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案件5.硝子の右手

18:お化けの学校

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 そびえ立つ船岡小学校は、先日見たときと変わらず、なんとも言い難い淀んだ空気に覆われていた。
 帰りたいと口走りたくなる衝動を呑み込んで、飄々と進む細身のあとを追う。肩に引っかけられた錫杖からも先日と同じ嫌な音色がこぼれていて、それがまた行平を尻込みさせようとするのだ。
 
 ――いや、まぁ、フットワークが軽いのはけっこうなことだけどな。

 行平にとっても、引いてはこの小学校にとっても、ありがたいことであるはずなのだ。だから、模造紙を一瞥した呪殺屋に「じゃあ、出かけようか」と言われてすぐに時岡に連絡を取ったのである。
 
「学校のなかを見たいということでしたけれど、あの……お祓い、ですか?」

 行平と同じ思いだったらしく快諾してくれた時岡が、校舎を案内しながら、そう首を傾げた。六時に近い時間ということもあるのだろうが、校舎内に子どもの声はなく、ひっそりとしている。
 時岡によれば、職員室や学童で使用している教室がある棟以外はこんなものなのだそうだ。
  
 ……静かな学校って、それだけでなんか怖い感じはするんだよな。

 子どものころは、自分もそう感じていたかもしれない。放課後にひとりで歩いていたら妖怪に襲われるという噂に児童が怯える気持ちも、わかる気もする。

「お祓いというか、ちょっとした実験みたいなものだよ。だから、先生はもういいよ。付き合ってくれなくて」
「いえ、そういうわけには。依頼した責任がありますので」
「あぁ、そう」

 だから、その態度は改めろ、と呪殺屋を窘める代わりに、すみません、と行平が時岡に謝った。それは、まぁ、いくら許可を取ったとは言え、こんな不審者二人を校舎内で野放しにはできないだろう。
 いえいえ、と人のいい笑顔を見せてくれる時岡に救われた気分で、行平は呪殺屋に問いかけた。あまりにも迷いなく廊下を進んでいくので、気になったのだ。

「なぁ、ところで、おまえ、どこに向かってるんだ?」
「さぁ。俺は、痕跡を辿っているだけだから。どこに着くのかはわからないな」

 振り返ることもせず、さらりと呪殺屋が応じる。その手が握っているのは、友原雪奈から預かった模造紙だ。

「痕跡?」
「そう。この子どもが呼び出した『こっくりさん』のね。そういう意味では、滝川さんのほうがどこにたどり着くか、想像できるんじゃない?」
「あ……」

 五年二組。雪奈の記憶から視た教室のイメージが頭に湧く。納得したところで、行平はふと新たな疑問を覚えた。

「ということは、あの子たち、本当に呼び出してたのか」

 住職は、呼び出したかどうかはわからないと言っていたが、この男にはわかるらしい。

「あの、あの子たちって、ゆきちゃんたちのことですよね」
「あ、えぇ。そうです。あの模造紙も彼女が持っていたものなんですが」

 こそりと時岡に耳打ちをされて、行平も小さな声で事実を返した。この近くの寺に持ち込んだときは、わからないと言われたという話はさておいておく。

「そうなんですね。いい遊びとは思っていませんでしたが、まさか本当に呼び出すなんて……」
「思ってもいなかった?」

 呆れたふうに呪殺屋が口を挟む。

「はい。その、申し訳ない話ですが」
「まったくだね」
「呪殺屋」
「なに、滝川さん。趣味の良い遊びじゃないことは、あんただってわかるだろう。それとも、俺の話を聞いても、まだわからない?」
「いや、……それは、本当におまえの言うとおりだと思うが」

 どんどんと小さくなる行平の語尾を笑って、呪殺屋は階段を上り始めた。そうしてとある教室の前で止まる。予想したとおり、五年二組という表札がかかっている。

「ほら、そこ。いるよ、滝川さん」

 ためらいなく扉を引いた呪殺屋が、誰もいない教室の一点を見つめて呟いた。

「子どもに呼び出されて、ふらりと来てしまった哀れな霊が」
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