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第一章 ハッピー婚約破棄ライス

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「いい匂いですわ~! ふっくらつやつやですわ~!」
「へえ、美味しそうに見えますね」
「パウラったら! 見えるだけじゃなくて美味しいに決まっていますわ! そうでしょう、エルフの方々!!」
「はい。お嬢さんのおっしゃる通りです」

 言いながら、ヴェリというエルフがお米をかき混ぜましたわ。
 ふむふむ。やはりお米のわかるエルフですわ。お米の扱いを心得ていますわね。

「まずはお嬢さん方に」
「ありがとうございますわ!」
「両手で受け取れよ。行儀が悪いな」

 ヴェリというエルフがよそってくれたご飯を右手で受け取ったら憎まれ愚痴を叩くエルフの王子様。無視しますわ。
 左手は痛くてピクリとも動かせないんですの。誰のせいだと思っていますの。

「何が赤子が泣いても蓋取るな、だ。王子である俺にぶつかるほどのことか」
「それほどのことですわ。何があっても蓋を取ってはならないという戒めですわ」
「へえ~? それじゃスタンピードが起きても蓋は取らないんだな?」
「取りませんわよ。絶対に」

 王子様を見すえて断固たる口調で言うと、王子様が目に見えて動揺しましたわ。
 この勝負、わたしの勝ちということでよろしくて?

「いただきまぁす! むふ~! 柔らかいですわ~! 美味しいですわ~!」
「おいっ! 俺もまだ食べていないのに先に食うやつがあるか!」
「殿下に対してなんと無礼な!」
「いいのですよ、アルト様、アーロ殿。彼女は毒味役です」
「そんなつもりで先についでくださったんですの!? まあいいですけど」
「いいのかよ!?」
「できたてホカホカが一番美味しいですもの」

 王子様とアーロというらしい騎士装束のエルフがごくりと生唾を飲みましたわ。
 お米が食べたいというこの方々の気持ちは本物のよう。
 でしたら、わたしが大人になって差し上げましょう!

「苦しゅうないですわ。こうなったらみんなで美味しくお米を食べましょう!」
「なんでそんなに偉そうなんだよ、おまえ」

 文句を言いながらも、アルトもアーロも我が家の炊きたてご飯を受け取りましたわ。

「なんだか……甘いですね、お嬢様」
「お米は甘いものですが、これは特にいいお米ですわ。とっても美味しいお米ですわ!」

 パウラとお米の甘みを噛みしめていると、アルトがどの立場からか知らないけれどふんぞりかえりましたわ。

「当然だ。これはエルフの大森林で育てられた米なんだからな!」
「長命種のエルフが長年かけて品種改良したということですわね。それは美味しいに決まっていますわ」
「人間にしてはよくわかっているじゃないか」

 そう言ってがっつく姿は親しみが持てなくもありません。
 お米を求める気持ち、それはわかりますわ。でも。

「王子様ともあろう方がこんな場所まで押し入ってきて、王城では炊きたてのお米が食べられないんですの?」
「父上はエルフには珍しい肉食主義者でな。ライスラは草だと言って断固として食わないんだ。それで王城にはライスラが調理できる者がいなくてな」
「人生の半分損していますわ~!!」
「だよなあ!? 俺はライスラがないとダメだ。だから大森林に逃げていたんだが、王子なんだから帝都にいろと言われて、仕方なく戻ってきたんだ……」

 しゅん、と肩を落とすアルト。なんだか同情してしまいますわ。

「わたしも女たるもの痩せていなければ、と強要されて、満足に食事も摂らせてもらえていなかったので、少し気持ちはわかりますわ……」
「たかだか数十年しか生きない人間ごときに同情されるとは、俺も焼きが回ったか」
「カーッ! 慰めてあげているのに小憎らしい! 見た目は同年代くらいじゃありませんの! そのたかだか数十年しか生きない人間ごときと大恋愛するよう呪ってやりますわ!」
「恐ろしい呪いをかけるのはやめろ!」
「まあ、呪いはさておき――たくさん食べていくといいですわよ。やっぱり、ご飯はみんなで食べた方が美味しいですもの」

 いつの間にか器が空になっていたアルト。
 わたしの顔を見て固まっていたアルトの手に、そっとしゃもじ代わりの木のへらを握らせてあげましたわ。

 食べたいだけ、好きなだけ自分でよそっていいのですわよ、と微笑んでみせると、サッと目を逸らされましたわ。でも、嫌な気分にはなりません。
 自らお米を継ぎ足す横顔が赤いんですもの。
 たくさん食べるのは恥ずかしいことだとかいう風潮って、リーンバルト王国以外にもあるみたいですわね。

「心ゆくまで食べてくださって構いませんのよ。わたしたちは同じ釜の飯を食べたむじなですわっ!」
「お嬢様、色々と混ざっています」

 パウラが控えめに突っ込みを入れてきますわ。
 エルフがいるから猫を被っているようですわね。
 そういえばこの方々、エルフでしたわね。
 エルフの一言があればわたしたちの首なんてひとっ飛びですわね。
 黒髭危機一髪ならぬ、令嬢の首危機一髪ですわ。
 そうなる前に、わたしもお腹いっぱいご飯を食べておかないと損ですわ。

「なあ」
「むぐむぐ、何ですの?」
「……また、食べに来てもいいか?」
「お金を払うなら構いませんわ」
「お嬢様ッ」

 パウラが控えめにピアニッシモをかけて突っ込みを入れてくるけれど、アルトは特に気にした様子はありませんわ。

「わかった。金があればいいんだな?」
「ええ」

 首が飛ぶ様子がないですわ。きっとお米が美味しかったからですわね。
 こうなったら、本当に料理屋を営むのも悪くはないかもしれないですわ!
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