32 / 92
案件3.天狗の遠吠え
08:探偵と呪殺屋2
しおりを挟む
「お兄ちゃん」
このみの声が室内に響く。その途端、錫杖の打ち鳴る音が一層けたたましくなった。
「お兄ちゃん、怖い。嫌だ。このみ、あのお兄ちゃん、嫌いだよ」
「このみ」
はっとして行平は小さな妹に視線を合わせる。
「大丈夫だよ、このみ」
その言葉に、このみは嬉しそうに瞳を和ませた。
「大丈夫だから」
握った手の中で、このみの柔らかな指が行平の手のひらをなぞる。鳴り響く金属音が引いては寄せる波のように反響し始めていた。
いつ鳴りやむのだろうか。鳴りやむことはあるのだろうか。
現実逃避を断罪するように、呪殺屋が口火を切る。
「その嘘は、正しくない」
「……呪殺屋」
「誰かを守るためでもなければ、救うためでもない。あんたの今を取り繕うためだけのものだ」
「呪殺屋!」
たまらず発した行平の叫びに、リンという短い音を最後に錫杖が沈黙する。呪殺屋は、なにも言わない。ただ静かに行平を見ていた。
「止めてくれ、頼むから!」
わかっている、わかっている。言われなくとも。けれど、その嘘の中に本物がいるかもしれないではないか。そう思うから駄目なのだとわかっている。
でも、わかっていても、行平は小さな手を離せなかった。きっと、自分からはもう二度と離せない。
「お兄ちゃん」
いかにも心配そうに妹が行平を呼ぶ。その呼び方は、行平の記憶にあるものとまったく同じだった。まったく同じなのだ。
鳴りやんだはずの錫杖が、またリンリンと涼やかな音を奏で出す。無造作に錫杖を振って呪殺屋が肩にかけると、その音は鳴りやんだ。
「あんたが俺にお願いをするとは、珍しい」
呆れたような声だった。
「滝川さん」
行平は、なにも言えなかった。ただ妹の手を握る手に力を込める。
「俺はね、本当に恐ろしいのは、神隠しでも妖怪でもなんでもない。人間だと思うよ」
このみの声が室内に響く。その途端、錫杖の打ち鳴る音が一層けたたましくなった。
「お兄ちゃん、怖い。嫌だ。このみ、あのお兄ちゃん、嫌いだよ」
「このみ」
はっとして行平は小さな妹に視線を合わせる。
「大丈夫だよ、このみ」
その言葉に、このみは嬉しそうに瞳を和ませた。
「大丈夫だから」
握った手の中で、このみの柔らかな指が行平の手のひらをなぞる。鳴り響く金属音が引いては寄せる波のように反響し始めていた。
いつ鳴りやむのだろうか。鳴りやむことはあるのだろうか。
現実逃避を断罪するように、呪殺屋が口火を切る。
「その嘘は、正しくない」
「……呪殺屋」
「誰かを守るためでもなければ、救うためでもない。あんたの今を取り繕うためだけのものだ」
「呪殺屋!」
たまらず発した行平の叫びに、リンという短い音を最後に錫杖が沈黙する。呪殺屋は、なにも言わない。ただ静かに行平を見ていた。
「止めてくれ、頼むから!」
わかっている、わかっている。言われなくとも。けれど、その嘘の中に本物がいるかもしれないではないか。そう思うから駄目なのだとわかっている。
でも、わかっていても、行平は小さな手を離せなかった。きっと、自分からはもう二度と離せない。
「お兄ちゃん」
いかにも心配そうに妹が行平を呼ぶ。その呼び方は、行平の記憶にあるものとまったく同じだった。まったく同じなのだ。
鳴りやんだはずの錫杖が、またリンリンと涼やかな音を奏で出す。無造作に錫杖を振って呪殺屋が肩にかけると、その音は鳴りやんだ。
「あんたが俺にお願いをするとは、珍しい」
呆れたような声だった。
「滝川さん」
行平は、なにも言えなかった。ただ妹の手を握る手に力を込める。
「俺はね、本当に恐ろしいのは、神隠しでも妖怪でもなんでもない。人間だと思うよ」
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ
まみ夜
キャラ文芸
様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。
【ご注意ください】
※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます
※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります
※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます
第二巻(ホラー風味)は現在、更新休止中です。
続きが気になる方は、お気に入り登録をされると再開が通知されて便利かと思います。
表紙イラストはAI作成です。
(セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ)
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
影の多重奏:神藤葉羽と消えた記憶の螺旋
葉羽
ミステリー
天才高校生・神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に平穏な日常を送っていた。しかし、ある日を境に、葉羽の周囲で不可解な出来事が起こり始める。それは、まるで悪夢のような、現実と虚構の境界が曖昧になる恐怖の連鎖だった。記憶の断片、多重人格、そして暗示。葉羽は、消えた記憶の螺旋を辿り、幼馴染と共に惨劇の真相へと迫る。だが、その先には、想像を絶する真実が待ち受けていた。
ブラックベリーの霊能学
猫宮乾
キャラ文芸
新南津市には、古くから名門とされる霊能力者の一族がいる。それが、玲瓏院一族で、その次男である大学生の僕(紬)は、「さすがは名だたる天才だ。除霊も完璧」と言われている、というお話。※周囲には天才霊能力者と誤解されている大学生の日常。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる