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快気祝い

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「今日はよろしくね、カレン姉様」

そう可愛らしく言うジークは体に合った可愛らしい燕尾服を着てめかし込んでいる。
いよいよ快気祝いのパーティー当日である。

カレンもまた、朝から頭のてっぺんから爪先まで磨き抜かれ、ドレスに着替えさせられている。
化粧をされ、ヘアメイクを施されたあと、カレンは慣れ親しんだジークの部屋にやってきていた。

このドレス、またアリーセが新しく仕立ててくれたものである。
しかも前回のドレスよりもより豪奢で、キラキラと輝く謎の石があちこちに縫い付けられている。
この水色の石がどういった宝石なのか、カレンは恐くて聞けていない。

滑らかな水色の布地には、金の装飾がほどこされていた。
金糸の刺繍は茨と竜。
形は鳥に見えるが、ドラゴンの意匠らしい。カレンにドレスを着せた仕立屋が教えてくれた。
かつて茨の森に分け入ってドラゴンを倒したことでエーレルト伯爵の爵位を手に入れた先祖の功績をあらわしている、エーレルト伯爵家の紋章だという。

「本日はわたしがパートナーということで……ジーク様には申し訳ありませんがダンスの出来映えには妥協していただきたくこととなります」
「あはは。カレン姉様緊張してる」

ジークがくすくすとお上品に笑っている。
最近はほぼ住み込みでダンスの練習をさせてもらった。
一応踊れるようにはなってきたものの、人前で踊るのと練習とでは違いすぎる。

段取りは聞いている。
まずジークから、ジークを治した錬金術師として紹介される。
そのあとでジークとカレンだけが公衆の面前でダンスを踊る。
みんなの前でダンスさせられるなんて晒し者かな? と思ったものの、それは貴族的には貴賓に対する礼儀であり、敬意のあらわれらしい。

「そういえば、王国騎士団にも招待状を送らざるを得なかったんだ。ユリウス叔父様がダンジョンの潜入でお世話になったみたい。まあ、良い機会だと思ってね」
「良い機会?」
「うん、わからないならどうでもいいことだよ」

貴族の次男、三男には王国騎士団に入っている者が多いと聞く。
だが、実力主義なので平民もいる。貴族濃度が多少下がるかもしれない。

だとすると、ライオスも来るのだろうかとふと思ったとき、部屋の扉がノックされた。

「準備はできたかい、ジーク――カレン」
「うっ」

ジークの部屋に入ってきたユリウスを見て、カレンはうめいた。
そんなカレンを見下ろして、ユリウスはおかしげに笑った。

「どうだい、カレン? 今日の私の格好は気が散る・・・・かな?」

度々引き合いに出されるからかい文句に、カレンは顔を赤くしてうつむいた。
そんなカレンの顔を覗きこみ、ユリウスが微笑んだ。

「とても美しいよ、カレン。やはり私の見立ての通り、君には空の色がよく似合う」
「ユリウス様が見立ててくださったんですか?」

思わず顔をあげて、ユリウスの顔が思ったより近くにあったことに息を呑みつつ言った。
ジークとダンスの練習をするために屋敷に来るたび、アリーセに好みを聞かれたものの、ドレスのことは何もわからないと泣きついたカレンである。

おまかせで用意をお願いしたドレスは、うっとりするほど素敵だった。
特に空色の布地が美しく、銀糸が織り込まれているのかきらきらと輝いいていた。
カレンの瞳の色に合わせてくれたのだろうと思うと、自分の瞳もいつにも増して輝いて見える。

すべてアリーセが決めたと思っていたのに、ユリウスが選んでくれたらしい。
そういえば、アリーセが意味深な微笑みを浮かべていた気がする。

「そうだよ。君のドレスは私に決めさせてほしいと、義姉上に頼み込んでね」
「な、なんでそんなことをするんですかね……?」
「君に私が選んだドレスを着せたかったからだよ」

そう言うユリウスの金色の瞳は悪戯っ子のように煌めいている。
カレンは頭を抱えようとして、髪の毛のセットを崩してはいけないことを思い出して身もだえた。

「からかうのはやめてください! ただでさえいっぱいいっぱいなんですよ!」

ユリウスもまた燕尾服姿だった。
いつもの騎士の訓練服でも十分なのに、体に合った燕尾服を着こなす姿には脳が焼かれそうになる。
前髪を上げたセットで額を出し、軽く化粧もしているようで探しても探しても粗が見つからない。
粗を見つけてユリウスもまた人間なのだと実感し、心を落ちつけたかったのに。

「私でカレンの頭の中がいっぱいになってくれたのなら、私にとっては嬉しいけれどね」
「詰め込みで覚え治したステップが吹き飛びそうです!」
「おや、それは大変だ」

ユリウスは甥の成功のために顔を近づけるのをやめてくれた。

「失敗するとしたら間違いなくわたしでしょうけど、万が一ジーク様が失敗したらわたしのせいにしていいですからね」
「いや、女性の失敗はリードする男のせいにするべきだよ」
「いいえ。わたしの失敗はわたしのもの、ジーク様の失敗もわたしのものです。絶対に渡しませんからね」

ジークにとっては、エーレルト伯爵家の後継者としてのお披露目の意味もある、大事なパーティーなんだそうだ。
そんなパーティーの場にカレンのようなド素人を引っぱってくるなとは思うものの、逆に誰もがただの平民だと理解しているからこそ、カレンの失敗は当然織り込み済みだろう。

逆ジャイアン理論を展開していると、ユリウスがくすくすと笑う。

「二人の仲がよくて妬けてしまうな」
「ジーク様に姉と呼ばれる、このわたしに嫉妬してしまうんですね!?」

そうであれと念押しするカレンにくすりと笑うだけでユリウスは応えず、控えていたサラに合図した。
サラが銀の盆を持ってきて、蓋をあけた。
そこには、箱に収められた黄金の宝石があしらわれたネックレスとイヤリングのセットが入っていた。

「君がくれたサシェのお礼だ。受け取ってほしい」

一瞬、何の話かわからなくなったものの、そうえいばジークとサシェを作ったときにカレンが作った分をユリウスにあげた覚えはある。

「まったく釣り合いが取れていませんが??」

サシェをあと百個作ったところで釣り合いが取れない気がするのに、ユリウスはにっこりと笑ってまったく引かない。

「では、可愛い甥を助けてくれた錬金術師への個人的な贈り物ということで」
「錬金術師への……」

カレンがそうつぶやいているうちに、ユリウスがネックレスを手に取ってカレンの背後に回った。
気づいたらずしりと首に重みがかかり、ネックレスがかけられていた。
カレンが怯んでいるうちに、イヤリングも取りつけていく。

カレンの正面に優雅な足取りで戻ってきたユリウスは、カレンを見ると黄金の目を細めた。

「よく似合うよ、カレン」
「……この宝石の色味がユリウス様の瞳の色とよく似ているのは、気のせいですか?」
「さあ、どうだと思う?」

自分の髪色や瞳の色の宝石を異性に贈るのは、意味のあることだ。
はぐらかすユリウスの口車に乗って、どう思うのか正直に口にすれば、翻弄されるのはカレンだけだろう。

自分から結婚を望んでおいて妥協したくないなどとほざいた負い目もある。
からかわれるのはもう仕方のないことだと諦めているが、今だけはとにかく、ジークに迷惑をかけないためにも全力で目を逸らしたい。

「きっと、偶然ですね」
「君がそう思いたいなら今はそれで構わないよ」
「ぼくの髪の色かもよ、カレン姉様」
「ですね!」

ジークからの助け船に全力で乗っかると、ユリウスはさすがに苦笑した。

「君は手強い人だね、カレン」

仕方ないなあとばかりに許す甘ったるい口調。
カレンは跳ねる心臓を必死になだめた。

ユリウスはカレンへの報復のために、本気で惚れさせようとしている気がする。
惚れさせてから袖にする。妥協したくないなどとほざいたカレンに対する効果的な復讐だ。

それだけのことをしたもんね……とカレンは涙を呑んだ。
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