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33、シーサイド

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 『キャバクラ シーサイド』の奥にある個室、通称VIPルームに郁美と司具馬は通されていた。エリナこと藤村絵里奈の意向で、特別に貸切状態となっている。
 経営は他の者に任せているが、『シーサイド』の出資金の8割は、絵里奈が出したものだ。実質的なオーナーといっていい。しかも今もキャバ嬢エリナは現役で、長年に渡りトップをキープし続けている。
 25歳の若さにして、藤村絵里奈は自分の店を建てただけでなく、今現在もナンバー1の伝説のキャバ嬢であった。
 むろん、破妖師の家系である『征門二十七家』のなかにあっては、異色の経歴の持ち主といえる。『五大老』のなかには渋い顏をする者もいたが・・・そんな彼女が水属性のオメガスレイヤーに選ばれるあたり、相性がいかに重要なものかが推し量られた。
 
「ふたりとも、ウーロン茶でよかったのよね?」

 たっぷりの氷と琥珀色の液体を入れたグラスを、ドレス姿の絵里奈が持ってくる。
 自分の分も、同じものを用意する。仕事がら、アルコールを飲むことは多かったが、本来好きな方ではない。
 ガラス製のテーブルを挟み、客人ふたりと向き合うようにして、深いソファに腰を下ろす。
 傍目から見れば、キャバ嬢志望の女子大生と面接官のチーママ、そしてなぜか一緒についてきた彼氏、とでもいった、奇妙な構図に映ることだろう。
 
「ふふ、郁美ちゃんが入店してくれたら、私のナンバー1の座も危うくなるかもね」

「え?」

「こっちの話よ。ひ・と・り・ご・と。気にしないで」

 よく冷えたドリンクで咽喉を潤し、絵里奈は訊いた。
 ほのかに上下する白い咽喉元が、それだけで煽情的だった。
 
「で、私がオメガセイレーンであるってわかって、郁美ちゃんは納得してくれた? それで満足かしら?」

「いえ。出来れば・・・もっとオメガスレイヤーに関するいろいろなことを、教えて欲しいんです。私、姉からなにも聞かされていないので」

「いいわよぉ。ただ、闘っている私たち自身でも、知らないことはいっぱいあるの。あくまで、私が知っている限りならね」

「ちょッ・・・マズイですよ、絵里奈さん。それは」

 黙って聞いていた司具馬が、割って入った。
 
「どうして?」

「天音から固く止められているんです。郁美ちゃんにオメガスレイヤーの話をすることは。一般人には存在すら知られていない破妖師の秘密を聞けば、妖化屍アヤカシとの闘いに巻き込まれる危険性も高くなります」

「だって元々郁美ちゃんも、『征門二十七家』の家系に属するひとりでしょ? 私や司具馬ちゃんと同様、妖化屍と闘うことは宿命づけられてるわけじゃない。このコだけ何も知らせずに、なんていうのは天音ちゃんの過保護だと思うけどな?」

 ほんわかした口調ではあるが、絵里奈の言葉は手厳しかった。
 
「・・・ですが」

「私もそう思います。姉は私をまだ一人前と見ず・・・頼りなく感じているんでしょう。だから、ひたすらにオメガスレイヤーの話題を避けようと」

「それはそれで、天音ちゃんの愛情だとは思うけどねぇ」

 なにか言いかける郁美を制し、妖艶な美女は話を続けた。
 
「とにかく、郁美ちゃん自身に覚悟があるなら、私はきちんとオメガスレイヤーの話もするべきだと思うわ。知らないからこそ、顏を突っ込みたくなるってところもあるでしょうしね。大丈夫、天音ちゃんには私から言っておくから」

「し、しかし、オレにも任務が」

「SEXを初体験するまでは興味津々でも、やってみたら案外大したことなかった、ってこともあるでしょう? ちゃんと説明したら、郁美ちゃんもオメガスレイヤーへのこだわりがなくなるかもしれないわ」

「絵里奈さん、その喩えはオレにはよくわかんないです」

「もう~、司具馬ちゃんもけっこう頑固ねぇ~」

 立ち上がった青ドレスのキャバ嬢は、司具馬の隣に腰を下ろす。
 大きめのソファとはいえ、3人が並んで座ると窮屈になった。右に郁美、左に絵里奈と密着する形となった司具馬は、生地越しに伝わる柔らかな乙女の感触に、頬を赤らめドギマギしている。
 
「えッ、その・・・なんですか、一体!?」

「郁美ちゃんに大事なお話をするから、君はちょ~っと黙っててもらおうかしらぁ」

 絵里奈の右手が司具馬の股間に伸びる。
 黒のスラックス越しに、ナンバー1キャバ嬢の右手は、青年の局部を弄び始めた。
 
「ぎィっ!? んふっ!! ・・・こ、これはッ・・・!!」

 全身を突っ張らせた司具馬の声は、その後ほとんど言葉にならなかった。
 ムクムクと彼のムスコは起き上がり、絵里奈の掌の内で、いいように転がされている。裏筋をしなやかな指が這うたび、電撃のような快感に貫かれ仰け反った。
 少しでも気を緩めれば射精しそうで、声を放つことも、動くことも容易にできない。
 激しく突き飛ばせばこの天国・・・いや、拷問から脱出できようが、相手はオメガセイレーンなのだ。今は10分の1ほどの力とはいえ、並大抵の力では通用しそうにない。
 
「さて、何を話せばいいのかしら? 妖化屍のことも、オメガスレイヤーの正体もある程度は知っているんだったわねぇ」

 司具馬の悲劇に顏を真っ赤に染めていた郁美が、素に戻る。
 オトナのテクニックに驚いている場合ではなかった。快楽に溺れる司具馬を間に挟み、マジメな質問を絵里奈にぶつける。
 
「えと・・・聞きたいことがたくさんありすぎて・・・妖化屍と呼ばれる妖魔が人々を襲い、それを斃すためにオメガスレイヤーがいる、というのは聞きました。姉の天音が、光属性のオメガヴィーナスに選ばれたってことも」

「ええ、その通りね」

「なぜ妖化屍たちは、人々を殺そうとするんですか?」

「うーん。そこはよく、わかっていないの。あるいはライオンが草食動物を襲うように、本能としか言えないかもしれないし・・・配下であるケガレを増やすためかもしれないわねぇ。もしかすると、生きている者への嫉妬のような感情があるのかもしれないし」

「じゃあ、これといった目的があるわけじゃ・・・」

「普通はね。でも、郁美ちゃんも知っているように・・・六道妖のように、確固とした目的を持った妖化屍も存在するわ。彼らは、自分たちの脅威となるオメガスレイヤーの抹殺を狙っている。最強の究極戦士であるオメガヴィーナスの誕生とともに、活動を活発化させたのが象徴的ね」

 否が応にも、郁美の胸には苦い想いが広がった。
 天音がオメガヴィーナスになったことで、六道妖はその命を狙うようになり、両親は犠牲者となった。もし白銀の光女神に、天音が選ばれることがなければ・・・きっと四乃宮家は、以前のように平穏な日々を過ごしていたのだろう。その影で、どこかの誰かが、妖化屍の犠牲となり続けただろうが。
 
「妖化屍は・・・オメガスレイヤーに勝てないんですよね?」

「そうね。妖化屍の強さには、個体差がかなりあるけれど・・・私たちを上回る強さの者は、まず存在しないわね。ごく稀な例外を除いて」

 両親を殺害した、弁髪の武将を郁美は思い出していた。
 六道妖が一人。修羅妖・〝無双”の虎狼。
 あの山中での雨の夜、何体かの妖化屍と遭遇したが、巨馬に跨ったあの怪物は別格であった。999人もの破妖師を手に掛けた、という触れ込みも納得できるほどだ。
 しかし、それ以外の妖化屍については、苦戦することはあっても、最終的には余裕をもってオメガスレイヤー側が勝利してきた印象があった。半年前、蛙の妖化屍と闘ったオメガフェニックスにしても、人質などなければ圧勝していたに違いない。
 
「オメガセイレーンは、〝無双”の虎狼に勝てますか?」

「うふふ、面白いことを訊くのね? 勝てるわよ。この場所なら、100%ね。だって水がこんなにたくさんあるんですもの」

 絵里奈の台詞が、ハッタリでも過信でもないことは、すぐにわかった。
 なるほどなぁ、と郁美は思う。店内にはアルコール類はもちろん、ソフトドリンクから冷水まで、至るところに液体があった。文字通り、水商売に絵里奈が就いているのは、よく考えられた結果かもしれない。
 
「前から気になってたんですけど・・・妖化屍はオメガスレイヤーに勝てない、ってはじめから決まっているように言いますよね? あれはなにか理由があるんですか?」

「ああー・・・そこを訊いてくるのねぇ~。うーん」

 淀みなく答えていた絵里奈が、初めて返答に窮する。
 柳眉を寄せて考えている間も、司具馬の股間への愛撫は休まず続いていた。
 
「じゃあ、まずはオメガスレイヤーの強さの秘密から、話そうかなぁ」

 胸元を飾る、涙型のペンダントを絵里奈は握る。
 同じように金色に輝く結晶は、天音の首からも提げられていた。ただし形は楕円でなく、十字架型のロザリオだ。
 甲斐凛香も六角柱の水晶に似たアクセサリーを、胸元と両耳、都合3か所に飾っていた。すべてが黄金色のこれらが、オメガスレイヤーにとって重要な意味を持つのは間違いない。
 
「オメガストーン・・・っていうんですよね、確か」

「よく知っているわねぇ。そうよ。この金色の結晶のなかに、オメガの力は普段封印されているの。いつもパワーを全開にしていると肉体にどんな悪影響が出るのかわからないし、日常生活も大変なのよね。だから最低限の力だけ開放して、残りはここに保存しておくわけ。いざという時に、オメガストーンからパワーを引き出すの」

 結果的に、オメガストーンは究極破妖師となるための、変身アイテムといってよかった。
 だが、この黄金の結晶さえあれば誰でもオメガスレイヤーになれる、というわけではないらしい。
 
「今私はパワーといったけど、正しく言えばオメガストーンのなかには、人間の肉体を極度に強化する〝粒子”が宿っているの」

「〝粒子”、ですか」

「私たちは〝オメガ粒子”と呼んでいるわ。オメガ粒子は反動が大きすぎて、普通の人間にはまず扱うことはできない。選ばれた者だけが、オメガスレイヤーとなるのはそのためよ」

 能力よりも相性が重要、といっていた天音の言葉が、郁美の脳裏に蘇ってきた。
 天音が選ばれる以前は、オメガヴィーナスがしばらく存在していなかった様子なのも、あれだけ多くの人数を集めてオーディションを行ったのも、すべて合点がいく。恐らく、最強である光属性のオメガ粒子に適合する者など、ごくごく稀少なのだろう。
 六道妖、特に〝百識”の骸頭がオメガヴィーナスの誕生に慌てたのも、その特殊性を知っていたからこそだ。
 
「オメガストーンは、『水辺の者』の間で代々受け継がれてきたものなの。ひとつひとつのストーンにそれぞれ属性があって・・・特定した者以外に粒子が宿ることはないわ。代替わりが起こらない限りね」

「代替わり?」

「殉職したり、引退したりしない限り、ってことね。喩えて言えば、水属性のオメガ粒子は、私が死ぬかオメガセイレーンとして活動できなくなるまで、ずっと私だけに宿るってことよ。媒体が消滅したとき初めて、オメガ粒子は宿る相手を変更するわけ」

「・・・そうやって、『水辺の者』はずっとオメガ粒子を保護し、妖魔討伐に役立ててきた、ってことですか・・・?」

「そういうことね。オメガ粒子という力の源泉がある限り、私たちが妖化屍などに敗れることはないわ」

 話が一旦落ち着いたところで、肉棒を弄ぶ、絵里奈の愛撫は止まった。
 
「くふッ・・・!! ふぅっ、ふぅっ・・・!! ひ、酷いですよッ、絵里奈さん! なんてことするんですかぁッ!?」

「うふふ、ごめんなさいね。でも、気持ちよかったでしょう?」

 真っ赤になった司具馬が、妖艶美女の笑顔の前に押し黙る。
 
「・・・こ、こんなんじゃあ、この後ろくに仕事できないッスよ・・・替えの下着とか、ないんですか?」

「あとで買ってきてあげるから、安心なさい。でも司具馬ちゃん、その前にちょっと一仕事あるわよぉ」

 絵里奈の右手が、涙型の結晶を強く握っている。
 艶やかさはそのままでありながら、ナンバー1キャバ嬢の視線は、鋭いものへと変わっていた。
 
「え・・・!?」

「今日はいろいろと、珍しいお客さんが来る日ねぇ~・・・もっとも今度の人たちは、VIPルームで歓迎なんて出来ないけど」

 楕円のペンダントが、眩い光を放って輝く。
 それは絵里奈が言うところの、オメガ粒子が開放された証。涙型の結晶に貯蔵されていた粒子が、長身の肢体を駆け巡る。
 キャバ嬢エリナは一瞬にして、オメガセイレーンへと変身を遂げていた。
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