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案件4.愚者の園

08:探偵と詐欺師

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「あら。それでまたあたしに白羽の矢が立ったわけぇ?」

 嫌そうな口調の割には顔が笑っている。事務所ではなく自分の仕事場に直帰した行平の姿に、見沢は閉店の札を外のドアノブに引っかけた。行平と入れ違いで階段を下りて行った少女が、本日最後の客だったらしい。

「ちなみに、あたしは神ちゃんが全面的に正しいと思うわよ。あなたの話を聞いてる限り。呪殺なんて外法に手を出すなら、最後まで責任は自分で持つべきなのよ」
「いや、べつにそこは俺としては、どうでもいいというか」
「どうでもいい?」

 見沢の言葉尻が跳ね上がる。

「あなたねぇ、神ちゃんがいたから、そんな悠長なことを言っていられるのよ。いい? あの子がいなかったら、あなたの目の前であの女子高生は死んでいたでしょうし、あなたもあなたの母親も死んでいたかもしれないのよ」
「お、おう。悪かった」
「わかってないわよ。つまり、本来であれば持つべきだった術者の業を、神ちゃんが振り払ってるのよ。まぁ、あの子は自分の勝手だって言っていたけれどね」

 大仰な溜息を吐いて見沢が続けた。

「あの子たちの業を、すべて代わりに神ちゃんが負っている。それがどういうことなのか知ってから、どうでもいいと言うべきよ。特に、あなたはね」
「呪いを打ち返すのって、やっぱり結構負担……というか、反動があるものなのか?」
「あのねぇ、ゆきちゃん。いくらあの子がしれっとやってみせるからって、頼り過ぎよ」

 相手が正統な呪殺屋じゃないとは言え、中途半端な素人だからこそ面倒なこともあるのよ。意味深に見沢が肩をすくめた。

「半分くらいはあなたと同じ人間なんだから、無敵だなんだってタカをくくらないことね」
「半分くらいは、って。わかってるよ」

 あいつが人間だってことくらい。憮然と応じた行平に見沢が小さく笑った。居心地が悪いのは、疑いようもなく図星だからだ。たしかにずっと、あの男に頼って、任せている。

「まぁ、呪殺屋が流行っているらしいことは否定しないわよ。さっき来ていた若い女の子も言ったもの」
「なにをだよ。呪殺屋のことをおまえに占ってもらいに来たのか?」
「図星を指されたからって拗ねるのはおやめなさいよ。ゆきちゃん、あなたもいい年でしょうに。仕方ないから、教えてあげるけど」

 見沢がおもむろにシャッフルしたカードから一枚引き抜いた。行平からすればいつもの手だが、ここを訪れる少女たちにとっては神の一手に等しいのかもしれない。先ほど階段ですれ違った少女の横顔を、行平は思い出そうとした。

「占ってほしいという依頼で一番多いのは、恋愛相談よ。さっきの子もそうだったわね。可哀そうと言えば可哀そうな話だったんだけど。その子ね、付き合っていた彼氏を自分の親友にとられちゃったんですって」
「って、まだ高校生か中学生くらいだろ?」

 よくある話じゃない、と一蹴されて行平は眉間にしわを刻んだ。交番に勤務していたころは、たしかにぶっとんだ子どもをよく見たが、先程すれ違った少女は、その子たちとも雰囲気が違っていたように記憶している。いかにも大人しそうな、純朴そうな少女。

「男を取り戻したい。親友に罰を与えたい。でもね、それはあたしの管轄じゃないわ。あたしはただ未来を提示してあげるだけだもの。そう言ったら、その子なんて言ったと思う?」
「まさか……」
「そのまさか、よ。じゃあいい、呪殺屋に頼んで殺してもらうから、ですって」

 一枚のカードが浮かび上がった。デス。死神。見沢の眼に、揶揄する微笑が浮かぶ。行平は嘆息した。

「命の軽い時代になったこと」
「その子はどうやって呪殺屋とコンタクトをとるつもりなんだ?」

 何度検索しても行平も辿り着けなかったそれ。尋ねた行平に、見沢が瞳を瞬かせた。

「あら。べつにその子がどうやってコンタクトをとろうとしているのかは知らないけど。もし、ゆきちゃんが見たいなら見せてあげるわよ。サイト」
「おまえ、サイトを見たことがあるのか?」
「見たことはなくても、探せるわよ、簡単に。神ちゃんだって、すぐに見つけられたと思うけど? 頼まなかったの?」

 不思議そうに問いかけられて、行平は曖昧に誤魔化した。その態度に、見沢が薄く目を細める。
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