オメガスレイヤーズ ~カウント5~ 【究極の破妖師、最後の闘い】

草宗

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48、泥陵辱

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 甲斐家という巨大財閥の令嬢として育てられた凛香は、18になるこの年まで、あらゆる点で恵まれた人生を送ってきた。
 
 放任主義な家風もあって、躾けは決して厳しくはなかった。とはいえ周囲からは愛情をいっぱいに受けたためか、凛香自身も情の厚い性格に育った。難点といえば、多少ワガママなところがあるくらいだ。
 容姿にも恵まれていた。名前の通り、凛とした美貌の持ち主で、スタイルもいい。身長こそ低めだが、バストは美しい稜線を描いて盛り上がり、筋肉と女性らしい柔らかさが適度にミックスされている。グラマーボディのアスリート、として理想的な体型と言えるだろう。
 英才教育の成果か、頭の回転も速く、学業も優秀な部類に入る。明るい性格で、人気もあった。
 
 極め付けは、格闘センスにおいて、非凡な才能を持っていたことだ。
 女だてらに闘うことが大好きで、幼い頃から男子に混ざって稽古を重ねてきた。同年代で、凛香に敵う者など存在しない。
 オメガ粒子に愛され、炎属性のオメガスレイヤーとなったのも、自然の成り行きというべきであった。
 
 要するに甲斐凛香は、ひとりの女性としても、究極破妖師としても、数多くのギフトを天から授けられていた。彼女は常に勝者であり続けた。
 オメガフェニックスと向き合った妖化屍は、数分後には灰となる運命。圧倒的に勝ち続けてきたのが、紅蓮の炎天使なのだ。
 
(・・・な、んで・・・? ・・・あたし、が・・・オメガ・・・フェニックス、が・・・・・・負けるはず・・・ないのに・・・)

 四肢に嵌められた緑の鉄輪に、炎天使の動きは封じられている。
 力がまるで入らない。それどころか、胸の『Ω』マークに接触した同じ色の鉱石が、バキュームで吸い上げるように生命力を奪うのが感じられる。
 ヘドロの集合体・呪露に羽交い絞めにされ、凛香はぐったりと肢体を預けていた。燃え盛る炎のように暴れ回るはずのオメガフェニックスが、拘束されて身動きひとつ出来ないのだ。
 
「フンッッ!!」

 眼前に立った〝無双”の虎狼が、〝オーヴ”に染まった戟を撃ち込む。
 オメガフェニックスの、腹部へ。あろうことか、露わになっているお臍の穴へ。
 
 ドジュウ”ボオ”オ”ッッ!!!
 
「ぐぶウ”ウ”ゥ”っ――ッ!! ア”っ、アア”っ・・・!! がはア”っ!!」

 勝ち気な瞳がカッと見開き、叫ぶ口から黒い血が飛び散る。
 緑の穂先が、半ばも凛香の臍のなかへ埋まっている。そのまま弁髪の武人は、戟を上下にグリグリと揺り動かした。
 当然、腹腔内に埋まった穂先も上下へと動く。皮膚は突き破られていなくても、深く埋まった刃の先は、フェニックスの内臓をぐにゅぐにゅと掻き回す。
 
「ぐわあ”ア”っ!? うわああ”ア”っ――っ!! ガアア”っ・・・!! やめっ、やめてぇっ――っ!!」

「ゲヒ、ゲヒヒヒッ・・・!! 生意気な小娘も・・・腸をこねられるのはたまらないようだねぇ~・・・」

 悶え苦しむショートパンツの炎天使に、餓鬼妖の妖化屍は心底愉快そうだった。
 叫ぶたびに、美少女の潤んだ唇からは、ゴボゴボと鮮血がこぼれる。元々深紅のコスチュームは、胸元が吐血でほとんど黒色に濡れていた。
 
(・・・炎っ・・・も・・・操れない・・・ヨ・・・・・・この・・・緑の光、に・・・封じられて・・・)

「ゲヒヒヒッ・・・そうだぁ、オメガフェニックスぅ~・・・〝オーヴ”の前には、お前たちの・・・オメガ粒子は役立たずになるのさぁ~・・・」

 凛香の心を読んだように、呪露が赤い口を歪ませて笑う。
 
「・・・〝オー・・・ヴ”・・・」

「虎狼よぉ・・・〝オーヴ”の効果を、教えてやれぇ~・・・フェニックスを絶望させるためにねぇ~・・・」

 無言でお臍から穂先を引き抜いた武人は、その緑の刃を炎天使の首元に近づける。
 オメガフェニックスが首からぶらさげたものはふたつあった。ひとつは呪露に掛けられた、〝オーヴ”鉱石のペンダント。
 もうひとつは、彼女本来のもの。黄金に輝く六角柱の結晶、オメガストーン。
 オメガ粒子の収納庫ともいえる結晶に、虎狼は〝オーヴ”の刃先を当てた。
 
 シュウウゥ~~・・・ジュウウウゥ~~・・・!!
 
「んはあっ!! ああぁ”っ・・・オ、オメガ粒子があっ・・・!?」

 立ち昇る黒煙とともに、オメガスレイヤーのパワーの源泉が消滅していくのが、凛香にもわかる。
 オメガフェニックスの全力を出しているときは、粒子のほとんどが胸の『Ω』に集中しているとはいえ・・・黄金の結晶内にもいくらか残っている。それらが無くなるということが、いかなる意味を示すのか・・・。
 
(オ、オメガ粒子が・・・本当にゼンブなくなったら・・・あたし、死んじゃうヨ・・・・・・普通の肉体に戻ったら・・・妖化屍に勝てるわけ、ない・・・っ!!)

「ゲヒヒヒィッ~~!! そういうことだ、オメガフェニックスぅ~・・・お前はもう、終わりなんだよぉ~ッ!!」

 ドボオオオ”オ”ッッ!!

 紅蓮の炎天使に、現実を知らせるように。
 虎狼の戟が、ボリュームある乳房に再び穿たれる。『Ω』の紋章がグボリと陥没する。
 心臓に届きそうな勢いで豊かな左胸を潰され、小柄な炎天使は絶叫した。
 
「ぐああああ”あ”ァ”っ――っ!! ゴブゥ”ッ!! かふッ・・・!! む、胸がぁ”っ~~っ!! だ、ダメっ!! あたしっ・・・負けちゃうヨぉっ――っ!!」

 血反吐を振り撒くフェニックスに構わず、虎狼は戟をねじり回す。豊かな美乳にギュルギュルと螺旋が描かれる。
 凄まじい勢いでシュウシュウと黒煙が昇った。オメガストーンに続き、現在ほとんどのオメガ粒子が集積している『Ω』マークからも、〝オーヴ”の穂先が消滅させているのだ。
 美しき豊乳とともに、オメガフェニックス自体の命が、今破壊されようとしている。
 
「うあああ”あ”っ――っ!! ダメっ・・・!! 負け・・・るっ!! オメガ、フェニックスがぁ”・・・負けちゃう・・・ヨ・・・っ!!」

 ビクビクと激しく痙攣し、白目を剥く炎天使。
 凛香は悟った。かつて敗北したことのない自分が、オメガフェニックスが・・・負けることを。
 〝オーヴ”による執拗な攻撃で、オメガ粒子はほとんど消滅してしまった。しかも敵は六道妖の二体プラス元『水辺の者』の女妖魔。超人的な肉体がゆえに生きているが、通常なら耐えられるはずのない虎狼の一撃を何度も喰らっている。
 さらに言えば、この場にいる者は誰も知らないが・・・虎狼も呪露も現在〝オーヴ”に直接触れていないため、能力の減退を起こしていなかった。オメガセイレーンを結果的に葬れなかった、骸頭や縛姫とは違うのだ。
 
 諦めるしか、なかった。
 勝利が当たり前だったオメガフェニックスは、己の敗北を認めた。無敵のはずだった深紅の究極戦士は、妖魔どもの前に完敗を喫したのだ。
 
(・・・くや・・・しい・・・ヨ・・・・・・でも・・・)

 屈辱的な敗北を、凛香は受け入れた。
 しかし、だからこそ、彼女には生き残る道が示された。
 
「・・・炎舞っ・・・!!」
 
 勝てないことがわかった以上、オメガフェニックスがするべきは、懸命にこの場を逃げることであった。
 勝利を捨てた代わりに、逃げることに専念する。
 「闘いに勝つ」のと「闘いから逃げる」のとでは、その難易度は大きく隔たる。例えばRPGのゲームであっても、体力1の状態からでも逃げることは可能だ。ライオンに勝つガゼルはまず存在しないが、無事逃げおおせることは珍しくはない。
 
「ぬッ!? こいつ・・・まだ、炎を・・・!?」

 フェニックスの両腕に出現した炎のリングに、呪露がたじろぐのも当然であった。
 残されたオメガ粒子はごくわずかなはずであった。だが妖化屍どもは気付いていない。紅蓮の炎天使が他のオメガスレイヤーたちとは異なる、わずかな違いを。
 炎天使のオメガストーン、黄金の六角柱は首元のペンダント以外に、両耳にもあるのだ。3つのアクセサリー、それら全てにオメガ粒子は貯蔵されている。
 切り札的に残していたこれらの粒子を、オメガフェニックスは開放した。この窮地を、脱出するために。
 
 ボオウウウンンッッ!!
 
 炎のリングが踊った、と見えるや、汚泥の小山が輪切りとなる。
 3つに分断される、ヘドロの塊。
 呪露の拘束を逃れた炎天使は、必死に下水道の通路を駆けだす。〝無双”の虎狼が仁王立ちするのとは、反対の方向へ。
 
「まさかッ・・!? まだ動ける力が残っていたとはッ!」

 力の入らぬ両脚を懸命に動かし、深紅の少女戦士は走った。本来のスピードとはほど遠い動き。
 叫ぶ翠蓮の言葉も聞こえぬかのように、虎狼は佇んだままだった。
 修羅妖の速度ならば、容易に今のフェニックスには追いつけるはず。それでも逃げる炎天使を追おうとはしない。
 
 ズブ・・・ズブズブ・・・
 
 バラバラになった灰色の汚泥は、蠢きながら合体しようとしている。
 木端微塵に吹き飛ばしても死なない呪露が、この程度で斃せる敵でないことはわかっていた。だが、オメガフェニックスの狙いは、数十秒でも動きを止めることだ。
 
「はあっ・・・はあっ・・・!! 下水道の・・・出口まで、いけばっ・・・!!」

 地上に出れば、外は昼下がりの公道だ。
 闇に生きる妖化屍が、その正体を一般人に晒すようなマネはまず有り得なかった。公衆の面前にノコノコ現れることはない。地下下水道から脱出さえできれば、この死地を潜り抜けられる。
 
「虎狼さまッ・・・オメガフェニックスに、逃げられてしまいますッ!」

 小さくなる赤いケープを見詰めながら、修羅妖は微塵も動こうとしなかった。
 本来ならば一瞬で駆け抜けられる距離が、凛香にはやけに長く感じられた。脚がもつれる。胸と腹部と押さえながら、激痛と虚脱感に耐えて全力で走り続けた。
 背後を振り返ると、虎狼と翠蓮は同じ場所で佇んだままだった。
 その足元で、灰色のヘドロがグジュグジュと波打っている。
 〝流塵”の呪露は、ようやくひとつの塊に戻りつつあった。それでも通路に崩れ落ちた姿は、元の小山のような身体に戻るにはまだ時間が必要なことを教える。巨大な灰色のソフトクリームが、べちゃりと地面に落ちたようだ。
 
「この、借りは・・・はあっ、はあっ・・・必ず、返すからネ・・・っ!」

 頭上に、地上への出口。マンホールの蓋が見えた。
 3体の妖化屍はいずれも遠い。薄暗い照明の奥、かすかに存在が認められる程度だ。
 
 逃げのびた、と凛香は確信した。
 遥か彼方で、灰色のヘドロに3つの三日月が浮かぶ。
 
 餓鬼妖・呪露の両目と口が、ニタリと笑うのがハッキリと見えた。
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