを返した。
「ヤツは・・・好かん。このオレが、あんなケダモノと同列だとはッ!」
「ゲヒヒ・・・究極の武人様にかかったら・・・どいつもこいつも気に入らないようだねぇ~・・・」
2mほどの泥の小山が、人間の言葉を発する。
〝流塵”の呪露もまた、前方に視線を釘づけにしていた。返事をしながらも、呪露も虎狼も、興味の大半は眼前に吊り下げられた獲物にあった。
「そのぶんだと・・・このオレも嫌われていそうだなぁ~・・・」
「当然だ。貴様のような下衆は、見ているだけで反吐がでる」
「おお~、怖い怖い・・・まあ、今だけでも仲良くしようじゃないか・・・こんな楽しいオモチャが、眼の前にぶら下がっているんだ・・・」
ヘラヘラと笑いながら、泥の怪物が手にした棍棒を振るう。
棍棒は木製のものではなかった。黒褐色でゴツゴツと鋭利に光っている。黒曜石の固まりで出来たシロモノだった。
「ぐうう”う”っ――っ!! ・・・げほぉっ!! ・・・ごぼっ・・・!!」
棍棒のフルスイングを鳩尾に受け、オメガフェニックスの唇から血の塊が噴きこぼれた。
この地下室に囚われて以来、紅蓮の炎天使への拷問は休むことなく続けられていた。
深紅のケープは剥ぎ取られ、フェニックスを包むものはノースリーブのスーツとショートパンツ、あとは両腕のグローブと膝下までのブーツだけになっている。スーツの胸部分は大きく破られ、黄金の『Ω』マークはなかった。代わりに地肌に直接、黒焦げた火傷で『Ω』の文字が浮かんでいる。
真っ赤なショートパンツもまた、股間部分が破れている。インナーまで削られた結果、18歳の乙女の秘部が露わとなっていた。だが、乳房も陰唇も晒した淫靡な格好でありながら、オメガフェニックスこと甲斐凛香に恥ずかしがる素振りはない。
嬲り抜かれ、衰弱し切った炎天使には、裸体を気にする余裕などなかった。
己が生死の境にあることを、凛香は自覚していた。いや、もはや・・・生きて陽の光を浴びる時は、二度と訪れないだろう。究極戦士などと自惚れていたが、自力で脱する力も、救助してもらうチャンスも、ありそうになかった。
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