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案件5.硝子の右手
07:探偵と呪殺屋と依頼人2
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「折角ですので、よろしければ、小学校の前を通って行かれませんか。ゆきちゃんの家にはそちら周りでも行けますので」
昨日より距離を置かれている気がするのは、果たして気のせいだろうか。
事務所で平謝りだった行平に、「子どもたちで慣れていますから、お気になさらず」と、時岡はほほえんでいたが、それを鵜呑みにするほど単純にはできていない。
――いや、これは仕事だ、仕事。
そうして、大人の対応をしてもらったことをありがたく思うべきだろう。
言い聞かせることでどうにか罪悪感に蓋をした行平は、「では、ぜひ」と頷いて応じた。にこ、と人のいい顔で笑った時岡が、少し先の曲がり角を視線で示す。
「この道を折れて五分も歩けば、見えてきますよ。もしあのビルに子どもさんがいらっしゃったら、うちの小学校になりますねぇ」
船岡小学校は、事務所から見て北の方角に位置している。地図情報として把握しているものの、あまり足を運んだことはない地区だった。
時岡に続いて角を曲がったところで、ぐるりと周辺を見渡す。小学校が近いというわりには、いやに静かだ。最近は学童だとかなんだとかで、夕方のこのくらいの時間帯でも子どもの声が響いていることが多い気がするのだが。
「随分と静かですね。船岡小は学童などは……」
「あぁ」
行平の疑問に、時岡が眉を下げた。
「もちろん学童はありますし、今日もやっていますよ。ただ最近は、みんな学童で使用されている教室に固まりきりで、校庭で遊ぼうとしないんですよね」
「校庭にも、お化けの噂が?」
「校庭、ではないんですけど。放課後にひとりでいるときに化け物に追いかけられたっていう噂をみんな怖がっちゃってて」
それで、と時岡が言う。みんなで一室に固まって騒いでいたら安心だ、ということなのかもしれない。
――それは、やっぱり、かわいそうだな。
お化けを怖がって、自由に遊ぶこともできないというのは。神妙に行平は相槌を打った。
「そうですか」
「そうなんですよ。まぁ、先生方の中には、中でしっかり宿題をやってるならいいことだ、なんて仰る方もいたんですけど……」
「まさか、その先生も見ちゃったり、とか」
「そうなんですよぅ。そうなるとさすがに笑えないというか、まぁ、私は笑っちゃったんですけど」
くすくすと思い出したように、時岡が笑みをこぼす。
「その先生が大きな身体を縮めて泣きついてこられるものだから、堪え切れなくなっちゃいまして。それで、代わりに私が見回りをして、その先生をおうちまでお送りしたんですよ」
「それは……」
大変でしたね、と口の中でもごもごと行平は応じた。笑っていいのかどうか、判断に迷ったからである。
「私はまったく遭遇したことがないので、ぜんぜんなんですけど。怖がっている先生は怖がっていらっしゃいますね」
「先生は、たぶん見ないと思うよ」
それまでずっと黙ってうしろを歩いていた呪殺屋が、ぽつりと口を挟んだ。
「え? 先生って、私のことですか?」
「そう。あんた、びっくりするくらい感度が低いから」
「はぁ。専門家さんだと、そういうこともわかるんですねぇ」
彼女はいたく素直に感心しているが、果たしてどこまで真実なのか。今日の呪殺屋の取り扱いは、常よりさらに難しい。あまりふたりきりで会話をさせないようにしよう、と行平は割り込んだ。
「ちなみに、多発している心霊現象に心当たりっておありなんですか」
「これを心当たりと申すと、笑われるかもしれませんが……」
「笑いはしませんよ。我々は専門家です」
自分は専門家ではないかもしれないが、呪殺屋は専門家である。嘘は言っていない。堂々と首を縦に振った行平に、実は、と時岡が話し始めた。
「うちの小学校、こっくりさんが流行っているんです。私が子どもだったころならいざ知らず、なんで流行り出したのか不思議なのですが」
「流行ってるというと、……生徒さんの半分くらいはやっていらっしゃる、というような認識ですか」
「正確にはわかりませんが、体感としてはそうですね。とくに女の子は、やってない子のほうが少ないかもしれません」
ちら、と呪殺屋に視線を送る。あまり良い感じがしなかったからだ。その視線を受けて、呪殺屋が軽く肩をすくめた。
「それは、あまりよくないかもしれないな」
「え……?」
「人間も、自分に興味を持ってくれる誰かには好意を示して近づくだろう。霊もそれと同じだ。求められた場所に現れる。百物語をしていると霊が集まるという話を聞いたことはない? そういうことだよ」
困惑している時岡に代わって、「つまり?」と話を促す。
「霊が集まりやすくなっていても、なにも不思議はないんじゃないかな」
その台詞を証明するように、呪殺屋が肩にひっかけている錫杖がしゃなりと音を立てた。
行平は経験則として、この音の恐ろしさを知っている。人ではないもの。不可思議。そういったものを前にしたときに、この鈴は鳴るのだ。
学校は、もう目前である。
昨日より距離を置かれている気がするのは、果たして気のせいだろうか。
事務所で平謝りだった行平に、「子どもたちで慣れていますから、お気になさらず」と、時岡はほほえんでいたが、それを鵜呑みにするほど単純にはできていない。
――いや、これは仕事だ、仕事。
そうして、大人の対応をしてもらったことをありがたく思うべきだろう。
言い聞かせることでどうにか罪悪感に蓋をした行平は、「では、ぜひ」と頷いて応じた。にこ、と人のいい顔で笑った時岡が、少し先の曲がり角を視線で示す。
「この道を折れて五分も歩けば、見えてきますよ。もしあのビルに子どもさんがいらっしゃったら、うちの小学校になりますねぇ」
船岡小学校は、事務所から見て北の方角に位置している。地図情報として把握しているものの、あまり足を運んだことはない地区だった。
時岡に続いて角を曲がったところで、ぐるりと周辺を見渡す。小学校が近いというわりには、いやに静かだ。最近は学童だとかなんだとかで、夕方のこのくらいの時間帯でも子どもの声が響いていることが多い気がするのだが。
「随分と静かですね。船岡小は学童などは……」
「あぁ」
行平の疑問に、時岡が眉を下げた。
「もちろん学童はありますし、今日もやっていますよ。ただ最近は、みんな学童で使用されている教室に固まりきりで、校庭で遊ぼうとしないんですよね」
「校庭にも、お化けの噂が?」
「校庭、ではないんですけど。放課後にひとりでいるときに化け物に追いかけられたっていう噂をみんな怖がっちゃってて」
それで、と時岡が言う。みんなで一室に固まって騒いでいたら安心だ、ということなのかもしれない。
――それは、やっぱり、かわいそうだな。
お化けを怖がって、自由に遊ぶこともできないというのは。神妙に行平は相槌を打った。
「そうですか」
「そうなんですよ。まぁ、先生方の中には、中でしっかり宿題をやってるならいいことだ、なんて仰る方もいたんですけど……」
「まさか、その先生も見ちゃったり、とか」
「そうなんですよぅ。そうなるとさすがに笑えないというか、まぁ、私は笑っちゃったんですけど」
くすくすと思い出したように、時岡が笑みをこぼす。
「その先生が大きな身体を縮めて泣きついてこられるものだから、堪え切れなくなっちゃいまして。それで、代わりに私が見回りをして、その先生をおうちまでお送りしたんですよ」
「それは……」
大変でしたね、と口の中でもごもごと行平は応じた。笑っていいのかどうか、判断に迷ったからである。
「私はまったく遭遇したことがないので、ぜんぜんなんですけど。怖がっている先生は怖がっていらっしゃいますね」
「先生は、たぶん見ないと思うよ」
それまでずっと黙ってうしろを歩いていた呪殺屋が、ぽつりと口を挟んだ。
「え? 先生って、私のことですか?」
「そう。あんた、びっくりするくらい感度が低いから」
「はぁ。専門家さんだと、そういうこともわかるんですねぇ」
彼女はいたく素直に感心しているが、果たしてどこまで真実なのか。今日の呪殺屋の取り扱いは、常よりさらに難しい。あまりふたりきりで会話をさせないようにしよう、と行平は割り込んだ。
「ちなみに、多発している心霊現象に心当たりっておありなんですか」
「これを心当たりと申すと、笑われるかもしれませんが……」
「笑いはしませんよ。我々は専門家です」
自分は専門家ではないかもしれないが、呪殺屋は専門家である。嘘は言っていない。堂々と首を縦に振った行平に、実は、と時岡が話し始めた。
「うちの小学校、こっくりさんが流行っているんです。私が子どもだったころならいざ知らず、なんで流行り出したのか不思議なのですが」
「流行ってるというと、……生徒さんの半分くらいはやっていらっしゃる、というような認識ですか」
「正確にはわかりませんが、体感としてはそうですね。とくに女の子は、やってない子のほうが少ないかもしれません」
ちら、と呪殺屋に視線を送る。あまり良い感じがしなかったからだ。その視線を受けて、呪殺屋が軽く肩をすくめた。
「それは、あまりよくないかもしれないな」
「え……?」
「人間も、自分に興味を持ってくれる誰かには好意を示して近づくだろう。霊もそれと同じだ。求められた場所に現れる。百物語をしていると霊が集まるという話を聞いたことはない? そういうことだよ」
困惑している時岡に代わって、「つまり?」と話を促す。
「霊が集まりやすくなっていても、なにも不思議はないんじゃないかな」
その台詞を証明するように、呪殺屋が肩にひっかけている錫杖がしゃなりと音を立てた。
行平は経験則として、この音の恐ろしさを知っている。人ではないもの。不可思議。そういったものを前にしたときに、この鈴は鳴るのだ。
学校は、もう目前である。
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