出戻り勇者の求婚

木原あざみ

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森の家の魔術師(2)

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「あ、これ! これだよ、師匠のカレー。懐かしい。やっぱりおいしいな」

 にこにことものを食べる姿というものは、なぜこうも幼気に映るのか。しみじみと眺めていたエリアスだったが、ふとひとつ疑問が浮かんだ。

「懐かしいもなにも、つい十日ほど前まで向こうにいただろう」

 故郷で存分に食べたのではないかと尋ねると、ハルトは真顔で断言した。

「それはそれ。これはこれ。師匠のごはんが俺は一番」
「ああ。それは俺もそう思う。エリアスの作るものは一番だ」
「いや、本当。愛情が違いますよね、愛情が」
「揃いも揃って大げさなやつらだな」

 愛情の意味が不明の上に持ち上げが過剰すぎたので謙遜したものの、味が良いこと自体はあたりまえなのである。七年前の自分はがんばったのだから、そのくらい自負してもいいだろう。
 エリアスは、王立魔術学院をトップの成績で卒業している。その自分が、未知の料理の再現のために、薬草の調合技術と知識を駆使することになるなど誰が想像できようか。
 だが、しかし。エリアスはがんばったのだ。料理に一過言もなにもない、腹に入ればみな同じと思っていた、この自分が。
 ハーブの組み合わせに頭を悩ませ、野菜や果物を太陽の下で干し、時には煮込み。こちらの世界では誰も好んで口にしないものまで恐る恐る混入し。と、まぁ、下手をすれば、学院の卒業課題よりも時間をかけてがんばったわけである。
 理由は単純。見知らぬ世界に勝手な事情で飛ばされた気の毒な子どもが、故郷と似た味のものを食べるとほっとした顔を見せたからだ。
 はじめこそ同情だったものの、二年も過ごせば正しく情も湧く。エリアスにとっては、かわいい養い子のような側面もあったのだ。
 懐かしいことを思い返していたら、じっとハルトを見つめていたらしい。ほほえましそうにアルドリックが目を細めた。

「あいかわらず、エリアスは勇者殿がかわいくてしかたがないという顔をしているな」
「誰がそんな顔をした」

 覚えたバツの悪さで切り捨てたものの、アルドリックはしたり顔を崩さない。

「エリアスは自分が無表情だと思っているようだが、……いや、勇者殿のように表情が豊かだとは言わないが」
「あたりまえだ」

 ハルトは表情豊かで愛嬌がある。小さかったころは、本当にかわいかった。今のような意味のわからないことも言わなかったので、なおのこと。
 大きく頷けば、それだと言わんばかりの苦笑まじりの返事。

「なんだかんだで目によく感情が出るからな。見ればわかる」
「あ、それ。俺もわかりますよ。アルドリックさんの言うとおりで、師匠、けっこうわかりやすいから」

 黙々とスプーンを動かしていたハルトが、唐突に口を挟んだ。

「まぁ、それを自覚してないところがかわいいと俺は思うんだけど」
「黙ってくれ」

 切れ長の瞳をぱちくりとさせたアルドリックに向かって、ハルトがほほえむ。エリアスの制止など気にも留めない風情だ。いいかげんにしてくれ。

「あ、俺、今、師匠に求婚中なんです」
「黙れと言ったのが聞こえなかったか」

 地を這った声に笑ったのは、アルドリックのほうだった。

「これもあいかわらずというべきか、随分と勇者殿に振り回されているみたいだな」
「まったくだ」

 心の底からの同意を示して、やりとりを終わらせる。場を取りなすための苦笑でしかなかったからだ。

「そうかなぁ。俺のほうが振り回されてると思うんだけどなぁ」

 マイペースな呟きに、「正気か?」と問い質したくなったものの、エリアスはどうにか呑み込んだ。振り回す人間というものは、得てして自覚を持たないものである。

「……」

 それに、まぁ、なんと言うべきか。かつての自分たちがとんでもなく振り回したことは、事実だったので。その過去がある限り、エリアスはハルトに頭が上がり切らないのだった。
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