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第一章 ハッピー婚約破棄ライス
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「どうして警備隊の巡回路にこの脇道を追加されたのですか……?」
「別に、なんででも構わないだろう」
アーロが渋い顔で尋ねると、アルトは顔を背けた。
帝都王城に入り一週間。
これまで仕事をさぼりがちだったアルトは、久しぶりに己の職責をまっとうしていた。
帝都の采配。それがアルト王子の仕事である。
「……殿下、何故スタンピードが起きた際の市中警邏の見直しなどを……?」
「別に、なんででも構わないだろう」
「理由によっては構いますが? まさか、あの女のためではないでしょうな??」
「仕方ないだろう!? あの女の目は本気だったぞ! ライスラを炊いている最中にスタンピードが起きてもテコでも動かないぞ、あの女は!!」
「だから助けようとでもいうおつもりなのですか!?」
「そうだ! あんなにもまっすぐに、曇りなきまなこで俺を見て来た女は初めてだ……!」
「確かにあの女の目には炊きたてのライスラに対する執着しかありませんでしたが!!」
「あんなにも遠慮なく、俺にぶつかってきた女も……!」
「物理的には確かにそうですがね!?」
書類に埋もれる机を叩いて力説するアルトに、アーロもまた食ってかかった。
「ですが殿下はあの奇矯な女に騙されておいでですッ!」
アーロの言葉に、アルトがスンッと椅子に腰かけた。
「……アーロ、おまえはあの女に俺を騙せるほどの知性を感じたのか? 大丈夫か? 疲れているのか? 俺が働かせすぎたせいか?」
「流石にそれは言い過ぎではありませんか殿下!? 我々は仮にも将来の王妃候補の話をしていたのでは!?」
「なっ!? アーロ、何を馬鹿なことを!!」
赤くなったアルトの後ろでヴェリは笑ってアルトの援護をした。
「そうですよ、アーロ殿。人間の寿命は長くて百年です。帝王陛下もまだまだお元気ですしアルト様が帝王になるのは数百年後になるでしょう。それまでイリス殿も生きてはいないでしょうし、王妃になんてなりはしませんよ」
「は……?」
援護をされたはずなのに、アルトは目を瞠って硬直した。
ヴェリは思い出したように付け加えた。
「ああ。イリス殿の出身国であるリーンバルト王国の女性の寿命は更に短く、平均寿命は四十年ほどですね」
「……よん、十年……?」
「調べによるとイリス殿は現在十六歳だそうですので、あと三十年もありませんねえ。ハハハ」
青ざめたアルトの顔を見て、ヴェリはおや、と目を見開いた。
「もしや本当に呪われてしまったのですか? アルト様」
「い、嫌だ……! 寿命があと三十年しかない生き物に、恋愛感情、など……!」
「殿下! きっとそれは勘違いです! 体当たりされた時の衝撃で頭のネジが少々狂ってしまわれただけ!!」
「アーロの言う通りであれッッ!!」
「おやおや。エルフ感覚でうじうじしていたらあちらはすぐに死んでしまいそうなので、お気をつけて」
「ウワアアアアアアアアアアアア!!」
「殿下―ッ!? どこへ行かれるのですかァ―ッッ!?」
走り出したアルトを追ってアーロも駆けていく。
その後ろを、ヴェリもにこやかな笑顔を浮かべてついていった。
「何やら面白いことになってきましたねえ」
***
ヴェリがゆるりと到着した頃には、既にアルトとアーロは料理屋のたたずまいをしたイリスの自宅に突入した後だった。
中に入ると、左腕に布を巻いて首から釣っているイリスと、その足下で号泣するアルトがいた。
「いきなり何なんですの? 呼び鈴を鳴らすという文化のない蛮族の方なんですの??」
「その腕は一体どうしたんだッ!?」
「ああこれ? アルト様とぶつかった時にポッキリ折れましたの。痛いので触らないでくださいませ」
「ギャアアアア! アーロ!! 今すぐエリクサーを持て!!」
「骨折ごときに伝説のエリクサーは草ですわ」
帝王の息子として生まれ、何不自由なく育てられたアルト。
大陸最大の強国の次期継承者の有力候補として育てられて来たにもかかわらず、いやだからこそ、帝王の座しか見えていない者たちにへりくだられ、顔色を窺われ続けることにうんざりしていたのだろう。
市中で横柄に振る舞っていたのもまた、アルトなりの葛藤の表れ。
そんな腐っていたアルトに降って湧いた、短命種への恋。
「いやあ。落ちぶれていくばかりのアルト様の教育係に任じられた時にはこんなに面白いものが見られるとは夢にも思っていませんでしたねえ」
「私も、イリス様の世話係に任じられた時にはこれほど大規模の騒ぎを起こすとは思ってもいませんでした……もう少し小規模かと」
「騒ぎを起こすことは確定していたのですね」
ヴェリとパウラはお茶を入れつつ、しみじみと見守る姿勢に入った。
アルトは号泣していた。
「すまない、ずまないぃ……!! 頼むから死なないでくれぇ……!!」
「骨折くらいでは死にませんわよ。アルト様って傲慢でむかつく俺様野郎かと思ったのに、意外といい方だったのですわね」
「殿下ァ……! なんとお労しい……!!」
アーロも号泣していた。あまりに不可解な成り行きに。
「アルト様、せっかくいらしたのですし、ご飯を食べていかれます?」
「食べる……!」
「では、腕によりをかけて作りますわね!」
そう言って骨折していたことを忘れていた左腕を動かしかけたイリスは「ピギィ」と呻いて蹲り、アルトは号泣し、アーロもまた噎び泣いた。
ヴェリは机に突っ伏して笑いを堪え、パウラは無の表情でお茶をすすっていた。
「別に、なんででも構わないだろう」
アーロが渋い顔で尋ねると、アルトは顔を背けた。
帝都王城に入り一週間。
これまで仕事をさぼりがちだったアルトは、久しぶりに己の職責をまっとうしていた。
帝都の采配。それがアルト王子の仕事である。
「……殿下、何故スタンピードが起きた際の市中警邏の見直しなどを……?」
「別に、なんででも構わないだろう」
「理由によっては構いますが? まさか、あの女のためではないでしょうな??」
「仕方ないだろう!? あの女の目は本気だったぞ! ライスラを炊いている最中にスタンピードが起きてもテコでも動かないぞ、あの女は!!」
「だから助けようとでもいうおつもりなのですか!?」
「そうだ! あんなにもまっすぐに、曇りなきまなこで俺を見て来た女は初めてだ……!」
「確かにあの女の目には炊きたてのライスラに対する執着しかありませんでしたが!!」
「あんなにも遠慮なく、俺にぶつかってきた女も……!」
「物理的には確かにそうですがね!?」
書類に埋もれる机を叩いて力説するアルトに、アーロもまた食ってかかった。
「ですが殿下はあの奇矯な女に騙されておいでですッ!」
アーロの言葉に、アルトがスンッと椅子に腰かけた。
「……アーロ、おまえはあの女に俺を騙せるほどの知性を感じたのか? 大丈夫か? 疲れているのか? 俺が働かせすぎたせいか?」
「流石にそれは言い過ぎではありませんか殿下!? 我々は仮にも将来の王妃候補の話をしていたのでは!?」
「なっ!? アーロ、何を馬鹿なことを!!」
赤くなったアルトの後ろでヴェリは笑ってアルトの援護をした。
「そうですよ、アーロ殿。人間の寿命は長くて百年です。帝王陛下もまだまだお元気ですしアルト様が帝王になるのは数百年後になるでしょう。それまでイリス殿も生きてはいないでしょうし、王妃になんてなりはしませんよ」
「は……?」
援護をされたはずなのに、アルトは目を瞠って硬直した。
ヴェリは思い出したように付け加えた。
「ああ。イリス殿の出身国であるリーンバルト王国の女性の寿命は更に短く、平均寿命は四十年ほどですね」
「……よん、十年……?」
「調べによるとイリス殿は現在十六歳だそうですので、あと三十年もありませんねえ。ハハハ」
青ざめたアルトの顔を見て、ヴェリはおや、と目を見開いた。
「もしや本当に呪われてしまったのですか? アルト様」
「い、嫌だ……! 寿命があと三十年しかない生き物に、恋愛感情、など……!」
「殿下! きっとそれは勘違いです! 体当たりされた時の衝撃で頭のネジが少々狂ってしまわれただけ!!」
「アーロの言う通りであれッッ!!」
「おやおや。エルフ感覚でうじうじしていたらあちらはすぐに死んでしまいそうなので、お気をつけて」
「ウワアアアアアアアアアアアア!!」
「殿下―ッ!? どこへ行かれるのですかァ―ッッ!?」
走り出したアルトを追ってアーロも駆けていく。
その後ろを、ヴェリもにこやかな笑顔を浮かべてついていった。
「何やら面白いことになってきましたねえ」
***
ヴェリがゆるりと到着した頃には、既にアルトとアーロは料理屋のたたずまいをしたイリスの自宅に突入した後だった。
中に入ると、左腕に布を巻いて首から釣っているイリスと、その足下で号泣するアルトがいた。
「いきなり何なんですの? 呼び鈴を鳴らすという文化のない蛮族の方なんですの??」
「その腕は一体どうしたんだッ!?」
「ああこれ? アルト様とぶつかった時にポッキリ折れましたの。痛いので触らないでくださいませ」
「ギャアアアア! アーロ!! 今すぐエリクサーを持て!!」
「骨折ごときに伝説のエリクサーは草ですわ」
帝王の息子として生まれ、何不自由なく育てられたアルト。
大陸最大の強国の次期継承者の有力候補として育てられて来たにもかかわらず、いやだからこそ、帝王の座しか見えていない者たちにへりくだられ、顔色を窺われ続けることにうんざりしていたのだろう。
市中で横柄に振る舞っていたのもまた、アルトなりの葛藤の表れ。
そんな腐っていたアルトに降って湧いた、短命種への恋。
「いやあ。落ちぶれていくばかりのアルト様の教育係に任じられた時にはこんなに面白いものが見られるとは夢にも思っていませんでしたねえ」
「私も、イリス様の世話係に任じられた時にはこれほど大規模の騒ぎを起こすとは思ってもいませんでした……もう少し小規模かと」
「騒ぎを起こすことは確定していたのですね」
ヴェリとパウラはお茶を入れつつ、しみじみと見守る姿勢に入った。
アルトは号泣していた。
「すまない、ずまないぃ……!! 頼むから死なないでくれぇ……!!」
「骨折くらいでは死にませんわよ。アルト様って傲慢でむかつく俺様野郎かと思ったのに、意外といい方だったのですわね」
「殿下ァ……! なんとお労しい……!!」
アーロも号泣していた。あまりに不可解な成り行きに。
「アルト様、せっかくいらしたのですし、ご飯を食べていかれます?」
「食べる……!」
「では、腕によりをかけて作りますわね!」
そう言って骨折していたことを忘れていた左腕を動かしかけたイリスは「ピギィ」と呻いて蹲り、アルトは号泣し、アーロもまた噎び泣いた。
ヴェリは机に突っ伏して笑いを堪え、パウラは無の表情でお茶をすすっていた。
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