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案件5.硝子の右手
03:小学校の怪
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「心霊現象、ですか」
行平に勧められるままソファに腰かけた女性は、自分をこの近くの区立船岡小学校の教師であると名乗った。時岡優海。今は五年二組を受け持っているのだそうだ。
その小学校が、今、心霊現象に悩まされているらしい。一息にそこまで説明した時岡は、そっとお茶を口にした。そうしてから、行平の隣に座っている呪殺屋に窺うような目を向ける。
当然と言えば、当然の反応であった。この見た目が、怪しくないはずがない。似非臭いくらいの笑みで行平は取り繕おうと試みた。
「あぁ、これは助手の呪……神野です。見た目は若いですが、実力は折り紙つきですので、どうぞご安心を」
「あの、いえ。お聞きしていたとおりで安心しました。そちらの方が怪奇の専門の方なのでしょうか」
予想外の返答に、行平は思わず呪殺屋を見やった。もしや、おまえが、なにか噂を蒔いたのか。疑惑に満ちた視線に、呪殺屋がしれっと肩をすくめる。
言動から読み取ることを諦めて、行平は時岡に問いかけた。
「失礼ですが、ここのことは、どちらから」
「あ、失礼いたしました。私の年の離れた妹が、こちらのビルの占い屋さんに足しげく通っておりまして、そこでこちらのお噂を」
詐欺師か、との呻きはどうにか呑み込む。ろくでもない客を呼び込んだのだとしたら、あとでしめる。
密かに決意して、行平は再びの笑みを張りつけた。
「ちなみに、どんな噂でしたか、それは」
「ええと、……個性的な探偵さんと、有能な霊媒師さんがいると」
霊媒師ではないんだけどね、という呪殺屋の呟きを打ち消すように、行平は大袈裟な笑い声を上げた。
「いや、はっはっは、任せてください。うちは探偵業の他に、こんな場合に備えて、有能な霊媒師がいますからね!」
「滝川さん……」
「ちょっと、黙っていてくれるか、助手よ。そして一緒に話を聞いてもらいたい。それでは、時岡さん。詳しいお話をお聞かせいただけますか。心霊現象と仰っていましたが、具体的にはどのようなことが?」
心霊現象と聞いて行平の頭に浮かぶのは、ポルターガイストと心霊写真がせいぜいである。隣と正面から突き刺さる呆れと困惑に気づかないふりで、営業用の笑みを浮かべ続けること、数秒。
言葉を選ぶゆっくりとした調子で、時岡が話し始めた。
「もともと怪談の多い学校ではあったんです。よくある話だとは思うのですが、昔は処刑場だったと言われておりまして。ただ、最近、その手の噂が蔓延しすぎているといいますか……。子どもたちが、お化けがいると怖がるんです」
たとえば、あるクラスでは、生徒が一人増えていると子どもたちが担任教師に訴えるのだとか。
担任教師がそんなことはないと言っても聞かず、実際に数を数えてみると、たしかに一人多いのだそうだ。
けれど、不思議なことに、どの生徒が増えた子どもなのか、誰にもわからないのだという。
「ほかにも、本当にいろいろとあるんです。音楽室にはお化けがいるから入りたくないと騒いで授業にならないだとか。それと、これはうちのクラスの話なんですけど」
「五年生を受け持っていらっしゃると仰っていましたね」
「そうなんです。五年二組なんですが、教室の窓から人が落ちる瞬間を目撃する生徒が多発しているんです。同時に何人もの生徒が見ることもあるのですが、もちろん誰も飛び降りてはいませんし、私自身は見たことはないのですが」
困ったようにほほえむ時岡に、行平は「なるほど」と相槌を打った。ひとりで放課後に廊下を歩いていると、妖怪のような化け物に追いかけられたという話まであるらしい。
B級お化け映画みたいだなという感想は、もちろん口にはしない。
「どれも、些細な噂だと思うんです。ただ、……見たと言う子どもたちの表情があまりにも鬼気迫っていて、嘘とは思えませんで。先生方のなかには、子ども特有の集団ヒステリーのようなものじゃないかと仰る方も多いのですが」
誰か一人が「幽霊を見た」と言えば、ほかの生徒たちも実際には見えていなくとも「見えた」、「いる」と思い込み、パニックが伝染していく。十数人が過呼吸を起こし、病院に搬送された事例も実際に存在しているくらいだ。有り得ない話ではないだろう。
最初の一人が見た幽霊が本物かどうかは、たしかめようもないが。
「そんなお化けはいないよといくら説得したところで、説得力はないようで。怖がって学校に来なくなってしまう生徒が増えて、困ってるんです」
「はぁ、なるほど」
いるかどうかわからない幽霊よりも、増え続ける不登校児のほうが、学校としては大問題だろう。今度こそ得心して、行平はそう頷いた。
行平に勧められるままソファに腰かけた女性は、自分をこの近くの区立船岡小学校の教師であると名乗った。時岡優海。今は五年二組を受け持っているのだそうだ。
その小学校が、今、心霊現象に悩まされているらしい。一息にそこまで説明した時岡は、そっとお茶を口にした。そうしてから、行平の隣に座っている呪殺屋に窺うような目を向ける。
当然と言えば、当然の反応であった。この見た目が、怪しくないはずがない。似非臭いくらいの笑みで行平は取り繕おうと試みた。
「あぁ、これは助手の呪……神野です。見た目は若いですが、実力は折り紙つきですので、どうぞご安心を」
「あの、いえ。お聞きしていたとおりで安心しました。そちらの方が怪奇の専門の方なのでしょうか」
予想外の返答に、行平は思わず呪殺屋を見やった。もしや、おまえが、なにか噂を蒔いたのか。疑惑に満ちた視線に、呪殺屋がしれっと肩をすくめる。
言動から読み取ることを諦めて、行平は時岡に問いかけた。
「失礼ですが、ここのことは、どちらから」
「あ、失礼いたしました。私の年の離れた妹が、こちらのビルの占い屋さんに足しげく通っておりまして、そこでこちらのお噂を」
詐欺師か、との呻きはどうにか呑み込む。ろくでもない客を呼び込んだのだとしたら、あとでしめる。
密かに決意して、行平は再びの笑みを張りつけた。
「ちなみに、どんな噂でしたか、それは」
「ええと、……個性的な探偵さんと、有能な霊媒師さんがいると」
霊媒師ではないんだけどね、という呪殺屋の呟きを打ち消すように、行平は大袈裟な笑い声を上げた。
「いや、はっはっは、任せてください。うちは探偵業の他に、こんな場合に備えて、有能な霊媒師がいますからね!」
「滝川さん……」
「ちょっと、黙っていてくれるか、助手よ。そして一緒に話を聞いてもらいたい。それでは、時岡さん。詳しいお話をお聞かせいただけますか。心霊現象と仰っていましたが、具体的にはどのようなことが?」
心霊現象と聞いて行平の頭に浮かぶのは、ポルターガイストと心霊写真がせいぜいである。隣と正面から突き刺さる呆れと困惑に気づかないふりで、営業用の笑みを浮かべ続けること、数秒。
言葉を選ぶゆっくりとした調子で、時岡が話し始めた。
「もともと怪談の多い学校ではあったんです。よくある話だとは思うのですが、昔は処刑場だったと言われておりまして。ただ、最近、その手の噂が蔓延しすぎているといいますか……。子どもたちが、お化けがいると怖がるんです」
たとえば、あるクラスでは、生徒が一人増えていると子どもたちが担任教師に訴えるのだとか。
担任教師がそんなことはないと言っても聞かず、実際に数を数えてみると、たしかに一人多いのだそうだ。
けれど、不思議なことに、どの生徒が増えた子どもなのか、誰にもわからないのだという。
「ほかにも、本当にいろいろとあるんです。音楽室にはお化けがいるから入りたくないと騒いで授業にならないだとか。それと、これはうちのクラスの話なんですけど」
「五年生を受け持っていらっしゃると仰っていましたね」
「そうなんです。五年二組なんですが、教室の窓から人が落ちる瞬間を目撃する生徒が多発しているんです。同時に何人もの生徒が見ることもあるのですが、もちろん誰も飛び降りてはいませんし、私自身は見たことはないのですが」
困ったようにほほえむ時岡に、行平は「なるほど」と相槌を打った。ひとりで放課後に廊下を歩いていると、妖怪のような化け物に追いかけられたという話まであるらしい。
B級お化け映画みたいだなという感想は、もちろん口にはしない。
「どれも、些細な噂だと思うんです。ただ、……見たと言う子どもたちの表情があまりにも鬼気迫っていて、嘘とは思えませんで。先生方のなかには、子ども特有の集団ヒステリーのようなものじゃないかと仰る方も多いのですが」
誰か一人が「幽霊を見た」と言えば、ほかの生徒たちも実際には見えていなくとも「見えた」、「いる」と思い込み、パニックが伝染していく。十数人が過呼吸を起こし、病院に搬送された事例も実際に存在しているくらいだ。有り得ない話ではないだろう。
最初の一人が見た幽霊が本物かどうかは、たしかめようもないが。
「そんなお化けはいないよといくら説得したところで、説得力はないようで。怖がって学校に来なくなってしまう生徒が増えて、困ってるんです」
「はぁ、なるほど」
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