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案件5.硝子の右手

12:探偵と和尚

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 この一ヶ月で、果たして自分は何度この石段を上ったのだろうか。
 暗雲たる心地で、行平は石段の上にそびえたつ本堂を見上げた。自社ビルからほど近い仏閣で、「万」と改名して以来の行きつけの場所である。
 
 ――寺も神社も、好きじゃないんだけどな、本当は。

 だが、届いた心霊写真の始末を頼むことのできる心当たりが、ここしかなかったのだ。そもそも呪殺屋が引き受けてさえいてくれたら、事務所内で済んだ話だったっていうのに。
 ぶつくさと内心でぼやきながら、今日も行平は階段を上った。まだ年若い住職が、神職らしい心の広さで出迎えてくれることだけが救いである。

「どうも。たびたびすみません」
「おや、滝川さん」

 いらっしゃい、と作務衣で石畳を掃いていた住職が、にこりと相好を崩す。佇まいからにじむ慈愛に満ちた雰囲気が、いかにも人のいい穏やかさだ。
 
「今日も心霊写真ですか?」

 はは、と行平は苦笑に似た笑みを返した。

「実はそうなんです。それと、あともうひとつ。別件でもお時間をいただきたいのですか」
「もちろんですよ。どうぞこちらへ」
「すみません、本当に」
「とんでもない。ちょうどいいお茶菓子もあるんですよ」

 にこにことほほえむ顔に心癒される気分で、ありがとうございます、と頭を下げる。同じ特殊な力の持ち主であっても、ビルの連中とは雲泥の差の人格者である。
 住職に続いて靴を脱いでいると、風に乗って小学校のチャイムが流れてきた。

 ――ゆきちゃん、今日は行ってるかな。

 そんなすぐには難しいかもしれないが、あの部屋から外に出ることができていたらいいと思う。


「うーん、だぶん、これは心霊写真ではないと思いますねぇ」
 
 行平が渡した写真をしげしげと眺めていた住職が、そう判じて顔を上げる。

「そうですか、よかった……」

 心霊写真ではないという言質を得て、行平はほっと胸を撫で下ろした。やはり、人間、専門家に違うと断じてもらうだけで安心できるらしい。
 そう思うと、時岡の「ゆきちゃんの話を専門家として聞いてほしい」という頼みは、的確な対応だったのだ。

「ですが、もし、気になるようであれば、こちらでお祓いしておきますが。どうされますか」
「いや、その言葉で十分です。問題はなかったとお伝えすれば、相手方も安心されるでしょうから」

 もっともらしい文面を添えて、送り返そう。ついでに、これからは近くの寺にでも持って行けという助言も添えてやろう。
 返却された写真を封筒に仕舞っていると、住職が「そういえば」と口を開いた。

「滝川さんも、大変ですねぇ。こうも何件も心霊写真が送られてくるなんて。しかし、最近はその手ものが流行ってるんですかねぇ」
「流行ってる、ですか」
「いえ、ね。ここのすぐ近くに小学校があるでしょう。そこの子どもさんがね、最近うちによく来るんですよ。『お化け、憑いてないですか』って」

 お化け、憑いてないですか。その言葉に、友原雪奈の顔が浮かぶ。溜息を呑み込んで、行平は鞄から空き缶を取り出した。

「その子どもたちは、こっくりさんをやっていたと言っていませんでしたか」
「あぁ、やっていると言っていた子もいましたね。なんでも、学校で流行っているそうで。あまりよくはないと思うのですが、子どもの興味は無限大ですからね」

 まぁ、ここに来た子たちは、みんな反省していたようですけどね、と続けた住職が、それが、なにか、と首を傾げる。

「実は……」

 冠の蓋を開けて、行平は昨日の話をとつとつと語った。
 こっくりさんが流行っていること。学校にお化けが出ると噂になっていること。そして子どもたちが怖がっていること。
 神妙に聞き終えた住職が、空き缶に手を伸ばす。
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