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案件4.愚者の園

15:『愚者の園』

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「呪殺屋のサイトは実在していました」

 事務所のテーブルにサイトのページをプリントアウトしたものを並べて、行平は言葉を継いだ。

「呪殺屋にも逢いました。まだ若い男でしたよ」

 行平が提示した調査書に目を落としていた相沢がふっと笑った。

「いい男だっただろう、案外」
「相沢さん」

 底意地の悪い笑みに、行平は嘆息した。

「知ってたんなら、俺に依頼しなくてもいいでしょうに」
「俺が知ってるってわかっていても、こうやって律儀に結果を伝えてくるからな、おまえは」
「馬鹿にしてますよね、絶対」
「いや? おまえのそれは嫌いじゃない」

 調査書をテーブルに戻して、相沢が足を組み替えた。

「相沢さん」

 訊こうかどうしようか。訊いたところで意味はないのかもしれない。そう疑いながらも、行平はすっと息を吐いた。

「なんで、俺に調べろなんて言ったんですか?」

 相沢のことを信じていないつもりではない。けれど、知らないことが多すぎると思ってもいる。
 相沢は読めない瞳を笑ませたあとで、言った。

「おまえが知っておいて損はないと思ったからだ」
「あなたの口から聞いたのでは意味がないと?」
「自分で判断すべきなんだ、本来なら全部な」

 人から聞かされた情報ではなく、自分の眼で。手で。
 それは、行平の知る相沢らしいと素直に思った。警察署にいた折も、相沢はそうだった。行平が判断したものであれば、根拠が「視える手」であっても、しっかりと耳を傾けてくれた。

「あれはあなたの関係者なんですか」
「関係者だというと語弊はあるが、否定はしない。ただ、俺にはあんな化け物染みた力はないから、妙な期待はするなよ」

「しませんよ」苦笑して、行平は机上の紙面を一か所に集めた。またファイリングが増えることになる、きっと。

「だから、神野もこのビルに入居させたんですか」

 いつか役に立つと思ったから拾った。そう言っていたのは、相沢本人だ。神野も見沢の兄妹も。ここにいるのは、一筋縄ではいかない人間ばかりだ。

「おまえと一緒だ」
「は? 俺と、ですか」
「ここにいたほうがいい人種もいるってことだ。変なものばかりが集まる場所だからな」
「化け物ビルってやつですか」

 これも相沢が言っていた台詞だ。けれど、否定しようとはもう思えなかった。必要とあらば、きっと行平も右手を使う。
 それで救えるなにかがあるならば。

「化け物だらけだからこそ、わかりあえるものもあるってことだろう」
「まだ謎だらけですけどね」

 呪殺屋も、詐欺師も、そして自分の記憶ですらも。
 けれど、そのすべてがこれから付き合っていけばいいものだ。このビルにいる限り。

「頼んだぞ、管理人」

 片眉を上げた相沢に、行平は苦笑して頷いた。またなにかあれば頼む。そう言って、相沢が立ち上がった。
 探偵事務所のドアを出る寸前、相沢が振り返った。

「そういえば、滝川。知ってるか? このビルの名前」
「名前? 化け物ビルじゃないんですか」

 そもそもそれも名称なのかどうかは疑わしいけれども。首を傾げた行平に相沢が口元を笑ませた。

「愚者の園」
「愚者って、愚か者ですか」

 あんまりと言えばあんまりな名称だった。そして付けたのは間違いなくこの人だと確信する。

「紛い物同士、補い合って生きていくための掃きだめだ。おまえにぴったりだろう?」

 ――紛い物。

 それは、あの呪殺屋が口にしていた台詞と同じだった。行平は自身の右手に視線を一度落とした。
 それから顔を上げる。

「そうですね」

 補い合って生きていく。きっと、そういう場所なのだ、ここは。
 そして、再生の場所。まだまだわからないことばかりだけれど。ここにいれば変わっていくのだろう。良くも悪くも。生きているのだから。
 相沢を見送ると、のそのそと犬が近づいてきた。マイペースな犬も、来客時は離れた場所に行く習性ができたらしい。
 いい加減、『犬』以外の名前を付けてやろうかとも思うが、存外『犬』という名前に愛着が沸いてしまった。
 それもこれも全部、呪殺屋のせいだ。
 やけくそ気味に総括して犬を抱き上げる。途端、見計らったように事務所の電話が鳴った。商売繁盛、良いことだ。

「はい。滝川万探偵事務所。――えぇ、はい。他所では相手にされないような相談でもうちは承りますよ。例えば、そう、不可思議もね」
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