明日は明日の恋をする

彩里 咲華

文字の大きさ
上 下
82 / 85
クリスマスの夜に……

ストーリー82

しおりを挟む
 この日は昼過ぎから会社の用事で外出していた。

用事も終わり会社に戻ろうと歩いていると、私の横を見覚えのある黒のリムジンが通りかかった。そして私の前でハザードをつけて止まる。

「明日香さん、お久しぶりですわね」

 リムジンの窓が開き、中から美玲さんがニッコリと微笑みながら声をかけてきた。

「……お久しぶりです、美玲さん」

 私は精一杯笑顔を作る。

「ねぇ明日香さん。せっかくお会いした事ですし、少しお話ししませんか?」

「えっと、私今仕事中でして……」

 断ろうとしたが美玲さんの笑顔を見ていると何も言えなくなり、結局私は美玲さんの乗るリムジンに乗り込んだ。

 高級なリムジンの中で美玲さんと二人で話なんてかなり緊張する。どうしよう。

「そういえば明日香さん、高瀬さんとお別れされたとか」

「えっ? あ、はい。実はそうなんです」

 突然の話にドキッとする。そういえば高瀬さんと付き合っている設定だったっけ。高瀬さんが別れた事にしたのかな。

「私ったら辛いお話をしてしまってごめんなさい」

「気にしないで下さい。高瀬さんとは今でも良好な関係ですから」

 頭を下げて謝る美玲さんに、私は慌てて声をかける。

「明日香さんが羨ましいですわ。私も強くならないと……」

「えっ?」

 何故か切なそうに微笑む美玲さんに、私はなんて声をかけて良いか分からない。

「高瀬さんからお聞きになってないですか? 私と進藤さんの事……」

「い、いえ……何も」

「……秋の始まりくらいだったかしら。実は私達、婚約解消しましたの」

 婚約解消って……?

 その言葉を聞いた時、私の頭の中は真っ白になった。

「何で……」

「私から婚約解消を申し出ましたの……なんて本当は進藤さんにお願いして私から断った事にしてもらいました。振られたのは私の方です」

 美玲さんは一回目を閉じて微笑み、ゆっくりと目を開き話し始めた。

「私、知ってました。進藤さんは会社の為に私との婚約を断れなかったことを。頑張ったんですけど、進藤さんの気持ちが私に向くことはありませんでした」

 私はただただ美玲さんの話を黙って聞く。

「この先、進藤さんと結婚の話を進めて良いものか悩んでいた時……初めて進藤さんが私に本音を教えてくれました。『想っている人がいる』ということを。立場のある人ですから結婚の事、相当悩んだと思います。でも進藤さんは婚約解消を選んだ。相当大切に想う方なんでしょうね」

 私は話を聞きながら胸が苦しくなり泣きそうになっていた。

「婚約解消の代償……有栖川財閥との縁が切れた事で、進藤コーポレーションから撤退する取引先も数多くおります。会社経営も危なくなるかもしれません。ただ、進藤さんのような優秀な方がこのままフェードアウトするのは勿体ないと思いました。だからこの婚約は私の身勝手で解消したという事にして、進藤さんへの影響を最小限に留める事にしたのです」

 美玲さん、なんていい人なんだろう。本当に進藤さんの事好きだったんだろうな。

「まぁ私にとっても私からお断りしたっていう方が都合が良かったのもありますけどね。振られたとなると私の格が落ちてしまうので」

 美玲さんは可愛らしい笑顔を見せる。そして私の胸の苦しみはMAXを迎え、美玲さんに自分の気持ちを伝えた。

「美玲さん……私、本当は高瀬さんとお付き合いしてないんです。ずっと進藤さんの事が好きでした。ずっと……。騙してしまってごめんなさい」

美玲さんの顔を見るのが怖くて、私は下を向いたまま謝った。

「好きだった……進藤さんへの想いは過去形ですか?」

 そう聞かれ、私はパッと顔を上げる。美玲さんは力強い真っ直ぐな目で私を見ていた。

「今でも……好きです。何度も忘れようとしたけどまだ……」

「明日香さん、私は権力だけで進藤さんを引き止めてましたからあなたを責めることはできません。ただ、悔しさはあります。そして安心感も……」

「えっ」

「ふふ。進藤さんの想う人が気になってましたの。その方が明日香さんで良かったと思いました。私も明日香さんの事好きですから」

 私の目から我慢していた涙がスッと流れる。

「私、しばらく海外へ行くことにしました。今はまだ気持ちの整理がついてませんが……時が過ぎ、またいつか再会した時には友人として接しても良いですか? 私、ずっと明日香さんと仲良くしたいと思ってましたの」

「美玲さん……」

 色んな感情が混じり、私は涙が止まらなかった。そんな私を見て美玲さんはクスクス笑いながらハンカチを私の前に差し出す。

「今日は明日香さんにお会い出来て本当に良かった。そのハンカチ、私のお気に入りですの。次に会う時に返して下さいね」

「はい。美玲さん……ありがとうございます」

 私はリムジンから降りて深々と頭を下げた。

 よし、気持ちを切り替えなくちゃ。

 私は涙を拭いてしっかりと前を向き、また仕事へと戻った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜

k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」 そう婚約者のグレイに言われたエミリア。 はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。 「恋より友情よね!」 そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。 本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

【完結】どうして殺されたのですか?貴方達の愛はもう要りません  

たろ
恋愛
処刑されたエリーゼ。 何もしていないのに冤罪で…… 死んだと思ったら6歳に戻った。 さっき処刑されたばかりなので、悔しさも怖さも痛さも残ったまま巻き戻った。 絶対に許さない! 今更わたしに優しくしても遅い! 恨みしかない、父親と殿下! 絶対に復讐してやる! ★設定はかなりゆるめです ★あまりシリアスではありません ★よくある話を書いてみたかったんです!!

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

処理中です...