上 下
6 / 37

ブレンドティー

しおりを挟む
「初めて見るポーションです」
「鑑定結果が出たってことですよね?」

鑑定鏡で鑑定できるのは、魔力が宿ったものだけだ。
魔法植物や、魔道具や、魔法薬、魔物素材。
ただの植物や動物に、ただ魔力をこめただけでは反応しない。

カレンがわくわくと訊ねると、サラはきょとんとした。

「ポーションだとご存じなかったのですか? わからないものをジーク様に飲ませようとされたのですか?」
「お恥ずかしい話ですが、研究がまだできていないんです。効果がありそうだなというのは幼馴染みで人体実験済みなのですが……人体に害があるような素材は使っていないので、その点はご安心ください」
「……鑑定鏡で鑑定結果をご覧になりますか?」
「ぜひ、見せてください」

サラがカレンに鑑定鏡を渡してくれる。
カレンが鑑定鏡でハーブティーを覗き込むと、文章が浮かんでいるのが見えた。


ブレンドティー
熱を下げる


「やっぱり! 効果も思った通り!」

カレンとライオスの縁談がまとまったとき、カレンはまだライオスの体調不良の理由を知らなかった。
血筋の祝福などというわけのわからない呪いにかかっているかもしれないと知ったのはその後のことだ。

成長するまで体がもてばどうにかなるという話だったので、カレンはライオスの母のフリーダと一緒になってあれこれライオスの体のことを考えて、試行錯誤する日々が始まった。

その過程で不思議なことが起きた。
昼は平民学校で、夜はカレンを羨ましがりながら八つ当たりしてくるライオスのためにあれこれ働きながら、死ぬほど疲れていたときだった。
ライオスのために作った蜂蜜漬けのレモンを味見で一口食べたとき、何故か疲れが吹き飛んだ。

蜂蜜レモンを作ったのは、確かに疲労回復のためだった。
自分のままならない体に苛立ちながらもどうにもできず、怒りに疲れきっているライオスのために作ったものだ。
だけど、その疲れの回復の仕方は異常だった。

元々蜂蜜レモンには疲労回復効果がある。
その効果が即効で現れる魔法薬に変化しているのではないか。
つまり、自分の作ったもののうちのいくつかがポーションになっているのではないか?

ポーションを作るのに必要なのは、素材への理解と、魔力。
カレンは料理するとき魔力をこめる。
これは元々は、料理を腐らないようにするためのものだった。
魔力をこめると、料理が悪くなりにくくなるのだ。

それが前世知識と相まって、ポーションと化しているのではないか?

カレンはそう予想して、今日に至った。
予想は当たっていた。
だとしたら、カレンは他にも様々なポーションを作れるということになる。
人生が拓けてきた気がして、カレンはウキウキだった。

「こちらはもしや、新種のポーションなのでしょうか?」
「そうだと思います。わたしはFランクで、アクセスできる情報の量が少ないので、確かじゃないですけど」
「回復薬を飲んでも、風邪の熱と違い、魔力の熱は下がらないのです。ですがこれを飲めば、熱が下がるのでしょうか?」
「多少なりとも効果があるのではないか、と思っています」

熱を出したライオスにこのお茶を飲ませると、元気を取り戻すように見えた。
熱を測る道具もなければ、当時ライオスに飲ませたお茶を鑑定する道具もなかった。
すべてはカレンの予想でしかない。

「……少しでも熱を下げられれば、ジーク様のお身体も楽になるはずです。早く飲んでいただきましょう」

サラは無表情だが、動きが落ち着かずソワソワしているのがわかる。

「そうしましょう。効果があるといいですね」
「はい」

待ちきれないとばかりにサラがワゴンを押していく。
無表情だが、ジークを心から心配しているのが伝わってくる。

「ジーク様、カレン様がお茶を入れてくださいました。ほんの少しでいいのでお飲みください」
「……薬?」

ジークは億劫そうに言う。
サラはそんなジークに無表情で言った。

「ショウガの味がいたしましたよ」
「薬じゃないんだ」

ジークがそう思ったのは、普通、ポーションに余計なものを入れると効果がなくなるからだろう。
たとえばポーションは薬草が材料なだけあって青くさいのだが、その味をどうにかするために砂糖でも入れようものなら効果はなくなってしまう。

サラは起き上がれないジークのために、お茶を冷まして水差しに移し替えた。
一口こくんと飲んだジークは、考え込む顔になる。

「……嫌いじゃないけど、変な味」
「体にいいんですよ」

カレンも自分の分のお茶を入れて勝手に飲んだ。

「サラさんも飲んでくださいね。病気予防にもなりますし。ジーク様は今お身体が弱っているので、周りの人も元気でいないといけないですからね」
「カレン様がよろしいのでしたら、ありがたくいただきます」
「ぼくはもういいよ。サラも飲んで」
「はい、ジーク様」

サラは毒味で一口飲んだカップのお茶をぐびりと飲んだ。

「変な味だよね、サラ」
「はい。不思議な味です」

そう言ってもう一口飲もうとしたサラを見ながら、ジークが体を起こそうとして、パタッとベッドに倒れこんだ。

「ジーク様!?」

サラがカップを落としそうになっているのをカレンが受け取ると、サラはジークのもとへすっ飛んでいった。

「どうなさったのですか?」
「起き上がれそうな気がしたんだけど、頭がくらくらして、できなかった」
「いきなり体を起こされては危ないです。私にお手伝いさせてください」
「うん、ごめんね。でも本当に起き上がれそうな気がしたんだよ」
「それは、大変ようございました」

そう言うと、サラは立ち上がって片付けを始めた。
ジークに背を向けたと思うと無表情のまま涙をポロッと流した。
どうやら、泣いているところを見せたくないらしいので、カレンも片付けを手伝った。

控えの間までやってくると、ポロポロ泣きながらサラは言った。

「カレン様、メイドの身で差し出がましいとは十分承知しております。ですがどうか、ジーク様をお助けください。何卒よろしくお願いいたします」
「できるだけのことをするつもりです」

サラの手に手をギュッと握られる。
カレンはその手の力強さに応えられるよう、強く握り返した。

その後鑑定したところ、ブレンドティーの出がらしの二杯目からは魔法効果は消えていて、鑑定結果は出てこなかった。

「すごい……」

カレンは鑑定鏡を見て息を呑んだ。
この魔道具があれば、曖昧だった自分の力の輪郭をはっきりさせられる。
きっとジークを助けることもできる……。

カレンは震える手で鑑定鏡をそっと銀の盆の上に戻した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

その聖女、娼婦につき ~何もかもが遅すぎた~

ノ木瀬 優
恋愛
 卒業パーティーにて、ライル王太子は、レイチェルに婚約破棄を突き付ける。それを受けたレイチェルは……。 「――あー、はい。もう、そういうのいいです。もうどうしようもないので」  あっけらかんとそう言い放った。実は、この国の聖女システムには、ある秘密が隠されていたのだ。  思い付きで書いてみました。全2話、本日中に完結予定です。  設定ガバガバなところもありますが、気楽に楽しんで頂けたら幸いです。    R15は保険ですので、安心してお楽しみ下さい。

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

【完結】本当の悪役令嬢とは

仲村 嘉高
恋愛
転生者である『ヒロイン』は知らなかった。 甘やかされて育った第二王子は気付かなかった。 『ヒロイン』である男爵令嬢のとりまきで、第二王子の側近でもある騎士団長子息も、魔法師協会会長の孫も、大商会の跡取りも、伯爵令息も 公爵家の本気というものを。 ※HOT最高1位!ありがとうございます!

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

処理中です...