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29、結界
しおりを挟む死ぬ。
紅蓮の炎天使オメガフェニックスの正体である少女は、覚悟をした。四肢を引き伸ばし、首や胴体に食い込む鎖のパワーに、もう抵抗できないと。
脱臼した両腕が、脚が、さらに強烈に引っ張られる。
もがれる、と思った。手足を引き抜かれ、首も胸も輪切りにされて、自分は殺されるのだと。醜く卑劣な蛙の妖化屍に、自分は負けるのだと。
空気が変わったのは、まさにその時だった。
「ッ!?」
〝大蟇”の我磨も、強い違和を確かに感じた。周囲の闇が、濃厚になった感覚。世界を電車に喩えるならば、自分たちが乗った車両だけが切り離され、どことも知れぬ異界に放置されたような―――。
勘違いでは片づけられない、生々しい肌感覚。
だが、明らかに起こった異変を無視したくなるほど、妖魔の興味は足の裏にあった。〝大蟇”が踏んでいるのは大の字になった少女破妖師。鎖に引っ張られ、宙に浮きあがった甲斐凛香は、あと少しで八つ裂きになるのだ。
集中する。オメガスレイヤーを始末できる悦びに。
両生類の針目が、今からバラバラの肉片と化す、美少女の顏を覗き込む。
猫を思わす吊り気味の瞳は、強い輝きを放っていた。
バカな。そんなはずがない。
凛香は死にかけていた。官能の津波に惨めに喘ぎ、苦痛に泣き叫んでいた。つい数瞬前まで、抵抗の気力すらなかったはずなのだ。
それなのに、潮を吹くほど乱れた令嬢は、闘う破妖師に戻っている。
蛙の肌が、ざわついた。空気の変化。凛香の豹変。このふたつが、無縁であるはずがない―――。
「・・・本当に、ダメかと思ったヨ」
凛香の首元、そして両耳。
六角柱の水晶に似た金色のアクセサリーが、3つ同時に輝く。眩い閃光に、腹部に乗った〝大蟇”がたまらず仰け反った。
実際には、3つの六角柱が放った光は、それほどに強いものではなかった。しかし、秘められた生命力の波動が、妖化屍に爆発したような錯覚を与えた。
「ッッ・・・バカなぁッ!!」
反射的に、〝大蟇”の我磨はリモコンのスイッチを押していた。
深い考えがあったわけではない。ただ、怯えにも似た感情に衝き動かされて、四乃宮郁美の処刑を決行する。ボタンひとつで鎖は外れ、高速で走るジェットコースターから女子大生の肢体は放り出されるはずだった。
・・・落ちなかった。
小型のコースターは疾走を続けているのに、郁美の身体は落ちてこない。振り落とされない。
いや、気が付けば、あれほど振り撒かれていた様々な体液も、ひとつの雫として落ちていない。
「ぎィッ!?」
薄闇のなかで、ようやく半人半蛙の妖魔は真実を見ることができた。
ジェットコースターに、何者かが立っている。二本の脚で。疾走する風のなかを。
両腕に郁美を抱えていた。ジェットコースターが宙返りしようと、足裏が吸い付いたようにビクともしない。
プラチナブロンドの髪。白銀のスーツ。鮮やかな青のケープとフレアミニが、風を受けて鳴っている。
胸の中央には、「Ω」を象ったような、黄金のマークが輝いていた。
「お前はぁッ・・・オメガヴィーナスッ!!」
白銀の光女神が、降臨していた。
美しい。神々しいまでに。
畏怖するほどに華麗で、見惚れてしまうほどに荘厳。
初めて遭遇する光女神の正体を、蛙男は瞬時に悟った。それは、オメガヴィーナスと四乃宮郁美の美貌が、よく似ていたから、という理由のみでは決してない。
ボオオオウウウッ・・・!!
巨大な炎が甲斐凛香の身体を包む。足元に出現した灼熱に、たまらず〝大蟇”は大きくジャンプして跳び逃げた。
炎が消える。焼け溶けた鎖の残骸が、カチャカチャと床に散らばった。
お臍が見えるノースリーブのスーツにショートパンツ。額のバンダナも背中のケープも、全てが真っ赤な紅蓮の炎天使がそこにはいた。
「じゃーんっと。オメガフェニックス、参上・・・って、こんな様子じゃカッコつかないかナ」
小悪魔的に微笑みながらも、ガクガクと脚を震わせて凛香は言った。
オメガスレイヤーの力を開放したとはいえ、両肩と股関節を脱臼しているのだ。本来ならば、立っていることが有り得なかった。
「お前ッ、お前らッ・・・!! どうして、どうやって諮ったんだぁッ!?」
白銀の光女神と紅蓮の炎天使。前後の美戦士に激しく視線を移動させ、〝大蟇”は叫んだ。
「ちゃんと言ったよネ? 少々の犠牲が出ることは覚悟して、あたしたちオメガスレイヤーは最善の策を選ぶって。郁美を助けてあんたを倒す、そのためにはあたしがちょっと痛い眼に遭うのがベストだった、ってことヨ」
「なッ・・・!! しかし、オメガヴィーナスがこの場に現れる確証など・・・」
「あのネ。あなた、あたしのこと本当におバカさんだと思ってる? 郁美が連れ去られたのを見てて、誰にもなんの連絡もせずにノコノコここへやってくると思う?」
「信じられないッ・・・オメガヴィーナスの妹とはいえ、たかが小娘ひとりのために身を張ったのかぁッ!? 究極の破妖師であるお前がッ!?」
「あたしが酷い目に遭うほど、郁美への意識は薄くなるでショ。・・・まっ・・・もっとも・・・」
ニッと笑ったオメガフェニックスの唇から、赤い糸がツ、と垂れた。
「・・・ここまでやられるとは・・・ネ。・・・ちょっと舐めてた、かナ」
ごぼおおッ!!
大量の鮮血が、凛香の口から飛び出した。
ガクンと膝が抜ける。八つ裂きにされかかった女子高生のダメージは、決して浅いものではなかった。紅蓮の炎天使が前のめりに倒れていく。
チャンスッ!!
本能的に生を諦めていた、蛙男の眼が光る。
ふたりのオメガスレイヤーを相手にし、生き延びられる妖化屍などまずいないだろう。しかし、そのうちのひとりがすでに重傷を負っているのなら話は別だ。
闘って勝てる、とは思わない。だが、オメガフェニックスの方向になら、逃げることが出来るのではないか。
「・・・クヒュッ! ヒュヒュッ! 快楽と苦痛で責め立てたのは・・・決してムダじゃあなかったようだなぁッ!」
「いいや、ムダだね」
蛙の能力を駆使し、大ジャンプをきめようとした〝大蟇”の脚が止まる。
男が、いた。いつの間にか。闇から湧き出たように。
頭から床に崩れ落ちる寸前、オメガフェニックスのグラマラスボディは、その男によって抱えられていた。
「なんだッ、お前は・・・ッ!?」
「このアミューズメントパークはいわゆるパワースポット・・・強い霊的磁場で囲まれている。この凛香がそういうふうに作ったのさ。オレたち、『水辺の者』が『異境結界』を創り出すためにな」
黒の上下スーツにネクタイ。白いワイシャツの下には、上質の筋肉を纏っているのがよくわかった。
中肉中背だが、シャープさと力強さを併せ持った肉体。
『水辺の者』を名乗った男が、オメガスレイヤーの仲間であることは間違いなかった。
「このフロアを通常の世界と切り離させてもらったよ。オレが『結界』を解かない限り、お前はここから逃げられない。あるいはオレを殺すかだな」
「この空間の違和感は・・・お前の仕業かぁッ!!」
「『水辺の者』の役目は破妖師の補佐だ。妖化屍の探索から情報収集、あるいはこうした『結界』の創造からパシリまで、なんでもござれさ。だが、肝心の妖化屍退治は・・・」
ビュオオオオゥッッ!!
〝大蟇”と黒スーツの男の間に、白銀の風が渦を巻く。
銀色の疾風は、郁美を抱いたオメガヴィーナスへと姿を変えた。
「あくまでオメガスレイヤーの・・・白銀の光女神の責務だ」
「・・・シグマ。郁美をお願い」
初めて聴くオメガヴィーナスの生声は、澄み切った音色で我磨の内耳に転がった。やはり妹に似て、キャンディのような甘さと、清流のような爽やかさを伴った響き。
だが、そこに烈しい怒りが含まれていることを、蛙の妖化屍は聴き分けた。
「ぐッ、ぐうううッ~~ッ!! ぬううッ・・・!」
「私はオメガヴィーナス。妖化屍を、滅ぼす者よ」
両手を腰にあて、白銀の女神はポーズを取った。
静かな口調。落ち着いた物腰。美しき容姿に、輝くような存在感。
なるほど、まさに女神だと〝大蟇”は感嘆した。4年前に出現したという、光属性の究極の破妖師はダテではない。
だが、女神を前にした妖化屍を覆うのは、陶酔ではなく圧倒的戦慄。
オメガヴィーナスの凛とした瞳は、妹を穢された怒りに燃え盛っていた。
「郁美をあのような目に遭わせたあなたを・・・許すことはできないわ」
よくある台詞のようでいて、光女神が発した「許せない」は、妖化屍にとっては死の宣告も同然だった。
〝大蟇”の大脳がめまぐるしく回転する。この窮地を脱する方法はないか? オメガフェニックスをあれほど追い詰めたのだ、最強とされる白銀の女神相手にもきっと何か手は・・・
あった。
官能の刺激に対する耐性は、オメガスレイヤーとて一般の乙女と変わらない。
鋼のボディにダメージを与えるのは容易ではないが、快楽で女芯を蕩けさせるのならば、決して不可能では・・・
「・・・クヒュッ!! クヒュヒュヒュッ!!」
パカリと大口を開けるや、〝大蟇”の舌が長く伸びた。
同時に、濃緑の催淫粘液が大量に吐き出される。
バケツをぶち撒けたように。緑の液体が、オメガヴィーナスに降りかかった。
白銀が、煌めいた。
「・・・えッ!?」
蛙男が気付いたとき、眼の前にいたはずの光女神は、背後に立っていた。
ボンッッ、と〝大蟇”の巨体が爆ぜる。
内側から光の粒子が溢れ、輝く白銀のなかに消滅していく。
一撃。そして、一瞬にして、半人半蛙の妖化屍はオメガヴィーナスの手により滅せられた。
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