6 / 82
6、六道妖
しおりを挟む「くッ・・・妖化屍が・・・2体とは・・・」
緊張した父親の声が流れる。狼狽の色を、濃く反映した声が。
新たに崖上から出現した刺客。その姿は漆黒のローブに隠れていても、並の妖魔でないことは漂う雰囲気が教えていた。普通の人間でここまで感じるならば、オメガスレイヤーの天音はもっと察知していよう。
元々、妖化屍は破妖師の間で要警戒の存在だった。歴史を紐解けば、何十人、何百人という単位で犠牲者を生み出している。ただのリビングデッドであるケガレとは、危険レベルが違うのだ。
そのなかで、最上位の破妖師であるオメガスレイヤーは滅多に敗れることなどないが・・・妖化屍が2体揃う、などという事案はかつて聞いたことがない。強い自我を持つ妖化屍は、協調性の欠片もないからだ。
そんな連中がタッグを組む。それだけでも不気味このうえないのに・・・新たな刺客は正体が見えぬというのが、余計に不安を駆り立てる。かろうじて、声で男だと判明するくらいだ。
「心配しなくても大丈夫よ、お父さん」
両手を腰に当てたポーズで、白銀の女神は言い放つ。
ところどころにミサイルによる焦げ跡が残っているが、自信は微塵も揺らいではいなかった。初めての闘い、殺し合いであるのに、四乃宮天音はすでに自分が何者であるかをよく理解している。
「2人になろうと、3人になろうと、問題はないわ。私は・・・オメガヴィーナスは、負けない」
「儂がすべての力を出し切った、と思うておるなら甘いぞォ」
怪老・骸頭は、己の顔面に刻まれた皺をほじくる。
潰れた蛆虫を掘り出すや、紫の舌でしゃぶり飲む。即席の非常食で、英気を養ってでもいるようだった。
「はじめから、ケガレごときに武器を持たせたところで、オメガスレイヤーに通じぬことなどわかっておったわい。真の闘いはこれからじゃ!」
「骸頭よ、もう一度いうぞ。お前の力では、オメガヴィーナスには勝てない」
「黙らっしゃい! 当初の計画通り、貴様は崖上で、こやつらが逃亡するのを阻止すればいいのじゃ!」
「その策ではお前は死ぬぞ。我が〝慧眼”という異名、忘れたわけではないだろうな」
ローブの男の言葉に、皺だらけの怪老が口を閉ざす。
一体、何者なのか? プラチナブロンドの美乙女は凝視するが、すっぽりと頭部を覆ったフードの中身は、闇のままで見えなかった。
普通の暗闇なら、オメガスレイヤーの眼に見えないわけがない。まして光の女神であるオメガヴィーナスなら、完全な闇であっても昼同然に映るはずだ。
それが漆黒を塗り潰したようにまるで判明しない、というなら、なにか魔力のようなもので細工がしてある可能性が高かった。恐らく、今までローブの男の存在に気付けなかったのも、その魔力の成せる術だろう。
そして魔力を駆使したのは、〝慧眼”と名乗った男自身ではなく、恐らく〝百識”骸頭だ。
ローブの男を伏兵にしたのが骸頭であるなら、そう推理するのが妥当に思われる。
「オメガの紋章を持つ破妖師・・・オメガスレイヤーは、強い。ひとりでは勝てん、我らふたりが組んでこそ、ようやくこの女には対抗できるだろう」
「・・・出でよッ、〝ディアボロハンド”ッ!!」
骸頭が叫ぶ。黒い靄が地中より湧き上がったと見えるや、ムクムクと盛り上がっていく。
宙空に、巨大ななにかが出現していた。半透明な、黒煙が凝縮したような、なにか。
斜めに叩き付ける驟雨が、完成したものの形を、ハッキリと浮かび上がらせる。
「やっぱり・・・〝百識”の骸頭は、魔術の遣い手のようね」
その名の通り、左右一対の悪魔の掌。
オメガヴィーナスの身体を覆ってしまえるほど巨大な手が、今にも掴みかからんと空中で蠢いている。
「黒魔術なら、オメガヴィーナスの光の力にも、通用すると思ったの?」
「・・・知識ならともかく、戦術に関しては、貴様に分があるのは認めてやるわい、〝慧眼”よォ」
プラチナブロンドの女神には答えず、骸頭はローブの男に話を振った。
「ここは貴様の策に、乗ってやるぞい」
「賢明な判断だ、骸頭」
「・・・何度でも言うわ。私には、あなたたちの攻撃はなにひとつ通じない」
「言葉に間があったな、オメガヴィーナス。お前は、内心では骸頭の〝悪魔の掌”に脅威を感じている」
秘めた感情を言い当てられ、白銀の女神は声を詰まらせた。
四乃宮天音がオメガヴィーナスになって以来、初めて見せる動揺だった。
「・・・そうね。確かに魔術による攻撃なら、超人的なパワーを得たこの肉体にも、効くかもしれないわね」
「素直な女だ。オメガスレイヤーになるには純粋さが必要という噂は、本当だったかな」
「でも、当たらなければ、どんな攻撃も意味はないでしょう? 私のスピードに、その巨大な手はついてこられるかしら?」
「無理だろうな。だからこそ、オレがいる」
不思議な会話だった。ともに相手を警戒しながら、率直な思いを包み隠さず口にする。
「骸頭よ、オレの合図で〝ディアボロハンド”を振るうがいい」
すっとローブの男が、両腕を前に突き出す。
構えを、取ったのだ。
〝慧眼”の通り名からは容易に想像できぬほど、戦闘態勢に入った男からは、「武」の臭いが濃密だった。
だがオメガヴィーナスにとってそれ以上に意外だったのは、この敵が真正面から闘いを挑むつもりであるらしいこと。
「・・・私と、まともにやり合うつもりなの?」
「妖化屍をあまり見くびらないことだ。人外の能力を保有するのはオメガスレイヤーだけではない」
ちらりと白銀の光女神は、父と母、そして妹の郁美とに視線を送る。
崖の上から降り立ったローブの男は、立ち位置が3人の家族と近い。相当のスピードを持っていたら、オメガヴィーナスより先に手が届く、ということも十分考えられた。
「断言しておこう。お前の家族たちに害を与えたりなど、しない」
またも天音の心情を読んだように、〝慧眼”は言った。
「意外か? 真っ向勝負と見せかけ、人質として盾にとるとでも思ったか? 驕りも甚だしいな、オメガヴィーナス」
「・・・あなた、本気で私に勝てると思っているの?」
「それが驕りというのだ。卑劣な手段になど頼らなくても、お前を倒すことは簡単だ」
「ッッ・・・!! 惑わされるな、天音ッ! オメガスレイヤーの能力は、妖化屍を上回る。そう決まっているんだッ! まともに闘って、負けるわけがない!」
叫ぶ父親の声は、むしろ天音には「気を付けろ」と言っているように聞こえた。
心配するのも無理はなかった。なにしろ、美戦士にとっては初めての闘いなのだ。
オメガスレイヤーになるということが、凄まじい超パワーを授かるのは確かのようだが、天音自身がそのポテンシャルを引き出せるとは限らない。免許取りたてのドライバーが、フェラーリを乗りこなせないのと同様に。
「おっと、オレをそこらの妖化屍と一緒にするのか」
「・・・天音も・・・オメガヴィーナスもまた、普通の破妖師ではないよ」
「これでも一応、六道妖がひとり、人妖の座にあるのだがな」
「ジンヨウ?」
父親が不思議そうな表情を浮かべるのを見て、ローブの男は肩を揺らした。
「フフッ・・・おい、骸頭よ。お前が作ったリクドウヨウ、破妖師の連中にまるで名が通っていないではないか。さぞステータスがあるかと思っていたら」
「フンッ、六道妖の名にこやつらが恐れ慄くのは、これからじゃよ。体制が整う前に潰されてはたまらんからのう。秘密裏に組織を作るのは、当然のことじゃ」
組織。
その単語に反応したのは、父親だけであった。ふたりも妖化屍が揃うなど、異常事態だと思っていたが・・・骸頭という怪老は、さらに組織作りまで着手しているというのか。
もし、それが本当ならば、六道妖とは危険すぎる存在だった。
父親が知る限り、オメガスレイヤーが妖化屍に敗れることなど有り得ない。成り立ちから考えれば、能力の優劣はハッキリ決まっているからだ。ただ、あくまでそれは1対1の闘いについてであり、オメガスレイヤーひとりを複数の妖化屍が襲うとなれば・・・
「手始めに、地獄妖であるこの儂と人妖の貴様とで・・・オメガヴィーナスを葬るぞ。六道妖の歴史は今日より始まるのじゃ」
構えを取ったまま、ローブの男は歩を進めた。真っ直ぐ。白銀の光女神に向かって。
じりじりと、距離を詰める。
対するオメガヴィーナスは、青のケープとブロンドの髪を揺らすだけで、微動だにしない。
冷たい夜の雨が、両者の間に降り注ぐ。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説


ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる