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協力者の往生

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「カレン、きみの研究に協力するよ」

カレンがジークの部屋に戻るや、ジークは穏やかな笑みを浮かべてそう言った。
その不吉な穏やかさに、カレンは胡乱な眼差しを向けた。

「たとえ死ぬことになろうとも、エーレルト伯爵家のためになる研究に命を捧げて死ぬほうがマシだと思ったとか、そういう感じですか?」
「へえ、よくわかったね」

ヘルフリートの予言が的中した。さすがは父親である。
このお坊ちゃま、相変わらず助かるつもりがまったくない。
これではカレンの研究に差し障ってしまう。

「ふっふっふ……これなーんだ!」
「え? ……契約印?」
「あれ? これを見ただけでは何をどう契約しているかわからない感じですか?」
「父様と何か契約したの?」
「はい! ジーク様が助からなかったらわたしも死にます」
「はあ!? そんな、父様に言ってあげるから、ちょっと待ってて――」
「待つのはジーク様ですよ!?」

カレンは急に起き上がろうとしたジークを慌ててベッドに押し戻した。

「急に動かないでください。今ジーク様がそこらへんでこけてぽっくり死んでしまったらわたしも死んでしまうんですからね?」
「でも、このままじゃどうせカレンも死んでしまうよ?」
「血筋の祝福なら問題ないってずっと言っているじゃないですか。まさか、血筋の祝福以外にも何か問題を抱えていらっしゃるんですか?」

カレンが青ざめるのを見上げて、ジークはゆっくりと首を横に振った。

「そんなことはないけれど――」
「なんだ、それならよかった」

ふう、と胸を撫で下ろすカレンに、ジークは青い目をまん丸にする。
助けを求めるように周囲に視線を彷徨わせたが、サラはぽかんとカレンを見ていて、ジークの視線に気づかない。

「それじゃあジーク様がわたしの研究に協力してくださることになりましたので、さっそくお話を伺うとしましょうか。聞きたいことがあったんですよ」
「聞きたいこと?」

カレンが紙とペンを手に近づいてきて、ジークは我に返って言った。

「先日、真夜中に目覚めてわたしたちを呼ばれたときのことについて。サラさんは六の鐘から一刻ほど経った頃にジーク様に呼ばれたので、そのあたりから熱が上がったのだろうと言っていました。でも、きっと違いますよね?」
「どう、かな。何日も前のことだからよく覚えていないけど――」
「往生際が悪いですねえ」

カレンが溜息を吐くと、ジークは肩を震わせた。

「夜は人を近くに置くのを嫌がって遠ざけているんですよね? 寝顔を見られるのが嫌だからって――だから、サラさんたちがジーク様の発熱に気づいたのは、ジーク様が誤って呼び鈴を取り落としたからだと聞きました」
「それがどうしたの? 手元が狂うことなんて誰だってあるよ」
「熱が上がってきても、何時間も我慢していたでしょう? 幼馴染みが血筋の祝福持ちだったのでわたしは熱の上がり方を本人より熟知しているんです。熱はじわじわ上がっていくもので、そんなにすぐに身動きできなくなりません」
「ぼくは元々、体が弱っているし、人にもよるんじゃない」
「わたしは幼馴染みがもっと弱っているところも見たことがありますけど、ああはなりませんでした。サラさんとわたしがジーク様のところに行ったときには虫の息だったじゃないですか」

カレンはひたりとジークを見据えた。

「わたしのポーション、本当の効果時間はどれくらいなんですか? 今後の研究のために必要な大事な数字ですので、どうぞ正確に教えてください」

ジークがやせ我慢をしていることに、カレンは最初から気づいていた。
でも、普通に聞いたところでジークは決して本当のことを教えてくれないだろうと思った。
命をかけたやせ我慢をやめさせるには、自分はきっと助かると信じさせなければならなかった。

助かるには情報を正確に共有する必要があると、そう思わせなければならない。
だからカレンの本気で焚きつけて、ジークを研究の協力者に仕立てあげようとした。
研究の協力者としてなら本当のことを話してくれると思ったのに、この期に及んで誤魔化そうとするのには呆れてしまった。

カレンの研究それ自体は眼中になく、信じてもおらず、ただエーレルト伯爵家の次期後継者としていい格好をしたかっただけなのがよくわかる。

研究のためにも、ジーク本人のためにも、この鋼鉄の口を割らせなければならない。

「まったく、頑固ですねえ」

カレンはジークの命をかけた研究をさせてくれと頼んだ。
カレンとしては、ジークの親であるヘルフリートがカレンに命をかけさせようとするのは納得だった。恐かったけれども。

いきなり魔法契約なんてものを結ばされるのには驚いたものの、ヘルフリートは息子の頑固さすら予想していたのかもしれない。
さすがは息子を助けるために思いのままの報酬を約束する人物だ。

だからカレンに、ジークにも見える形で命をかけさせたのではないか。
カレンも契約印を見てすぐにピンときた。
これがあれば言葉以上にジークの意識を変えられる。

何しろジークはサラの言う通り、とてつもなく心の優しい子どもだから。

カレンが契約印をかかげると、ジークはあからさまに怯んだ。
カレンはニヤリと笑った。
思った通り、この命を盾にすればこの心優しい少年は意のままである。

「わたしの命もかかっているんですよ、ジーク様」
「……サラの前で聞かなくたっていいじゃないか」

やがて、むすっとしながらジークが言った。
とうとう観念したらしい。
カレンはうむとうなずくと、武士の情けでサラにお願いした。

「サラさん、席を外してもらえませんか?」
「で、ですが、カレン様とジーク様をお二人にするわけには……」
「大丈夫です! ジーク様が死んだらわたしも死ぬ状態です!」
「そんなハキハキ言うようなことじゃないよ」

ジークが馬鹿を見る目でカレンを見やった。
だんだんと打ち解けてきたな、とカレンは前向きに考えた。

「サラ、ジーク様がお望みのようなので、この場は席を外しなさい。私が許可します」
「フォルカーさん!」

どこからともなく現れたのは先程カレンを呼びに来た、執事のフォルカーだった。

「カレン様、執事のフォルカーと申します。改めてご挨拶させてくださいませ」
「どうも、錬金術師のカレンです」
「よく存じております。旦那様より言伝がありまして参りました」

カレンはビクッとした。
子思いの人物なのはわかっているのだが、恐いものは恐かった。
つい気をつけの姿勢を取るカレンに、フォルカーが目を細める。

「『錬金術師カレン、どうかジークのことをよろしく頼む』とのことでございます」
「そういう話でしたら任せてください」
「自分の命がかかっているもんね」

ジークがふてくされたように言うと、フォルカーが「ふぉっふぉっふぉ」と楽しげに笑った。
フォルカーが出て行き、サラも後ろ髪を引かれる様子ではあったが出ていくと、ジークはカレンの手の甲の契約印を見つめながら、ぽつりぽつりと話しはじめてくれた。

これまでジークが隠していた隠し事の数々に、カレンはメモを取りながら呆れかえった。
ジークの体調不良は熱だけではなかった。
顔に出さずにいられることはすべて、押し隠してきたらしい。

心優しさゆえに山ほど隠し事を抱えていたジークだったが、心優しいがゆえにカレンの手の甲を見ると黙っていることができないようで、諦めて、すべてを話してくれたようだった。
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