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案件3.天狗の遠吠え

13:雨の約束

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「あいつには、おまえばかりで以外がない。哀れだよ。それで、あいつをそういう化け物にしたのは、おまえだ」
「拾ったのがあんたなら、責任はあんたが持つべきでしょう。俺に押し付けないでくださいよ」

 あんたは責任を持つだろう、俺は持たないけど。そう言って犬を押し付けてきた男がいた。その『犬』も、今はいない。在るべきところに戻っていった。

「今はおまえの管理下だろうが。それに、俺が先かおまえが先かと言えば、おまえだ」

 意味がわからないと思いたかった。相沢がドアを開けると、ビル内部に溜まり込んでいた生温い風が微かに吹き込んでくる。台風のような大雨のせいか、湿度は低かった。夏だというのに、少し寒いくらいだ。

「おまえが真実を視れば、すべては終わる。それだけだ」

 ドアが閉まる間際。確かに届いた台詞に、行平は顔を歪めた。雨音に交じって足音が遠ざかっていく。

「なんなんだよ……」

 唸るような声になった。くしゃりと前髪を掻き回して舌を打つ。相沢も、呪殺屋も、詐欺師も、だ。
 全員が雁首を揃えたかのように、同じことを言ってのける。
 それは偽物だ。おまえもわかっているんだろう、だから、早く認めろ、と。
 だったら、最初から逢わせないでほしかった。夢を持たせないでほしかった。縋らせないでほしかった。

「お兄、ちゃん」

 か細い声に、行平ははっと表情を取り繕った。事務所と居住区とを繋ぐドアが開いている。いつもの背格好の妹が立っていた。今日に限れば肌寒いとは言え、それにしても、暑くはないのだろうか。ピンクのパーカーにグレーの厚手のタイツを履いている。それは、夏にする格好ではない。今は、真夏なのに。

「おはよう、このみ」

 このみは挨拶も返さないで、ただただ行平を見ていた。白い、瞳で。

「お兄ちゃん。あのお約束、今日でもいい?」
「約束?」

 ドアを掴んだままのこのみの傍まで足を進める。

「このみのお誕生日に、連れて行ってほしいところがあるって言ったでしょう? でも、お誕生日じゃ間に合わないかもしれないの」
「どこ?」
「キャンプ場。ねぇ、いいでしょ?」

 それがどこのキャンプ場なのかは、聞くまでもなかった。行平は迷わなかった。

「いいよ」

 それがこのみの望みなら。たとえ、紛い物であったとしても、目の前にいる、この妹の為だったらば。

「雨降りだけどな」

 あの日は、よく晴れていた。

「関係ないよ」

 さらりと応じた妹が玄関に向かおうとする。その背を呼び止めて、行平は犬の様子を見に行った。寝ぼけ眼でタオルケットに鼻を擦りつける犬の傍に水の容器と餌の容器を置いてやって、朝にもかかわらず窓を閉めて冷風を調整する。帰りはいつになるかわからないと思ったからだ。
 不思議そうに行平と犬を見ている妹に、行平は言い聞かせるでもなく口にした。

「生きてるとな、ちゃんと看てやらないと、駄目になっちゃうんだ」
「ふぅん。じゃあこのみには関係ないね」

 犬の頭を撫ぜようとしていた手の動きが止まった。ぎこちなく振り返った先で、妹が笑う。

「もういいでしょ。お兄ちゃん、早く行こう?」

 待ちきれない風情の妹の手を、行平は取った。傘を持って外に出る。雨の所為だろうか。妹からは、どこか懐かしい土の匂いがした。
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