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14、究極戦士
しおりを挟む「ぐううぅ~~・・・やれいィッ、ケガレども! こやつらを肉片にしてしまうんじゃあッ!!」
残ったゾンビ軍団に総動員をかけ、地獄妖・〝百識”の骸頭は襲撃させた。
1対1じゃとッ? 冗談じゃないわいッ!
ダメージは深いものの、オメガスレイヤーの頂点に立つ白銀の光女神と、五体満足で駆け付けた蒼碧の水天使。どちらを相手どるにせよ、自殺行為も同然だった。
難度もリスクも最高レベルの黒魔術、悪魔召喚を破られたばかりなのだ。
オメガヴィーナスをあそこまで苦しめた技は、そう簡単にできるものではない。今の骸頭にもっとも有効な手段は、撤退、ただあるのみだ。
そのためには、ケガレの20や30、捨て石にするのは当然だった。
襲撃のようで、その実体は究極戦士たちの足止め。知性なきゾンビを立ち向かわせ、その隙に逃亡を図る。必要とあれば、妖化屍をも撒き餌にして骸頭はひとり逃げ切るつもりでいた。
六道妖には、中心となる頭脳がいる。
天、人、修羅、餓鬼、畜生。他の連中はまだ代わりがきくが、地獄妖の骸頭だけは外せないのだ。オメガスレイヤーというバケモノ、それも光属性の最強の戦士が出現したからには、骸頭の長年の知識と経験なしでは太刀打ちできない。
ケガレの群れが、青のケープをなびかせるふたりに飛び掛かった瞬間、この場を脱せんと骸頭は踵を返した。
「あらぁ? どこへゆくつもりかしら?」
甘く、蕩けるような声だけが響いた。
折り重なった死者の土色の身体で、声の主の姿は見えない。
「オメガセイレーンか。生憎儂は、ヌシらと遊んでいるほど暇ではなくてのう。余興の続きは次の機会じゃ」
「うふふ・・・〝百識”の骸頭は女性の肉体を嬲るのがなにより好き、と聞いてたけど・・・私の身体はお気に召さなかった?」
「フンッ・・・ヌシのようなそそる肢体は、願わくばすぐにでも賞味したいのじゃがなァ・・・次にまみえる日を楽しみにしようぞ」
「くす・・・随分と奥ゆかしいのねぇ~。次などと言わず、今すぐに味わってみてはいかが?」
ドシュウウッ!!
地上から、天へと向けて。
柱のように太いレーザーが、半ミイラ化した死者の肉体を貫いた。一瞬にして、塵芥と化す。
いや、レーザーではない。よく見れば、それは水流。一直線に噴きあがった水飛沫。
雨後の水溜まりから、オメガセイレーンは天を衝く一本槍を生み出したのだ。
「ツイてなかったわねぇ~、〝百識”の骸頭。水に恵まれたこの状況・・・今の私は、オメガヴィーナスよりも強いかもしれないわよ?」
ドシュウウッ!! ドシュッ!! ドシュドシュドシュッ!!
次々に足元から水流のレーザーが昇る。ケガレの群れを撃ち貫く。
何十本もの水柱が立つ幻想的な光景。その中央に、腰まで伸びる長い茶髪を揺らした、蒼碧の天使はいた。
睫毛の長い漆黒の瞳。高く通った鼻梁。吸い付きそうな、潤んだ唇。ひとつひとつがセクシャルな美女は、土煙に還るゾンビのなかで、妖艶に笑っていた。
これが、オメガセイレーン。
「名付けて、〝雨の橋立”。あなたの下僕はひとり残らず、浄化させてもらうわね」
地面に水は、いくらでもある。周囲一帯のケガレは、蒼碧の水天使に触れることもできずに水流に消し飛ばされていく。
真っ赤な舌をちらりと出し、セイレーンは厚めの上唇を舐めた。自然で、それでいて蕩けそうに甘美な仕草。
骸頭を真っ直ぐ見詰める大きな瞳は、次はあなたの番だと、語っているかのようであった。
「ヒッ・・・ヒイイィッ!?」
「あら、私と遊びたいんじゃないの?」
走りかけた皺だらけの怪老の前に、水飛沫が風とともに舞う。
反射的に眼をつぶった骸頭が、再び視界を開けた時、青のスーツとケープとは眼前で翻っていた。
「せっかくの機会だもの。愉しみましょう・・・〝百識”の骸頭」
両手を腰に当てたオメガセイレーンが、立ち塞がっている。
170cmはありそうな美女と、130cmほどの老人。あらゆる面で、対峙する両者は対照的だった。身長差。年齢。美と醜。破妖師と妖化屍。艶っぽくも、決意を秘めた微笑みと、怯えながらも、憎悪に歪む形相。
「グッ、ヌウウッ~~ッ・・・小娘めがァ~ッ・・・!!」
「案外と弱気なのねぇ~。あなたの目的は、私たちオメガスレイヤーを斃すことじゃなかったのかしら? なんなら、眼の前にある私の身体を、好きにしてもいいのよ」
「あまりッ・・・図に乗るでないわァッ!!」
皺だらけの右手が、青いスーツに包まれた左乳房を、ガッシリと握り掴んだ。
セイレーンの柳眉がピクリと動く。構わず骸頭は、小ぶりなお椀をぐにゃぐにゃと揉み潰す。
「・・・ふふ・・・大したものねぇ~。少し見直したわ」
「この地獄妖・骸頭を・・・ナメくさるでないぞォ、オメガセイレーン」
真実を知る者から見れば、奇妙かつ、恐るべき意地の張り合いだった。
このふたりの立場は、圧倒的に青いスーツの美女が上なのだ。オメガセイレーンがその気になれば、一撃で骸頭は粉塵と化してこの世から消える。
それがわかっていてなお、怪老はオメガセイレーンの乳房を弄っている。死が着々と、迫ると知りつつ。
そして蒼碧の水天使は、骸頭の凌辱を甘んじて受けている。死をも恐れぬ気概に、敬意を表するように。
「いいわ。私から言ったことだもの・・・好きにすればいいわ」
仁王立ちしたまま、蒼碧の水天使は同じポーズを取り続けた。すっと一筋の汗が、妖艶に微笑む頬を流れる。
対する骸頭の顏も、流れる汗で濡れ光っていた。
歪んだその表情は、憎悪よりも、懸命と呼ぶのに近くなっている。
空いた左手を青いフレアミニの内側に伸ばすと、生地越しにセイレーンの股間をすりすりと摩擦する。右手は胸の谷間からスーツのなかへと滑り込み、直接生肌を撫で回した。
「ヌシにッ・・・ヌシらごとき小娘にィッ!! この骸頭が、簡単に殺されてなるものかァッ!!」
両手を腰に当てたまま動かないオメガセイレーンを、必死の形相で老人は愛撫し続けた。だらだらと汗を垂れ流し、唾を飛ばして叫びながら。
直に触れた左胸を揉み、尖り立った頂点を転がす。湿り気を帯びた股間の縦筋は、強弱をつけて擦り上げた。
凌辱の手が止まった瞬間、水天使の征伐が下されることを、骸頭は本能的に悟っていた。
オメガセイレーンを愛撫する。それが、ただひとつ、配下のゾンビ集団を全て失った骸頭にできること。そして、一縷の生存の望みを託せるもの。
弱者による、絶対的強者への凌辱――不可思議な光景が、しばし流れ続けた。
マズい。
蒼碧の水天使により、無数に立ち昇る水流の柱。水色の林に囲まれて、〝妄執”の縛姫は焦りを覚えた。
雨上がりのこの地では、オメガセイレーンの攻撃力は圧倒的すぎる。
さらに彼方、山林の上空ではローブの男が巨大な炎に包まれたのが見えた。詳細はわからずとも、紅蓮の炎天使に敗れたのは疑いようがない。
破妖師のなかで頂点に立つ存在。オメガスレイヤーの強さが、妖化屍を上回るとは聞いていた。
だが、現実は想像の遥か上をいく。この差は・・・草食動物が、肉食動物とまともにやりあうようなものだ。
「骸頭のヤツめェッ・・・!! けど、私はひとりでも生き残ってみせるわァ・・・」
3人いるオメガスレイヤーに対して、誰に勝つこともできないのは、縛姫自身がよく悟っている。
しかし「穴」はあった。生還へと繋がる抜け穴は。そこをうまく突けば、きっとこの窮地も脱出できるはずだ。
「カッコつけの〝慧眼”が何言ったか知らないけど・・・私は家族を襲わない、なんて約束はした覚えないわよォ~!」
オレンジの髪を振り乱し、縛姫は一直線に駆け出した。
目指すは樹木の間を通った山道。寄り添いながら走り逃げる、四乃宮天音の父と母。
どんな硬い鋼鉄よりも信頼できる最強の「盾」が、こんなに近くにあるのに・・・手に入れない道理はない。
「いかせないわ」
白い輝きが、眼の前でスパークした。
縛姫の脚が止まる。原初の畏れにも近い感情が、反射的に妖魔の動きを止めていた。
「くうゥッ!?」
「大切な人々には指一本触れさせないわ・・・もちろん、このコも含めてね」
白銀のスーツに、紺青のケープ。プラチナブロンドの髪を揺らした光の女神は、一瞬にして縛姫の前に立ちはだかった。そのスピードは、並の妖化屍にはもはや閃光にしか思えない。
一時は己を苦しめた女妖魔に対し、オメガヴィーナスは妹を片手で抱き寄せながら言った。
「終わらせましょう。妖化屍、〝妄執”の縛姫。私は家族も、そして世界も、無事に守り切ってみせるわ」
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