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森の家の魔術師(6)
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べつに、どこにでもある男の身体である。処女というわけでもなし、もったいぶるものでもないだろう。なにが悲しくて、自分よりいくつも年上の男を抱きたいのかと、ハルトに呆れはしたものの、思うところはそれだけだ。
はぁ、と手製の煙草から煙を吐き出し、エリアスは結論づけた。まぁ、べつにいいだろう。あのころならばいざ知らず、ハルトは成人しているのだし。自分も保護者ではない。
家の壁にもたれ朝日を浴びていると、小さな音を立てて扉が開いた。エリアスを見、わずかに首を傾げる。
「あれ、師匠。煙草なんて吸うんだ?」
思いのほか、あっさりとした態度だった。「起きたときにいないなんてひどい」などと拗ねるほど子どもではなかったらしい。
ほっとするやら、拍子抜けするやらで、エリアスはぽつりと名前を呼んだ。
「ハルト」
「昔は吸ってなかったよね」
「子どもの前で吸うわけがないだろう」
「この国もそんな感じなんだ。なんか親近感だな」
「親近感?」
「俺のところもね、子どもの前では吸うもんじゃないっていう風潮。で、最近は煙があんまり出ない煙草が出回ってる」
「煙が出ない煙草」
またよくわからないものを、と思いながら、紫煙を揺蕩わせる。
ハルトの国の話を興味深いと感じることも多かったものの、困惑することも多々あった。ハルトも、この世界のもろもろに対して同じように感じていたのではないだろうか。
「そう。でも、煙の出る煙草がかっこよく見えて、俺は憧れてたけど。あ、子どものころの話ね」
懐かしそうに応じたハルトが、おもむろに手のひらを差し出した。意図を図りそこねて視線を向ければ、へらりとした笑顔。
「一本ちょうだい」
「……」
「あ、その顔。もう子どもじゃないって言ってるのに。それとも、師匠は子どもとああいうことする」
「黙ってくれ」
むしろ、大人を自認するのであれば、なにもなかったふりを貫き続けてくれ。乱雑に遮り、エリアスは煙草を押しつけた。
「師匠。火」
煙草を銜えたまま催促をされたので、しかたなくつけてやる。本当に図々しくなったな、という文句は呑み込んだ。藪をつつきそうだったからである。
存外と慣れたふうに煙を呑んだハルトだったが、数秒後。げほげほとむせ始めた。
「俺の知ってる煙草じゃない」
涙目で訴えてくる顔に胸が空き、軽口で返す。
「説明できるなら調整するが」
かつて、幾度となくやったことだ。とりとめのないハルトの故郷の話を聞きながら、夜の台所でふたりで。
「ありがと」
苦笑のような笑みを刻み、ハルトは煙草を銜え直した。軽く眉をひそめたものの、今度は咳き込まない。静かに煙を吐いて、なんでもないふうに言葉を続けた。
「でも、いいよ。たぶん、ちょっとずつ慣れていくんだろうし。このままで」
そんなもの、慣れなくてもいいだろう。あのころのように、自分の国の味が恋しいと泣けばいい。そうして、恋しく思う先へ帰ればいい。
この十日、何度も頭に浮かんだ台詞だった。言葉にできないままに、顔に垂れた銀色の髪を掻きやる。
沈黙したエリアスの目前を、春の風に乗った紫煙が流れ去っていった。慣れた煙草と、春の香り。
「俺、騎士団で雇ってもらおうかな」
「……そうか」
ゆっくりとエリアスは頷いた。希望が固まり次第伝えろと言ったのはビルモスだ。ハルトの意向を叶えるつもりはあるのだろうし、騎士団であれば願ったり叶ったりに違いない。
「おまえなら十分やっていけるだろう。アルドリックもいるし、今の団長もおまえのことをよくよく知っている」
「うん」
「騎士団には独身寮があるから、空きがあるかどうかアルドリックに確認して――」
「え、いいよ」
「なぜだ。行き当たりばったりで王都に行って宿なしになったら困るだろう」
「いや、だって。俺、ここから通うから」
「は?」
「だから、俺、ここから通うから。べつに通えない距離じゃないでしょ。それに、俺、金はあるし。王都までの馬車代くらい出せるよ」
まじまじと見つめ返したものの、ハルトは悲しいくらい真面目な顔をしていた。
おい、おまえ、ここから一度王都まで乗合馬車で行ったろう。金の問題だけでなく、とんでもなく時間がかかったことを忘れたか。もろもろの呆れを一言に集約する。
「馬鹿か?」
「ひどいな、師匠。馬鹿じゃないよ」
「じゃあ、なんだ」
「愛の力だよ」
「いいかげんにしろ」
呆れ切った顔で言い捨て、エリアスは新しい煙草に火をつけた。紫煙を吐く。なにやらぶつぶつと呟いていたが、それ以上をハルトが言い募ることはなかった。
はぁ、と手製の煙草から煙を吐き出し、エリアスは結論づけた。まぁ、べつにいいだろう。あのころならばいざ知らず、ハルトは成人しているのだし。自分も保護者ではない。
家の壁にもたれ朝日を浴びていると、小さな音を立てて扉が開いた。エリアスを見、わずかに首を傾げる。
「あれ、師匠。煙草なんて吸うんだ?」
思いのほか、あっさりとした態度だった。「起きたときにいないなんてひどい」などと拗ねるほど子どもではなかったらしい。
ほっとするやら、拍子抜けするやらで、エリアスはぽつりと名前を呼んだ。
「ハルト」
「昔は吸ってなかったよね」
「子どもの前で吸うわけがないだろう」
「この国もそんな感じなんだ。なんか親近感だな」
「親近感?」
「俺のところもね、子どもの前では吸うもんじゃないっていう風潮。で、最近は煙があんまり出ない煙草が出回ってる」
「煙が出ない煙草」
またよくわからないものを、と思いながら、紫煙を揺蕩わせる。
ハルトの国の話を興味深いと感じることも多かったものの、困惑することも多々あった。ハルトも、この世界のもろもろに対して同じように感じていたのではないだろうか。
「そう。でも、煙の出る煙草がかっこよく見えて、俺は憧れてたけど。あ、子どものころの話ね」
懐かしそうに応じたハルトが、おもむろに手のひらを差し出した。意図を図りそこねて視線を向ければ、へらりとした笑顔。
「一本ちょうだい」
「……」
「あ、その顔。もう子どもじゃないって言ってるのに。それとも、師匠は子どもとああいうことする」
「黙ってくれ」
むしろ、大人を自認するのであれば、なにもなかったふりを貫き続けてくれ。乱雑に遮り、エリアスは煙草を押しつけた。
「師匠。火」
煙草を銜えたまま催促をされたので、しかたなくつけてやる。本当に図々しくなったな、という文句は呑み込んだ。藪をつつきそうだったからである。
存外と慣れたふうに煙を呑んだハルトだったが、数秒後。げほげほとむせ始めた。
「俺の知ってる煙草じゃない」
涙目で訴えてくる顔に胸が空き、軽口で返す。
「説明できるなら調整するが」
かつて、幾度となくやったことだ。とりとめのないハルトの故郷の話を聞きながら、夜の台所でふたりで。
「ありがと」
苦笑のような笑みを刻み、ハルトは煙草を銜え直した。軽く眉をひそめたものの、今度は咳き込まない。静かに煙を吐いて、なんでもないふうに言葉を続けた。
「でも、いいよ。たぶん、ちょっとずつ慣れていくんだろうし。このままで」
そんなもの、慣れなくてもいいだろう。あのころのように、自分の国の味が恋しいと泣けばいい。そうして、恋しく思う先へ帰ればいい。
この十日、何度も頭に浮かんだ台詞だった。言葉にできないままに、顔に垂れた銀色の髪を掻きやる。
沈黙したエリアスの目前を、春の風に乗った紫煙が流れ去っていった。慣れた煙草と、春の香り。
「俺、騎士団で雇ってもらおうかな」
「……そうか」
ゆっくりとエリアスは頷いた。希望が固まり次第伝えろと言ったのはビルモスだ。ハルトの意向を叶えるつもりはあるのだろうし、騎士団であれば願ったり叶ったりに違いない。
「おまえなら十分やっていけるだろう。アルドリックもいるし、今の団長もおまえのことをよくよく知っている」
「うん」
「騎士団には独身寮があるから、空きがあるかどうかアルドリックに確認して――」
「え、いいよ」
「なぜだ。行き当たりばったりで王都に行って宿なしになったら困るだろう」
「いや、だって。俺、ここから通うから」
「は?」
「だから、俺、ここから通うから。べつに通えない距離じゃないでしょ。それに、俺、金はあるし。王都までの馬車代くらい出せるよ」
まじまじと見つめ返したものの、ハルトは悲しいくらい真面目な顔をしていた。
おい、おまえ、ここから一度王都まで乗合馬車で行ったろう。金の問題だけでなく、とんでもなく時間がかかったことを忘れたか。もろもろの呆れを一言に集約する。
「馬鹿か?」
「ひどいな、師匠。馬鹿じゃないよ」
「じゃあ、なんだ」
「愛の力だよ」
「いいかげんにしろ」
呆れ切った顔で言い捨て、エリアスは新しい煙草に火をつけた。紫煙を吐く。なにやらぶつぶつと呟いていたが、それ以上をハルトが言い募ることはなかった。
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