オメガスレイヤーズ ~カウント5~ 【究極の破妖師、最後の闘い】

草宗

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「ホホッ・・・ホホホッ! さっきまで私の蛇にアソコを噛まれてヒィヒィ泣き喚いていたお嬢ちゃんが・・・随分と強気なことねェ!? それとも、嫌な記憶はすぐに忘れる性質なのかしらッ!」

 挑発しつつ、縛姫バクキにはわかっていた。まともに闘っても、白銀の光女神に勝つ可能性などないことを。
 腕組みをしたオメガヴィーナスは、面罵を平然と受け流している。美貌の乙女には、醜く足掻く妙齢の妖化屍アヤカシが、哀れにすら見えているのかもしれない。
 
 じっと黙って佇んでいるだけで、感嘆するほどの美しさだった。
 炎と水、あとから現れたふたりも端整な顔立ちをしているが、オメガヴィーナスはその名の通りに神がかっている。完璧な造形美による綺麗さと、輝くような華やかさと、愛くるしいまでのカワイさと。モデルと女優とアイドル。その全ての魅力を、満点に近く兼ね備えているのだ。
 特に、見る者を惹きつける魅惑の瞳と、真珠のようにきめ細かい素肌は、美女神の化身を思わせた。
 
 殺したい。これほどに美しい小娘は、存在を消さねばならない。
 
 心底から縛姫は願う。しかしそれは、世界一の美女になるより、遥かに困難な作業であることもわかっている。
 
「言いたいことは、それだけ?」

「ッ・・・オメガヴィーナスッ!! あんた、さっき嬲られた仕返しをしようってんじゃないだろうねェ!?」

「あなたには恨みはないわ。でも、オメガスレイヤーの役目は妖化屍を葬ること。そして私の望みは、家族を無事に家まで送り届けることよ」

 真っ直ぐ縛姫を見詰める瞳に、ウソはなかった。
 驚いたことに、オメガヴィーナスには縛姫に対する復讐の念は、微塵もないようだった。
 許されているのだ。縛姫は、あれほどの仕打ちをしたにも関わらず。
 だが、高い自負心を持つ女妖魔は、光女神の寛容を屈辱と受け取った。
 
「ッッ!! ・・・バカに・・・するんじゃないッ!!」

 殴った相手が反撃をしてこなかった場合。それも、明らかな余裕の態度を示した場合。
 ひとは往々にして、その反応を屈辱と捉える。縛姫の場合もそうだった。
 紫のドレスの袖口から、緑の蛇を放つ。同時にソバージュのかかったオレンジの髪も、無数の蛇と化して一斉にヴィーナスに飛び掛かった。
 縛姫の得意とする緊縛。その餌食とすべく、数えきれぬ蛇の束が、様々な角度で白銀の女神を襲う。
 
 ビュウウウウッ!!
 
 白い風が吹いた。と思った時には、飛び掛かる蛇は、砂となってボロボロと崩れ落ちた。
 オメガヴィーナスの〝威吹いぶき”。
 吐息ひとつで、白銀の光女神は縛姫の全身全霊を賭けた総攻撃を吹き飛ばしていた。
 
「なッ!? ・・・そん・・・ッ!!」

「真正面から闘って、あなたに勝ち目はないわ。確かにその緊縛の力は強烈だけど・・・油断しない限り、その拘束に捉えられることはない」

 わずかに首を振るオメガヴィーナスには、哀しげな様子すらあった。
 実力の差が、ありすぎた。
 オメガフェニックスとセイレーンが、六道妖のふたりをターゲットにしたのも、計算づくだったかもしれない。ダメージを受けている白銀の女神であっても、縛姫相手になら問題なく闘える・・・そう安心し切れるほど、その差は決定的だった。
 
「お、おのれッ・・・おのれェェェッ~~ッ!!」

「ごめんなさい。でも、これがオメガスレイヤーと妖化屍の間にある、運命なのよ」

 やや切れ上がった魅惑の瞳に、眩い白光が宿る。
 〝ホーリー・ヴィジョン”で一撃に・・・と思ったのは、オメガヴィーナスなりの優しさだったかもしれない。
 縛姫の頭部に向けて放てば、この闘いは終わる。初陣の光女神が、決着をつけようとした、その時だった。
 
 夜の山中が、重苦しさに包まれた。
 
「ッ!? ハッ・・・なに、これはッ!?」

 オオ・・・オ”オ”オ”ッ・・・・オ”オ”オ”オ”オ”ォ”ッ!!!
 
 慟哭している。闇が。夜が。山に生きる、全てが。
 
 生物も、無機物も、関係がない。周囲の全てが鳴いている。恐怖に。圧倒的な重圧に。
 
「一体ッ・・・なんなの、これはッ!? いるッ、なにかがいるわッ!!」

「お姉ちゃんッ!! 苦しいッ、息が・・・息がうまくできないッ!!」

「落ち着くのよ、郁美ッ!! 私が守るッ、必ずこのオメガヴィーナスが守るからッ!!」

 叫ぶ天音の呼吸も、荒々しかった。
 いや、白銀の女神だけではない。縛姫もまた、瞳を見開き硬直し・・・セイレーンと交戦中の骸頭までも、小刻みに震えている。
 
「天音ちゃんッ、気をつけて!! なにかが・・・何者かが、近づいてきているッ!!」

「わかっていますッ!! 絵里奈さんも、油断しないでくださいッ!!」

 闇が真綿のように絡みついてくる。
 何者かが発する瘴気が、悪意が、空間すらも緊張させているのか。だとすれば、この恐怖の主は途轍もない巨大な力の持ち主と言える。
 
「まさ・・・かッ・・・!! ヌシは来るなと、言っておいたはずじゃぞ・・・」

 呟きが、骸頭の口から漏れる。
 山道を逃げようとしていた父と母が、脚を震わせて立ち止まっていた。道の先から、暴風のような気配が吹き付けてくる。
 その方角から、「なにか」は迫ってきていた。
 足音が聞こえる。近づいてくる。重々しい響きは、馬の蹄のそれだった。
 
「あの先から!? 父さん、母さん、戻って!!」

「ヌシが来るには、早すぎるんじゃ! オメガスレイヤーが放つ芳醇な香り・・・我慢できなんだかッ!?」

 オオオオッ・・・オ”オ”オ”オ”オ”オ”ォ”ォ”ッッ!!!
 
 蹄が近づく。夜の闇が、巨大な力の出現にざわめく。
 失禁する両親の眼の前に、馬に跨った妖化屍が、ついにその姿を現した。
 
「我が六道妖が誇る修羅妖・・・〝無双”の虎狼コロウッ!! なぜここへ来たのじゃあッ!!」

 圧倒的。
 
 オメガヴィーナスも、セイレーンも、むろん妹の郁美も、全員が瞳を見開いていた。虎狼と呼ばれた男が放つ、あまりに激しい暴威の風に。
 
 2mはあろうかという巨漢が、鹿毛の巨馬に跨っている。
 右手に握るのは、長身の矛。いや、鋭い穂先にさらに垂直に刃が付けられているところを見ると、戟というのが正確か。
 鋭い眼光。頑強な筋肉の鎧。青みがかった髪は、後頭部で弁髪にまとめている。
 簡素な作りの着物は、獣の生皮でできているようだった。明らかに現代に生きる人間の姿ではない。いや、外見がもたらす情報は、この妖化屍の正体をもっと雄弁に語っている。
 
 銃火器などの近代兵器が登場する前の時代に、活躍した武将。
 
 〝無双”の虎狼は、戦場に生きた猛将に違いなかった。命の遣り取りを日常とし、生き甲斐とすらしたいくさ人。
 真っ赤に血走った眼に、狂気が滲んでいる。
 この男にとっては、「人を殺す」という意味が、他の者とはまるで違う・・・恐らく、命の重みがまるで違う。
 虫ケラ同然に、何万という単位でひとを殺めている。虎狼をひと目見ただけで、四乃宮天音はこの妖化屍の異常性を悟った。
 
「〝無双”の・・・虎狼だって!?」

 ガクガクと震える父親が、青い顏で搾り出した。
 
「まさかッ・・・あの虎狼が・・・こんなところに・・・ッ!!」

 あまりに強力すぎる妖化屍は、容易に始末できず、破妖師のなかでSランク妖魔として語り継がれることもある。それほど強大な存在は、滅多に現れないが。
 〝無双”の虎狼は、その数少ないひとりだった。
 天音は知らなくても、父は名前を知っていた。噂に聞いた虎狼が、眼の前の武将然とした怪物ならば・・・六道妖とは、なんと恐るべき駒を手中にしたのか!
 
「に、逃げなさいッ、天音! この男とまともに闘うのは・・・」

「貴様が、オメガヴィーナスか」

 魂が震えるような重い声だった。
 馬上の妖化屍は、ただ白銀のスーツを纏った乙女しか見えていないようだった。恐怖に硬直する人間の中年夫婦など、逃げ惑うアリと同じなのだろう。
 
「・・・そうよ。あなたは修羅妖・・・〝無双”の虎狼というのね」

 両手を腰に当て、ブロンドのヴィーナスは虎狼を睨み返した。
 
「なるほど。確かに他の破妖師どもとはまるで違う。強者の香りがするぞ」

「虎狼よッ、まだ時期ではないッ! ヌシがこやつらと一戦交えるには、機は熟しておらんのじゃッ!!」

「黙れ。骸頭よ、貴様の指図は受けん」

 ビリビリと、空間が熱を帯びていくのがわかる。
 妖化屍は、本能的にひとを襲い、死へと誘う。戦場を駆け、人を殺すことを生業としていた武将ならば、その殺戮衝動はいかに巨大となるか。
 まして手強い敵がいるとわかれば、腕に自信を持つ豪傑が、落ち着いていられるわけがない。
 
「妖化屍が得る能力は、オメガスレイヤーのそれに及ばない。しかし・・・元の実力があまりに高ければ、その差を埋められることだってあるんだ!」

 父親の声は、絶叫に近いものになっていた。
 巨大馬が、一歩一歩と白銀の女神に近づいていく。そのたびに、父は危険を顧みずに娘に叫んだ。
 
「〝無双”の虎狼はッ・・・これまでの歴史で、998名の破妖師を殺害しているッ!! 他の妖化屍とはレベルが違うんだッ!!」

「・・・あまりに脆弱すぎるカスは、相手にしない主義のヤツもいるが」

 虎狼を乗せた巨馬が、その脚を止めた。
 
「オレは、目障りな虫ケラが、視界に入るのは許せん主義だ」

 戟を握る虎狼の右手に、力がこもる。
 
 殺すつもりか、父を。母を。
 
 オメガヴィーナスの肢体が、光を放つ。間に合うか? いや、できる。白銀の光女神のスピードなら、きっと間に合う。戟が振り下ろされるより早く、両親の元へ駆けつけて――
 
 ガシイイッッ!!
 
「残念ねェ。隙あり、よォ。緊縛するには、十分すぎるわァ」

「ッッ!!? バッ・・・縛姫ッ!!!」

 背後から緑の蛇が二匹、オメガヴィーナスの肢体に螺旋に絡まった。
 
 ザグウ”ウ”ウウンンンンッッ!!!
 
 一閃だった。
 虎狼の右腕が稲妻を放った。と錯覚するほど、素早く戟が横に薙いだ。
 
 父と母。ふたりの胴が真ん中から裁断され、上半身が高く宙に舞った。
 
「あッッ!!!」

 どしゃあああッ・・・
 
 泥の混ざった水溜まりに、両親の胴から上が重なって落ちた。
 恐怖に引き攣った表情のまま、父と母は息を引き取っていた。
 
「うわあああああああアアアッッ~~~ッッッ!!!!」

 天音が絶叫する。眩い白光が爆発し、絡まった緊縛の蛇が、一瞬にして蒸発する。
 閃光と化したオメガヴィーナスは、一直線に馬上の虎狼へ突撃した。
 
「このオレをもってして、視認がやっとのスピードだ。だが」

 理性を失った特攻は、単調にして読みやすかった。まして武術を極めた虎狼にならば。
 カウンターで放たれた戟の穂先が、天音の胸元、黄金の「Ω」マークに正確に撃ち込まれた。
 
 ドギョオオオオオ”オ”ッッ!!!
 
「うぶうう”ゥ”ッ――ッ!!!」

 超スピードで突っ込んだ肢体に、鋭い鋼鉄の猛撃が埋まる。
 さすがのオメガヴィーナスの肉体も、深く陥没した。海老のように折れ曲がった美乙女が、唾液と吐血を噴き出す。
 ビチャビチャとかかる天音の体液を、気にすることなく虎狼が戟を引き抜いた。
 
「あ”ッ・・・あがあ”ッ!! ・・・アアア”ア”ッ―――ッ!!!」

 抉られたような胸の痛みに構うことなく、白銀の光女神は立ち上がった。
 鋼鉄のボディを誇るとはいえ、信じられぬ精神力。しかし――。
 
「フンッ・・・貴様とオレとでは、技術の差が天地ッ!!」

 拳を振り上げた天音の左肩から右脇腹にかけて。虎狼の戟が袈裟がけに斬りつけた。
 ビクンッ!! と仰け反るオメガヴィーナス。その左のアバラに、翻った戟が叩き付けられる。
 肉は斬られなかった。血もでなかった。だが、打撃による苦痛で悶え踊る天音に、容赦ない追撃が撃ち込まれた。
 鋭い突きが、乳房を潰す。腹筋を抉る。咽喉元をグサリと突き刺す。
 斬る。突く。薙ぐ。打つ。刺す。叩く。抉る。
 頑強な身体であるのをいいことに、わずか数秒であらゆる角度からあらゆる戟の攻撃がオメガヴィーナスに浴びせられた。
 
 ドガガガガガアァッ!!! ドドドッ!!! ザクンッ!!
 
「ッッ・・・ェ”・・・・・・ァ”・・・ッ!!!」

 虎狼の乱撃が止んだとき、そこにいたのは、レイプをされたように変わり果てた乙女だった。
 棒立ちになった天音の口から、ドス黒い血の塊が、ゴブリとこぼれた。
 白銀のスーツもロングブーツも、紺青のケープもフレアミニも・・・胸の黄金の紋章も。全てがボロボロに切り裂かれ、青紫の痣が真珠の肌に浮かんでいる。
 
「天音ッ・・・おねえちゃ・・・ッッ!!!」

 受け身もとれず、仰向けにオメガヴィーナスは大地に沈んだ。
 大の字に横臥した肢体が、ビクビクと痙攣し続ける。
 虚ろに彷徨う魅惑の瞳と、ビリビリに破れた白銀のスーツが、四乃宮天音が事実上の敗北を喫したことを教えていた。
 
「・・・つまらん。所詮、この程度か」

 姉の名を叫ぶ郁美の声が、崖下の台地に響き渡った。
 
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