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光あるところ (1)
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「あれ、絶対嫌がらせだよ、間違いない。アルドリックさんに、そんなに急いでるなら手伝って帰れって引き留められた。ぜんぜん急ぎじゃない仕事だったのに。というか、急いでるなら手伝えって意味わからないよね」
ぶつぶつと言いながら居間に戻ったハルトに、ついエリアスは苦笑をこぼした。
あった不在をものともせず「ただいま」と家のドアを開け、さっさと自室で着替えを済ます様子がどうにもハルトらしかったからだ。だが、それはそうとして。
「そのわりに、そこまで嫌そうな顔はしていないようだが」
以前の帰宅時間に比べ、少し遅いと感じていたことは事実だ。引き留められたことはたしかなのだろうが、貞腐れた子どもの表情に近い。エリアスの指摘に、ハルトはさらに唇を尖らせた。
「それは、まぁ、今日は本当に早く帰りたかったんだけど。でも、勇者殿って呼ばれて、なにも雑用させてもらえないよりはうれしいよ」
ごく自然とした動作でエリアスの正面の椅子を引き、ハルトは続けた。
「この世界とは、またちょっと違うんだけどさ。俺、元の世界に戻ってからも、しばらくずっと腫れ物だったんだよ」
「腫れ物」
予想していなかった単語を繰り返すと、ほんの少し困ったふうに眉が下がる。だが、ハルトは取り繕うことはしなかった。
「まぁ、なんというか、急にいなくなったかわいそうな子どもだったわけだからね、俺。向こうからしたら。おまけに、俺の世界には魔法なんてないわけで、納得のしてもらえる理由を伝えようがない」
なぜ、今まで思い当たらなかったのだろう。元の世界にさえ戻れば、問題なく幸せになることができると盲信していたのだろう。言葉にされると、すべてあたりまえのことだった。人間は異質を弾く。世界を救う勇者などという肩書がなければ、当然と。
黙ったエリアスに、大丈夫だよ、とハルトはあっさりと笑った。
「必要以上に気を遣われるとさ、寂しいって思うこともあるけど、でも、大前提として、俺のことを気にかけてくれてるってことだし。そこまでなんとも思わなかったよ」
「だが」
「それに、俺がしたかったのは、今、『俺』として見てもらってることがうれしいっていう話だから。謝らないでくれるとうれしいな」
「……そうか」
「うん、そうだよ」
エリアスの返事に表情をゆるめ、ハルトは話題を切り替えた。
「ちょっと話は戻るけどさ、アルドリックさんは、本当にそういうのが上手だよね。あの人のおかげで、結構、本当に助かってるんだよ」
「そうだな」
くすぐったそうな笑顔を見つめ、エリアスは応じた。
「大事な友人だ。いいやつだろう」
「友人」
「お互い友人だという認識をつい先日共有したばかりだ」
「あ、……そうなんだ」
その言葉で大方を察したらしい。喜んでいいのかわからないという顔で相槌を打つので、エリアスは小さく笑った。
――本当に、呆れるくらい、ハルトのことを見ていなかったのだろうな。
罪悪感を押しつけるばかりで、向こうに帰ったハルトのことも、こちらに戻ってからのハルトのことも、自分は知ろうとしなかった。それでも、わかることもある。
静かに席を立ち、鍋を火にかける。棚まれた用事が済み次第、飛んで帰ってきただろうことは想像に易かった。
「軽くでよかったら、なにか食べるか」
「師匠も王都まで行って帰ったあとだったのに、ごはん作って待っててくれたの?」
「おまえが絶対に帰ると言ったからな」
のっぴきならない事情で違うことはあっても、ハルトが嘘を吐くことはない。わかっていたのに「ここにずっといる」という言葉を信じなかったのは、エリアスの心の弱さゆえだった。
疲れて帰ってきたときでも、少しでも栄養が取れるように。らしくない考えで、あの当時によく作ったもの。大きめのカップに、とろりと崩れた野菜がたっぷり入ったスープを注ぐ。テーブルに置くと、ハルトは素直に「ありがとう」とほほえんだ。
「俺、これ好きだよ。昔もさ、よく、遅くなったときに作って待っててくれたよね。あのころは師匠も忙しそうだったのに」
懐かしそうに目を細め、ハルトがスープに口をつける。
そういえば、こちらに戻ってきたときも飲みたいと強請っていたな。そうエリアスは思い出した。ひとつ前の季節のことであるのに、随分と昔のことに思えるので不思議だった。それほどハルトが日常に馴染んでいたということなのだろうか。
「俺の帰りを待っててくれる人がいるんだって思って、うれしかったよ」
「そうか」
「あとさ」
「なんだ?」
「これは俺の勝手なんだけど、師匠がまた忙しくするっていう話を聞いて、ちょっとほっとしたんだ」
「忙しくする……。宮廷に来る回数が増えると言った話のことか」
「宮廷でまた仕事するってことでしょ? それでさ、なんていうか、師匠はべつに仕事のこと嫌いじゃなかったと俺は思ってて。だから、ほっとした」
あいかわらずの雑な言い方で、あいかわらずの率直な言い方だった。いまさら誤魔化したいわけではないものの、どう答えたものか。とりわけ、後半は。悩んだ末、前半についてエリアスは答えた。
ぶつぶつと言いながら居間に戻ったハルトに、ついエリアスは苦笑をこぼした。
あった不在をものともせず「ただいま」と家のドアを開け、さっさと自室で着替えを済ます様子がどうにもハルトらしかったからだ。だが、それはそうとして。
「そのわりに、そこまで嫌そうな顔はしていないようだが」
以前の帰宅時間に比べ、少し遅いと感じていたことは事実だ。引き留められたことはたしかなのだろうが、貞腐れた子どもの表情に近い。エリアスの指摘に、ハルトはさらに唇を尖らせた。
「それは、まぁ、今日は本当に早く帰りたかったんだけど。でも、勇者殿って呼ばれて、なにも雑用させてもらえないよりはうれしいよ」
ごく自然とした動作でエリアスの正面の椅子を引き、ハルトは続けた。
「この世界とは、またちょっと違うんだけどさ。俺、元の世界に戻ってからも、しばらくずっと腫れ物だったんだよ」
「腫れ物」
予想していなかった単語を繰り返すと、ほんの少し困ったふうに眉が下がる。だが、ハルトは取り繕うことはしなかった。
「まぁ、なんというか、急にいなくなったかわいそうな子どもだったわけだからね、俺。向こうからしたら。おまけに、俺の世界には魔法なんてないわけで、納得のしてもらえる理由を伝えようがない」
なぜ、今まで思い当たらなかったのだろう。元の世界にさえ戻れば、問題なく幸せになることができると盲信していたのだろう。言葉にされると、すべてあたりまえのことだった。人間は異質を弾く。世界を救う勇者などという肩書がなければ、当然と。
黙ったエリアスに、大丈夫だよ、とハルトはあっさりと笑った。
「必要以上に気を遣われるとさ、寂しいって思うこともあるけど、でも、大前提として、俺のことを気にかけてくれてるってことだし。そこまでなんとも思わなかったよ」
「だが」
「それに、俺がしたかったのは、今、『俺』として見てもらってることがうれしいっていう話だから。謝らないでくれるとうれしいな」
「……そうか」
「うん、そうだよ」
エリアスの返事に表情をゆるめ、ハルトは話題を切り替えた。
「ちょっと話は戻るけどさ、アルドリックさんは、本当にそういうのが上手だよね。あの人のおかげで、結構、本当に助かってるんだよ」
「そうだな」
くすぐったそうな笑顔を見つめ、エリアスは応じた。
「大事な友人だ。いいやつだろう」
「友人」
「お互い友人だという認識をつい先日共有したばかりだ」
「あ、……そうなんだ」
その言葉で大方を察したらしい。喜んでいいのかわからないという顔で相槌を打つので、エリアスは小さく笑った。
――本当に、呆れるくらい、ハルトのことを見ていなかったのだろうな。
罪悪感を押しつけるばかりで、向こうに帰ったハルトのことも、こちらに戻ってからのハルトのことも、自分は知ろうとしなかった。それでも、わかることもある。
静かに席を立ち、鍋を火にかける。棚まれた用事が済み次第、飛んで帰ってきただろうことは想像に易かった。
「軽くでよかったら、なにか食べるか」
「師匠も王都まで行って帰ったあとだったのに、ごはん作って待っててくれたの?」
「おまえが絶対に帰ると言ったからな」
のっぴきならない事情で違うことはあっても、ハルトが嘘を吐くことはない。わかっていたのに「ここにずっといる」という言葉を信じなかったのは、エリアスの心の弱さゆえだった。
疲れて帰ってきたときでも、少しでも栄養が取れるように。らしくない考えで、あの当時によく作ったもの。大きめのカップに、とろりと崩れた野菜がたっぷり入ったスープを注ぐ。テーブルに置くと、ハルトは素直に「ありがとう」とほほえんだ。
「俺、これ好きだよ。昔もさ、よく、遅くなったときに作って待っててくれたよね。あのころは師匠も忙しそうだったのに」
懐かしそうに目を細め、ハルトがスープに口をつける。
そういえば、こちらに戻ってきたときも飲みたいと強請っていたな。そうエリアスは思い出した。ひとつ前の季節のことであるのに、随分と昔のことに思えるので不思議だった。それほどハルトが日常に馴染んでいたということなのだろうか。
「俺の帰りを待っててくれる人がいるんだって思って、うれしかったよ」
「そうか」
「あとさ」
「なんだ?」
「これは俺の勝手なんだけど、師匠がまた忙しくするっていう話を聞いて、ちょっとほっとしたんだ」
「忙しくする……。宮廷に来る回数が増えると言った話のことか」
「宮廷でまた仕事するってことでしょ? それでさ、なんていうか、師匠はべつに仕事のこと嫌いじゃなかったと俺は思ってて。だから、ほっとした」
あいかわらずの雑な言い方で、あいかわらずの率直な言い方だった。いまさら誤魔化したいわけではないものの、どう答えたものか。とりわけ、後半は。悩んだ末、前半についてエリアスは答えた。
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