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親愛と深愛 (1)
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――だが、命を懸けた行動を、自分の意志ではないように言われたら、腹も立つか。
煙草から立ち上る紫煙を見つめたまま、エリアスは小さく息を吐いた。その音がやたらと大きく居間に響いた気がして、首を傾げる。
なんというか、太陽のような男だからな。もはや、そう思うほか道はなかった。
またひとつ、エリアスは溜息を吐く。ハルトが騎士団の寮に入ると言って出て行ってから、約十日。森の家は静かなままで、ハルトが帰る気配はないままだった。
だが、元を正せば、自分の勧めた選択である。ほとんど吸わないままに短くなった煙草をエリアスは灰皿に押しつけた。窓から差し込む光が、気づけば随分と色濃くなっている。
騎士団の勤務もそろそろ終わるころか。ごく自然とハルトの顔が浮かんだところで、二回家のドアが鳴った。ドアを開けたエリアスは、立っていた人物を見とめ、軽く目を瞠った。
「……アルドリック」
「なんだ。誰だと思ったんだ?」
苦笑まじりの顔を向けられ、いや、と頭を振る。そうだ。もともとこの家にはアルドリックと魔術師殿の使いくらいしか現れなかったというのに。
この数ヶ月で、すっかりと日常は覆ってしまった。「行ってきます」と家を出て、必ず「ただいま」と帰ってくるハルトの笑顔が過ったのだから笑えない。エリアスはどうにからしい言葉を継いだ。
「この家を尋ねてくる奇特な人間は少ないと知っているだろう。おまえか魔術師殿の新入りくらいだ」
「おまえの家に行くことが通過儀礼になっているとの噂も聞くぞ。なんでも、おまえが才能がないと判断をすればビルモス魔術師長に連絡が行くだとか、なんだとか」
「俺にそんな権限があると思う意味がわからん。そもそも、宮廷の試験に受かっている時点で一級であるべきではないのか」
「そう言ってやるな。それだけおまえの名前を知る人間が残っているということだ。ビルモスさまもあいかわらずだな」
「騎士団は変わらず忙しくしているのか」
指摘には応じず、エリアスは騎士団に話を変えた。連絡がないのは無事の証拠とわかっていても、どうにも気になったのだ。
「ああ。俺は今日の午前まで外に出向いていてな。騎士団に戻ってきて、そこからこちらに来た。勇者殿はまだ騎士団にいるのではないか?」
「そうか」
ハルトのことを聞いたわけではないと弁明をするのは、さすがに無理がある。頷くことを選んだエリアスに、アルドリックはいつもの顔で笑った。
「ほら、土産だ。うまい酒と聞いたんでついな。帰ったら勇者殿にも呑ませてやってくれ。あの子は見た目の割に酒が強いな。うちの酒豪と良い勝負だぞ」
見ていて気持ちが良い、と言いながら、アルドリックが椅子を引く。酒を入れずに話をしたいとの意を汲み、受け取った瓶をキッチン台に置くと、エリアスも向かいの椅子に腰をかけた。
そういえば、アルドリックと顔を合わせるのはあの日以来だ。いまさらながら思い至ったものの、アルドリックは変わりのないままだった。先ほどの続きというていで世間話を振る。
「勇者殿は元気にしているぞ。筋が良くできているし、素直で協調性もある。おまえが心配するまでもなく、すっかり騎士団に馴染んでいる」
「そうか」
「まぁ、おまえのことを気にしている様子ではあったが。いったいなにを嗅ぎつけたのか、俺が訪ねるとわかったようでな。騎士団を出る前に、師匠によろしくと釘を刺されたよ」
なぜ、それを釘だと思うのだ、だとか。そもそもとして、ハルトによろしくと言われる道理はない、だとか。さまざまな文句が浮かんだものの、言葉になることはなかった。
黙り込んだエリアスとは逆に、アルドリックは愉快そうに肩をすくめた。
「なにせ勇者殿だ。恐ろしくて敵に回すこともできないな」
「アルドリック」
「なぁ、エリアス」
返ってきた声は思いのほか穏やかで、アルドリックを見上げる。
「まだ楽隠居に飽きは来ないか?」
それはやはり穏やかな問いだった。即答することは躊躇され、黙ってアルドリックを見つめる。そのエリアスをまっすぐに見返し、アルドリックは続けた。
「俺はおまえのような人間こそ、中央に残るべきだと思っている」
「なぜだ」
「青臭い理想論かもしれないが、心があるからだ」
心がある。まったくもって自分に似合わない言葉だった。エリアスは笑ったが、アルドリックは真面目な顔を崩さなかった。「それに」と淡々と説得を重ねる。
「これは俺の憶測だが、ビルモスさまも望んでいらっしゃるのではないか」
「……」
「だから、おまえに仕事を頼み、宮廷との縁を切れないようにされているのだろう。おまえのあとに入った新人とも縁を繋いでいる」
「仮にそうだとしても、ビルモスにとって俺の利用価値があるあいだだけのことだと思うが」
「なら、まだ、おまえに、ビルモスさまにとっての利用価値はあるということだ。それを利用して戻ることできるというのであれば、問題はなにもない」
ざっくばらんと言い切ったアルドリックだったが、ふっと表情をゆるめた。どこかからかうように。
「それとも、ビルモスさまに本心でかわいがられ、打算なく重宝されたいと願っているのか。そうだとすれば、おまえもなかなかに青いところがある」
そんなことはない、と反射で言い返そうとした言葉を留め、エリアスは息を吐いた。あまり認めたいことではないが、そういった願望がまったくなかったと言えば嘘になる。だが、すべて昔のことなのだ。頑なな部分が顔を出すことはあっても、それだけのこと。
煙草から立ち上る紫煙を見つめたまま、エリアスは小さく息を吐いた。その音がやたらと大きく居間に響いた気がして、首を傾げる。
なんというか、太陽のような男だからな。もはや、そう思うほか道はなかった。
またひとつ、エリアスは溜息を吐く。ハルトが騎士団の寮に入ると言って出て行ってから、約十日。森の家は静かなままで、ハルトが帰る気配はないままだった。
だが、元を正せば、自分の勧めた選択である。ほとんど吸わないままに短くなった煙草をエリアスは灰皿に押しつけた。窓から差し込む光が、気づけば随分と色濃くなっている。
騎士団の勤務もそろそろ終わるころか。ごく自然とハルトの顔が浮かんだところで、二回家のドアが鳴った。ドアを開けたエリアスは、立っていた人物を見とめ、軽く目を瞠った。
「……アルドリック」
「なんだ。誰だと思ったんだ?」
苦笑まじりの顔を向けられ、いや、と頭を振る。そうだ。もともとこの家にはアルドリックと魔術師殿の使いくらいしか現れなかったというのに。
この数ヶ月で、すっかりと日常は覆ってしまった。「行ってきます」と家を出て、必ず「ただいま」と帰ってくるハルトの笑顔が過ったのだから笑えない。エリアスはどうにからしい言葉を継いだ。
「この家を尋ねてくる奇特な人間は少ないと知っているだろう。おまえか魔術師殿の新入りくらいだ」
「おまえの家に行くことが通過儀礼になっているとの噂も聞くぞ。なんでも、おまえが才能がないと判断をすればビルモス魔術師長に連絡が行くだとか、なんだとか」
「俺にそんな権限があると思う意味がわからん。そもそも、宮廷の試験に受かっている時点で一級であるべきではないのか」
「そう言ってやるな。それだけおまえの名前を知る人間が残っているということだ。ビルモスさまもあいかわらずだな」
「騎士団は変わらず忙しくしているのか」
指摘には応じず、エリアスは騎士団に話を変えた。連絡がないのは無事の証拠とわかっていても、どうにも気になったのだ。
「ああ。俺は今日の午前まで外に出向いていてな。騎士団に戻ってきて、そこからこちらに来た。勇者殿はまだ騎士団にいるのではないか?」
「そうか」
ハルトのことを聞いたわけではないと弁明をするのは、さすがに無理がある。頷くことを選んだエリアスに、アルドリックはいつもの顔で笑った。
「ほら、土産だ。うまい酒と聞いたんでついな。帰ったら勇者殿にも呑ませてやってくれ。あの子は見た目の割に酒が強いな。うちの酒豪と良い勝負だぞ」
見ていて気持ちが良い、と言いながら、アルドリックが椅子を引く。酒を入れずに話をしたいとの意を汲み、受け取った瓶をキッチン台に置くと、エリアスも向かいの椅子に腰をかけた。
そういえば、アルドリックと顔を合わせるのはあの日以来だ。いまさらながら思い至ったものの、アルドリックは変わりのないままだった。先ほどの続きというていで世間話を振る。
「勇者殿は元気にしているぞ。筋が良くできているし、素直で協調性もある。おまえが心配するまでもなく、すっかり騎士団に馴染んでいる」
「そうか」
「まぁ、おまえのことを気にしている様子ではあったが。いったいなにを嗅ぎつけたのか、俺が訪ねるとわかったようでな。騎士団を出る前に、師匠によろしくと釘を刺されたよ」
なぜ、それを釘だと思うのだ、だとか。そもそもとして、ハルトによろしくと言われる道理はない、だとか。さまざまな文句が浮かんだものの、言葉になることはなかった。
黙り込んだエリアスとは逆に、アルドリックは愉快そうに肩をすくめた。
「なにせ勇者殿だ。恐ろしくて敵に回すこともできないな」
「アルドリック」
「なぁ、エリアス」
返ってきた声は思いのほか穏やかで、アルドリックを見上げる。
「まだ楽隠居に飽きは来ないか?」
それはやはり穏やかな問いだった。即答することは躊躇され、黙ってアルドリックを見つめる。そのエリアスをまっすぐに見返し、アルドリックは続けた。
「俺はおまえのような人間こそ、中央に残るべきだと思っている」
「なぜだ」
「青臭い理想論かもしれないが、心があるからだ」
心がある。まったくもって自分に似合わない言葉だった。エリアスは笑ったが、アルドリックは真面目な顔を崩さなかった。「それに」と淡々と説得を重ねる。
「これは俺の憶測だが、ビルモスさまも望んでいらっしゃるのではないか」
「……」
「だから、おまえに仕事を頼み、宮廷との縁を切れないようにされているのだろう。おまえのあとに入った新人とも縁を繋いでいる」
「仮にそうだとしても、ビルモスにとって俺の利用価値があるあいだだけのことだと思うが」
「なら、まだ、おまえに、ビルモスさまにとっての利用価値はあるということだ。それを利用して戻ることできるというのであれば、問題はなにもない」
ざっくばらんと言い切ったアルドリックだったが、ふっと表情をゆるめた。どこかからかうように。
「それとも、ビルモスさまに本心でかわいがられ、打算なく重宝されたいと願っているのか。そうだとすれば、おまえもなかなかに青いところがある」
そんなことはない、と反射で言い返そうとした言葉を留め、エリアスは息を吐いた。あまり認めたいことではないが、そういった願望がまったくなかったと言えば嘘になる。だが、すべて昔のことなのだ。頑なな部分が顔を出すことはあっても、それだけのこと。
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