33 / 82
33、シーサイド
しおりを挟む『キャバクラ シーサイド』の奥にある個室、通称VIPルームに郁美と司具馬は通されていた。エリナこと藤村絵里奈の意向で、特別に貸切状態となっている。
経営は他の者に任せているが、『シーサイド』の出資金の8割は、絵里奈が出したものだ。実質的なオーナーといっていい。しかも今もキャバ嬢エリナは現役で、長年に渡りトップをキープし続けている。
25歳の若さにして、藤村絵里奈は自分の店を建てただけでなく、今現在もナンバー1の伝説のキャバ嬢であった。
むろん、破妖師の家系である『征門二十七家』のなかにあっては、異色の経歴の持ち主といえる。『五大老』のなかには渋い顏をする者もいたが・・・そんな彼女が水属性のオメガスレイヤーに選ばれるあたり、相性がいかに重要なものかが推し量られた。
「ふたりとも、ウーロン茶でよかったのよね?」
たっぷりの氷と琥珀色の液体を入れたグラスを、ドレス姿の絵里奈が持ってくる。
自分の分も、同じものを用意する。仕事がら、アルコールを飲むことは多かったが、本来好きな方ではない。
ガラス製のテーブルを挟み、客人ふたりと向き合うようにして、深いソファに腰を下ろす。
傍目から見れば、キャバ嬢志望の女子大生と面接官のチーママ、そしてなぜか一緒についてきた彼氏、とでもいった、奇妙な構図に映ることだろう。
「ふふ、郁美ちゃんが入店してくれたら、私のナンバー1の座も危うくなるかもね」
「え?」
「こっちの話よ。ひ・と・り・ご・と。気にしないで」
よく冷えたドリンクで咽喉を潤し、絵里奈は訊いた。
ほのかに上下する白い咽喉元が、それだけで煽情的だった。
「で、私がオメガセイレーンであるってわかって、郁美ちゃんは納得してくれた? それで満足かしら?」
「いえ。出来れば・・・もっとオメガスレイヤーに関するいろいろなことを、教えて欲しいんです。私、姉からなにも聞かされていないので」
「いいわよぉ。ただ、闘っている私たち自身でも、知らないことはいっぱいあるの。あくまで、私が知っている限りならね」
「ちょッ・・・マズイですよ、絵里奈さん。それは」
黙って聞いていた司具馬が、割って入った。
「どうして?」
「天音から固く止められているんです。郁美ちゃんにオメガスレイヤーの話をすることは。一般人には存在すら知られていない破妖師の秘密を聞けば、妖化屍との闘いに巻き込まれる危険性も高くなります」
「だって元々郁美ちゃんも、『征門二十七家』の家系に属するひとりでしょ? 私や司具馬ちゃんと同様、妖化屍と闘うことは宿命づけられてるわけじゃない。このコだけ何も知らせずに、なんていうのは天音ちゃんの過保護だと思うけどな?」
ほんわかした口調ではあるが、絵里奈の言葉は手厳しかった。
「・・・ですが」
「私もそう思います。姉は私をまだ一人前と見ず・・・頼りなく感じているんでしょう。だから、ひたすらにオメガスレイヤーの話題を避けようと」
「それはそれで、天音ちゃんの愛情だとは思うけどねぇ」
なにか言いかける郁美を制し、妖艶な美女は話を続けた。
「とにかく、郁美ちゃん自身に覚悟があるなら、私はきちんとオメガスレイヤーの話もするべきだと思うわ。知らないからこそ、顏を突っ込みたくなるってところもあるでしょうしね。大丈夫、天音ちゃんには私から言っておくから」
「し、しかし、オレにも任務が」
「SEXを初体験するまでは興味津々でも、やってみたら案外大したことなかった、ってこともあるでしょう? ちゃんと説明したら、郁美ちゃんもオメガスレイヤーへのこだわりがなくなるかもしれないわ」
「絵里奈さん、その喩えはオレにはよくわかんないです」
「もう~、司具馬ちゃんもけっこう頑固ねぇ~」
立ち上がった青ドレスのキャバ嬢は、司具馬の隣に腰を下ろす。
大きめのソファとはいえ、3人が並んで座ると窮屈になった。右に郁美、左に絵里奈と密着する形となった司具馬は、生地越しに伝わる柔らかな乙女の感触に、頬を赤らめドギマギしている。
「えッ、その・・・なんですか、一体!?」
「郁美ちゃんに大事なお話をするから、君はちょ~っと黙っててもらおうかしらぁ」
絵里奈の右手が司具馬の股間に伸びる。
黒のスラックス越しに、ナンバー1キャバ嬢の右手は、青年の局部を弄び始めた。
「ぎィっ!? んふっ!! ・・・こ、これはッ・・・!!」
全身を突っ張らせた司具馬の声は、その後ほとんど言葉にならなかった。
ムクムクと彼のムスコは起き上がり、絵里奈の掌の内で、いいように転がされている。裏筋をしなやかな指が這うたび、電撃のような快感に貫かれ仰け反った。
少しでも気を緩めれば射精しそうで、声を放つことも、動くことも容易にできない。
激しく突き飛ばせばこの天国・・・いや、拷問から脱出できようが、相手はオメガセイレーンなのだ。今は10分の1ほどの力とはいえ、並大抵の力では通用しそうにない。
「さて、何を話せばいいのかしら? 妖化屍のことも、オメガスレイヤーの正体もある程度は知っているんだったわねぇ」
司具馬の悲劇に顏を真っ赤に染めていた郁美が、素に戻る。
オトナのテクニックに驚いている場合ではなかった。快楽に溺れる司具馬を間に挟み、マジメな質問を絵里奈にぶつける。
「えと・・・聞きたいことがたくさんありすぎて・・・妖化屍と呼ばれる妖魔が人々を襲い、それを斃すためにオメガスレイヤーがいる、というのは聞きました。姉の天音が、光属性のオメガヴィーナスに選ばれたってことも」
「ええ、その通りね」
「なぜ妖化屍たちは、人々を殺そうとするんですか?」
「うーん。そこはよく、わかっていないの。あるいはライオンが草食動物を襲うように、本能としか言えないかもしれないし・・・配下であるケガレを増やすためかもしれないわねぇ。もしかすると、生きている者への嫉妬のような感情があるのかもしれないし」
「じゃあ、これといった目的があるわけじゃ・・・」
「普通はね。でも、郁美ちゃんも知っているように・・・六道妖のように、確固とした目的を持った妖化屍も存在するわ。彼らは、自分たちの脅威となるオメガスレイヤーの抹殺を狙っている。最強の究極戦士であるオメガヴィーナスの誕生とともに、活動を活発化させたのが象徴的ね」
否が応にも、郁美の胸には苦い想いが広がった。
天音がオメガヴィーナスになったことで、六道妖はその命を狙うようになり、両親は犠牲者となった。もし白銀の光女神に、天音が選ばれることがなければ・・・きっと四乃宮家は、以前のように平穏な日々を過ごしていたのだろう。その影で、どこかの誰かが、妖化屍の犠牲となり続けただろうが。
「妖化屍は・・・オメガスレイヤーに勝てないんですよね?」
「そうね。妖化屍の強さには、個体差がかなりあるけれど・・・私たちを上回る強さの者は、まず存在しないわね。ごく稀な例外を除いて」
両親を殺害した、弁髪の武将を郁美は思い出していた。
六道妖が一人。修羅妖・〝無双”の虎狼。
あの山中での雨の夜、何体かの妖化屍と遭遇したが、巨馬に跨ったあの怪物は別格であった。999人もの破妖師を手に掛けた、という触れ込みも納得できるほどだ。
しかし、それ以外の妖化屍については、苦戦することはあっても、最終的には余裕をもってオメガスレイヤー側が勝利してきた印象があった。半年前、蛙の妖化屍と闘ったオメガフェニックスにしても、人質などなければ圧勝していたに違いない。
「オメガセイレーンは、〝無双”の虎狼に勝てますか?」
「うふふ、面白いことを訊くのね? 勝てるわよ。この場所なら、100%ね。だって水がこんなにたくさんあるんですもの」
絵里奈の台詞が、ハッタリでも過信でもないことは、すぐにわかった。
なるほどなぁ、と郁美は思う。店内にはアルコール類はもちろん、ソフトドリンクから冷水まで、至るところに液体があった。文字通り、水商売に絵里奈が就いているのは、よく考えられた結果かもしれない。
「前から気になってたんですけど・・・妖化屍はオメガスレイヤーに勝てない、ってはじめから決まっているように言いますよね? あれはなにか理由があるんですか?」
「ああー・・・そこを訊いてくるのねぇ~。うーん」
淀みなく答えていた絵里奈が、初めて返答に窮する。
柳眉を寄せて考えている間も、司具馬の股間への愛撫は休まず続いていた。
「じゃあ、まずはオメガスレイヤーの強さの秘密から、話そうかなぁ」
胸元を飾る、涙型のペンダントを絵里奈は握る。
同じように金色に輝く結晶は、天音の首からも提げられていた。ただし形は楕円でなく、十字架型のロザリオだ。
甲斐凛香も六角柱の水晶に似たアクセサリーを、胸元と両耳、都合3か所に飾っていた。すべてが黄金色のこれらが、オメガスレイヤーにとって重要な意味を持つのは間違いない。
「オメガストーン・・・っていうんですよね、確か」
「よく知っているわねぇ。そうよ。この金色の結晶のなかに、オメガの力は普段封印されているの。いつもパワーを全開にしていると肉体にどんな悪影響が出るのかわからないし、日常生活も大変なのよね。だから最低限の力だけ開放して、残りはここに保存しておくわけ。いざという時に、オメガストーンからパワーを引き出すの」
結果的に、オメガストーンは究極破妖師となるための、変身アイテムといってよかった。
だが、この黄金の結晶さえあれば誰でもオメガスレイヤーになれる、というわけではないらしい。
「今私はパワーといったけど、正しく言えばオメガストーンのなかには、人間の肉体を極度に強化する〝粒子”が宿っているの」
「〝粒子”、ですか」
「私たちは〝オメガ粒子”と呼んでいるわ。オメガ粒子は反動が大きすぎて、普通の人間にはまず扱うことはできない。選ばれた者だけが、オメガスレイヤーとなるのはそのためよ」
能力よりも相性が重要、といっていた天音の言葉が、郁美の脳裏に蘇ってきた。
天音が選ばれる以前は、オメガヴィーナスがしばらく存在していなかった様子なのも、あれだけ多くの人数を集めてオーディションを行ったのも、すべて合点がいく。恐らく、最強である光属性のオメガ粒子に適合する者など、ごくごく稀少なのだろう。
六道妖、特に〝百識”の骸頭がオメガヴィーナスの誕生に慌てたのも、その特殊性を知っていたからこそだ。
「オメガストーンは、『水辺の者』の間で代々受け継がれてきたものなの。ひとつひとつのストーンにそれぞれ属性があって・・・特定した者以外に粒子が宿ることはないわ。代替わりが起こらない限りね」
「代替わり?」
「殉職したり、引退したりしない限り、ってことね。喩えて言えば、水属性のオメガ粒子は、私が死ぬかオメガセイレーンとして活動できなくなるまで、ずっと私だけに宿るってことよ。媒体が消滅したとき初めて、オメガ粒子は宿る相手を変更するわけ」
「・・・そうやって、『水辺の者』はずっとオメガ粒子を保護し、妖魔討伐に役立ててきた、ってことですか・・・?」
「そういうことね。オメガ粒子という力の源泉がある限り、私たちが妖化屍などに敗れることはないわ」
話が一旦落ち着いたところで、肉棒を弄ぶ、絵里奈の愛撫は止まった。
「くふッ・・・!! ふぅっ、ふぅっ・・・!! ひ、酷いですよッ、絵里奈さん! なんてことするんですかぁッ!?」
「うふふ、ごめんなさいね。でも、気持ちよかったでしょう?」
真っ赤になった司具馬が、妖艶美女の笑顔の前に押し黙る。
「・・・こ、こんなんじゃあ、この後ろくに仕事できないッスよ・・・替えの下着とか、ないんですか?」
「あとで買ってきてあげるから、安心なさい。でも司具馬ちゃん、その前にちょっと一仕事あるわよぉ」
絵里奈の右手が、涙型の結晶を強く握っている。
艶やかさはそのままでありながら、ナンバー1キャバ嬢の視線は、鋭いものへと変わっていた。
「え・・・!?」
「今日はいろいろと、珍しいお客さんが来る日ねぇ~・・・もっとも今度の人たちは、VIPルームで歓迎なんて出来ないけど」
楕円のペンダントが、眩い光を放って輝く。
それは絵里奈が言うところの、オメガ粒子が開放された証。涙型の結晶に貯蔵されていた粒子が、長身の肢体を駆け巡る。
キャバ嬢エリナは一瞬にして、オメガセイレーンへと変身を遂げていた。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる