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森の家の魔術師(3)
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今日は帰ることにするよ、と。珍しく早い時間に腰を上げたアルドリックを見送り、食器を片づけていると、テーブルの片づけをしていたハルトが話しかけてきた。
「アルドリックさんって、よくここに来るの?」
「月に一度か二度という程度だが。よく来ると言えば、よく来るな」
食器を拭きながら、雑談に応じる。辺鄙な森に定期的にやってくるのだから、「よく来る」の部類に入るに違いない。そうなんだ、と頷いたハルトが、すぐにもうひとつを尋ねた。
「ほかにも誰か来ることはあるの?」
「ビルモスの使いで宮廷の若い魔術師が来ることはあるが、その程度だ」
「仕事頼まれるって言ってたもんね。どんな仕事なの?」
「この家でできる程度の研究ばかりだ。若手にやらせたらいいと思うんだがな、宮廷も人手不足らしい」
宮廷との繋がりを自分に残すためと察していても、素直に感謝できるまでの人間性は有していない。気遣いを突き返す幼稚性からは、さすがに脱却しているが。
「そうなんだ。……あのさ」
「なんだ?」
「ああ、いや、俺がここに来たとき、大きいブランケット貸してくれたじゃん」
「貸したというか、おまえには俺のベッドを貸してやるつもりだったんだが」
ソファーで寝ろと言うことは忍びなかったので、自分のベッドを譲るつもりでいたのだ。猛然と拒否したハルトが奪い取ったというだけのことである。
頑なにソファーで寝ると言い張るので、なにを遠慮しているのか、と。あのときもエリアスは呆れたのだった。ハルトもなぜか解せないという顔をしていたが。意味がわからない。
「いや、だって、それはそうでしょ。いや、違う。そうじゃなくて。その、アルドリックさんのだったのかなと思って」
「アルドリックのものというわけではないが、あいつがよく使っていることは事実だな」
今度はいったいなにを気にしているのやら。さらにほんの少し呆れつつ、拭き終わった食器を棚に戻していく。
「帰るのが面倒と言って、いつも泊まっていくんだ。さすがに今日は遠慮したらしいが」
おまえがいたからだろうな、と。振り返らないまま、エリアスは笑った。
ハルトはこの国を救った勇者なのだ。舞い戻った事態に驚いたことは事実だろうが、敬意を払わないことは違う。
その証拠に、騎士団のほかの団員も、買い物の際に顔を合わせる村民も、みな「勇者殿」と呼び、歓迎を示している。思うところがないとは言わないが、エリアスの個人的な感情だ。
「そうなんだ」
どこかぼんやりとした返事に、エリアスは、助かった、と声をかけた。手伝いのことである。
――そういえば、昔もよくちょこまかと手伝ってくれていたな。
騎士団での訓練もあり、疲れていただろうに。官舎の部屋に戻ると、あれやこれやと話しながら動いてくれたものだった。ハルトの背丈が低かったことも相まって、年長者に纏わりつく子どもそのものだったと思い出す。
まったく邪魔でなかったとは言わないにせよ、自分が邪険にされることを露とも想像しないハルトの顔は、エリアスは嫌いではなかった。
懐かしい記憶に耽っていたエリアスは、戸棚を閉めたタイミングで抱き着かれても、とくにどうとも思わなかった。多々あったことだからである。
肩胛骨のあたりに額を埋め、幼いハルトは耐えるように目を閉じていた。上背ばかりが育った今は埋める場所が肩口に変化していたが、かわいいことに変わりはない。
「なんだ。まだ甘えたいのか」
「うん」
「ハルト」
衒いのない返事もかわいかったが、いささか邪魔ではある。窘めるように名を呼べば、また同じ「うん」という返事。こぼれた苦笑に、背後から抱きすくめる力が強くなる。
「ハルト」
「ねぇ、あとで師匠の部屋に行ってもいい?」
話がしたいなら、ここですればいいだろう。ごく当然と疑問は浮かんだが、エリアスはハルトに甘くできていた。まぁ、昔もたまにベッドに潜り込んできたからな。という程度の認識で、構わないが、と請け負う。
はっきり言おう。大馬鹿者である。
「アルドリックさんって、よくここに来るの?」
「月に一度か二度という程度だが。よく来ると言えば、よく来るな」
食器を拭きながら、雑談に応じる。辺鄙な森に定期的にやってくるのだから、「よく来る」の部類に入るに違いない。そうなんだ、と頷いたハルトが、すぐにもうひとつを尋ねた。
「ほかにも誰か来ることはあるの?」
「ビルモスの使いで宮廷の若い魔術師が来ることはあるが、その程度だ」
「仕事頼まれるって言ってたもんね。どんな仕事なの?」
「この家でできる程度の研究ばかりだ。若手にやらせたらいいと思うんだがな、宮廷も人手不足らしい」
宮廷との繋がりを自分に残すためと察していても、素直に感謝できるまでの人間性は有していない。気遣いを突き返す幼稚性からは、さすがに脱却しているが。
「そうなんだ。……あのさ」
「なんだ?」
「ああ、いや、俺がここに来たとき、大きいブランケット貸してくれたじゃん」
「貸したというか、おまえには俺のベッドを貸してやるつもりだったんだが」
ソファーで寝ろと言うことは忍びなかったので、自分のベッドを譲るつもりでいたのだ。猛然と拒否したハルトが奪い取ったというだけのことである。
頑なにソファーで寝ると言い張るので、なにを遠慮しているのか、と。あのときもエリアスは呆れたのだった。ハルトもなぜか解せないという顔をしていたが。意味がわからない。
「いや、だって、それはそうでしょ。いや、違う。そうじゃなくて。その、アルドリックさんのだったのかなと思って」
「アルドリックのものというわけではないが、あいつがよく使っていることは事実だな」
今度はいったいなにを気にしているのやら。さらにほんの少し呆れつつ、拭き終わった食器を棚に戻していく。
「帰るのが面倒と言って、いつも泊まっていくんだ。さすがに今日は遠慮したらしいが」
おまえがいたからだろうな、と。振り返らないまま、エリアスは笑った。
ハルトはこの国を救った勇者なのだ。舞い戻った事態に驚いたことは事実だろうが、敬意を払わないことは違う。
その証拠に、騎士団のほかの団員も、買い物の際に顔を合わせる村民も、みな「勇者殿」と呼び、歓迎を示している。思うところがないとは言わないが、エリアスの個人的な感情だ。
「そうなんだ」
どこかぼんやりとした返事に、エリアスは、助かった、と声をかけた。手伝いのことである。
――そういえば、昔もよくちょこまかと手伝ってくれていたな。
騎士団での訓練もあり、疲れていただろうに。官舎の部屋に戻ると、あれやこれやと話しながら動いてくれたものだった。ハルトの背丈が低かったことも相まって、年長者に纏わりつく子どもそのものだったと思い出す。
まったく邪魔でなかったとは言わないにせよ、自分が邪険にされることを露とも想像しないハルトの顔は、エリアスは嫌いではなかった。
懐かしい記憶に耽っていたエリアスは、戸棚を閉めたタイミングで抱き着かれても、とくにどうとも思わなかった。多々あったことだからである。
肩胛骨のあたりに額を埋め、幼いハルトは耐えるように目を閉じていた。上背ばかりが育った今は埋める場所が肩口に変化していたが、かわいいことに変わりはない。
「なんだ。まだ甘えたいのか」
「うん」
「ハルト」
衒いのない返事もかわいかったが、いささか邪魔ではある。窘めるように名を呼べば、また同じ「うん」という返事。こぼれた苦笑に、背後から抱きすくめる力が強くなる。
「ハルト」
「ねぇ、あとで師匠の部屋に行ってもいい?」
話がしたいなら、ここですればいいだろう。ごく当然と疑問は浮かんだが、エリアスはハルトに甘くできていた。まぁ、昔もたまにベッドに潜り込んできたからな。という程度の認識で、構わないが、と請け負う。
はっきり言おう。大馬鹿者である。
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