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11、援軍
しおりを挟む「いッ、いやあああ”ッ~~ッ!! お姉ちゃ――んッ!!」
泣き叫ぶ妹・郁美の声が響く。
自慢であり、嫉妬の対象でもあった姉のために、ここまで泣くのはいつ以来のことか。
天音がどうしてあのような姿になったのか。超人的パワーを手に入れたのか。わからないことばかりでも、姉を助けたいとい気持ちだけは、確かなものだ。
しかし、走り寄ろうとする女子高生の肩を、強く掴んだのは父親だった。
「行ってはいけないッ、郁美!」
「でも! あのままじゃ、お姉ちゃんが!」
「違うよ。天音は・・・オメガヴィーナスは、ボクたちを逃がすためにわざと時間を稼いでいるんだ!」
白銀のオメガスレイヤーにとって、この場で優先すべきことはなにか。
妖化屍を葬ることは確かに宿命ではあるが・・・第一にすべきことではない。優先事項は他にある。
まず最優先すべきは、この闘いに巻き込まれた家族たちを守ること。
次にすべきは、光属性の力を得た自分が、無事に生き延びることであった。
その気になれば、3対1というこの状況下でも、天音ひとりなら逃げることは可能だろう。しかし、家族たちも一緒に、となるとひとりで3人を守り切るのは難しい。
ならば、まずは己が囮となって、父母と妹を逃がす。
その後、独力でオメガヴィーナスは死地を脱するつもりなのだ・・・だからこそ、無抵抗で蹂躙され続けていると、父は気付いた。
「ボクたちは全力で逃げること。そうでないと、天音の頑張りが無意味になってしまうよ」
「だけど! お姉ちゃんは、私たちの代表であの力を得たんでしょ!? 誰よりもお姉ちゃんが生きなきゃ、意味ないじゃんッ!!」
子供だと思っていた娘の言葉に、父は言葉を詰まらせた。
「まだくたばらぬかッ! じゃが、硬い装甲を持つ生物も、内側からの攻撃には弱いのがセオリーじゃて!」
「ホホホホッ・・・! 地獄を見せてあげるわ、オメガヴィーナス!」
甲高く笑う縛姫の袖口から、新たな緑の蛇が飛び出す。
蛇は乙女の内股を伝い、太腿の付け根へと昇っていく。
「ひうッ!? い、いやッ・・・あああ”ッ!!」
事態に気付き、明らかな動揺を天音は見せた。
ブルブルと震える腿を、這い上る蛇。
その頭が、白銀のスーツを押し分けて秘唇の内部へと潜っていく。
「ダ、ダメぇっ・・・!! そこはッ・・・うあああ”あ”ッ~~ッ!!」
ガブウッ!! ガブッ! ブシュッ! ブチブチッ!!
膣内に潜入した蛇が、肉襞を、子宮の底を噛みまくる。
内部も強化されているとはいえ、縛姫の蛇もまた、普通ではない。
「きゃあああ”ア”ア”ッ――ッ!! ひィう”ッ!? うがああ”あ”ァッ~~ッ!!」
「キヒヒヒィッ~~ッ!! 今度は上の口からじゃあッ!!」
絶叫する光女神の口腔に狙いを定め、骸頭は槍を構えた。
三又の中央。ひとつの尖先が、一気に伸びる。
ドシュッ!!
「んむう”ゥ”ッ――ッ!?」
「ヒョホホホッ!! 咽喉を通過し、胃の内部まで達したようじゃなッ!」
ザクッ! ザシュッ! ザクンッ!
オメガヴィーナスの口に突っ込んだ漆黒の槍を、骸頭はめちゃめちゃに暴れさせた。
ビクビクと肩を揺らして悶絶する白銀の女神。だが、スーパーヒロインの肢体は蛇によって緊縛され、それ以上の動きを許されない。
「ブシュッ・・・!! ごぷゥ”ッ!! ・・・ゴボア”ッ!!」
「イヒッ、イッ~ヒヒヒィッ!! さすがの女神さまも、これはこたえるようじゃのう!」
喘ぐ口から鮮血の破片が飛び散り、股間からはボトボトと赤い糸が落ちる。
凛とした天音の瞳が、めまぐるしく白黒裏返る。究極戦士がこのような醜態を見せるなど、誰が想像し得ただろうか。
(こ、このままじゃ・・・本当に、殺されて・・・しまう・・・)
敗北の予感が、初めて天音の脳裏によぎった。
家族を逃がすため、もはや耐えている余裕はない。全力を解放して、一気に緊縛からの脱出を図る。
ドシュドシュドシュッ!!
「んぐう”ッ!! ・・・かはァっ・・・ア”ッ・・・!!」
「残念だが、オレもいることを忘れるな」
〝慧眼”のローブのなかから、白い凶器が6本飛び出し、胸の「Ω」マークに刺さっていた。
ギリギリと、締め付ける。紋章に深く食い込むたび、身を裂くような激痛にオメガヴィーナスは悲鳴をあげた。
左右で対となった凶器は、よく見れば肋骨が変形したものだった。
「アアア”ア”ッ~~ッ!! ぐッ、うう”ゥッ・・・うあああ”あ”ッ~~ッ!!」
「このマークにも何か秘密がありそうだと思っていたが・・・思った以上に効果があったようだ」
「アハア”ッ・・・!! ゴブッ!! ・・・う”、ああ”ッ・・・!!」
天を仰ぐオメガヴィーナスの瞳から、一筋の雫が頬を流れた。
ピクピクと痙攣を続ける、白銀と紺青の女神。
四乃宮天音は死を覚悟した。
(・・・力・・・が・・・抜けてい・・・く・・・も、う・・・・・・)
・・・バキイィッ!!
硬い殴打の音が、ローブの男の後頭部で響いた。
ゆっくりと、〝慧眼”が振り返る。
ブレザー姿の女子高生が、マシンガンを逆に構えて震えていた。
「いくっ・・・みッ!? ・・・バカッ・・・逃げな、さいッ・・・!!」
「はあっ! はあっ! はあっ! ・・・お姉ちゃんからッ・・・離れてよッ!!」
気がつけば、父の制止を振り切って、郁美は地面に落ちていた銃器を拾っていた。
離れた場所から、両親が真っ青な顔で娘たちの様子を見詰めている。
マシンガンの銃床が曲がっている。16歳の少女とは思えぬ、思い切りの良さだった。妖魔相手の勇敢な行動は、賞賛されるべき胆力であったが、むろん人妖の妖化屍に通じるはずもない。
ダメージはゼロ。しかし、少女の勇気は大きな変化をもたらした。
肋骨のクローが抜けるのも構わず、〝慧眼”は姉ではなく妹に正対した。
「小娘・・・なにを考えている?」
「はあっ、はあッ・・・!! 出来の悪い妹が、お姉ちゃん助けるのがそんなに不思議!?」
「死ぬのが、怖くないのか?」
「怖いに決まってるよッ! けどッ! ・・・あなた、さっき私たちには手を出さない、って言ったよね!? 正々堂々と闘うんでしょっ!?」
闇に包まれたベールのなかで、〝慧眼”が表情を変えたのがわかった。
オメガヴィーナスによく似た、端整な容貌の少女。
大きく、眦の切れ上がった綺麗な瞳は、真っ直ぐに妖化屍を見詰めていた。
「・・・ウソをついているとは、疑わないのか。さすが、オメガヴィーナスの妹だな」
「なにをベラベラくっちゃべっておるか! 〝慧眼”よぉ、とっととそんな小娘は殺して、オメガヴィーナスにトドメを刺すんじゃ!」
「させない、わ」
大いなるエネルギーの波動を感じ、骸頭は窪んだ眼を見開いた。
オメガヴィーナスの胸で、黄金の紋章が眩く輝いている。
白銀のスーツにも、プラチナブロンドの髪にも、煌めきが戻っていた。妖化屍3体による同時の猛攻が途絶えた刹那、光女神に復活の時間を与えてしまったことを悟る。
「郁美、ありがとう。今度は、私があなたを助ける番よ」
全力を解放するオメガヴィーナスに、負けじと全力を振るう妖化屍。
縛姫がミンチにすべく全身を締め上げ、骸頭は内部から串刺しにせんと、漆黒の槍を突き出す。
ボンッッ!! と衝撃波が、四囲の森林を震わせた。
白銀と紺青のスーツに絡まった蛇が爆散し、口腔に突っ込まれた槍が黒霧のように消滅する。
一気に放ったオメガヴィーナスの光に、全身を叩かれた3体の妖化屍が派手に吹き飛ぶ。
「ぐうッ・・・うおおおッ―ッ!!」
暴風と閃光が収まった後、崖下の台地に立っているのは、妹を抱き寄せたオメガヴィーナスただひとりであった。
「・・・・・・おのッ・・・れェッ~~・・・!!」
怨嗟の呟きを漏らし、やがて皺だらけの怪老が立ち上がる。
ローブの男、そして紫のドレスを着こんだ〝妄執”の縛姫も、ダメージは受けつつも生きている。
光の属性を持つオメガスレイヤーと、3体の妖化屍との闘いは、消耗戦となっていた。現状、有利にあるのは白銀の女神に見えるが、ダメージの総量に差はない。むしろ、オメガヴィーナスの方が受けた苦痛は多いのだ。
「お父さん・・・お母さん・・・先に、逃げてください。私と郁美は、あとで必ず追いかけます」
崩れそうになる膝をなんとか支え、離れた両親に言葉を飛ばす。
攻撃を受け続けたのも効いているが、光のパワーをあまりに放出し過ぎていた。未熟なうちに天音の命を狙った骸頭の策が、結果的には、この後の悲劇に繋がることになる。
「オメガ・・・ヴィーナス・・・こやつが相当に疲弊しておるのは間違いないッ・・・! 今じゃッ・・・今が、最強とされるオメガスレイヤーを葬る好機ぞッ!!」
魔導士の怪老が、血を吐きながら叫ぶ。
オメガスレイヤーが妖化屍にとっていかなる脅威か、〝百識”の骸頭は知っている。多少のリスクは冒しても、この機に白銀の光女神は抹殺しておくべきだった。
切り立った崖の上から、新たな声が轟いたのは、その時であった。
「ふぅーっ! やっと追いつけたわネ! まったく、車事故の現場からとっても離れてるんだもん。探すの、大変だったヨ!」
「光女神も、ご家族もご無事のようですし・・・なんとか間にあったようねぇ~」
溌剌とした声と、艶やかな声音が響き、一気に崖下へと飛び降りる。
深紅と紺碧。ふたつの彗星が激突するかの勢いで、一直線に地表に降り立った。
「ッッ!!! ヌ、ヌシらはッ・・・!?」
「紅蓮の炎天使・オメガフェニックスっ!」
「蒼碧の水天使・オメガセイレーン。私たちの大事な白銀の女神・・・天音ちゃんを護らせていただきますね」
鮮やかな赤、そして青のスーツ。翻るケープに、胸に輝く金色の「Ω」。
妖化屍の行く手を遮るように、ふたりのオメガスレイヤーが、死闘の台地に降臨した。
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