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案件3.天狗の遠吠え

08:探偵と呪殺屋2

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「お兄ちゃん」

 このみの声が室内に響く。その途端、錫杖の打ち鳴る音が一層けたたましくなった。

「お兄ちゃん、怖い。嫌だ。このみ、あのお兄ちゃん、嫌いだよ」
「このみ」

 はっとして行平は小さな妹に視線を合わせる。

「大丈夫だよ、このみ」

 その言葉に、このみは嬉しそうに瞳を和ませた。

「大丈夫だから」

 握った手の中で、このみの柔らかな指が行平の手のひらをなぞる。鳴り響く金属音が引いては寄せる波のように反響し始めていた。
 いつ鳴りやむのだろうか。鳴りやむことはあるのだろうか。
 現実逃避を断罪するように、呪殺屋が口火を切る。

「その嘘は、正しくない」
「……呪殺屋」
「誰かを守るためでもなければ、救うためでもない。あんたの今を取り繕うためだけのものだ」
「呪殺屋!」

 たまらず発した行平の叫びに、リンという短い音を最後に錫杖が沈黙する。呪殺屋は、なにも言わない。ただ静かに行平を見ていた。

「止めてくれ、頼むから!」

 わかっている、わかっている。言われなくとも。けれど、その嘘の中に本物がいるかもしれないではないか。そう思うから駄目なのだとわかっている。
 でも、わかっていても、行平は小さな手を離せなかった。きっと、自分からはもう二度と離せない。

「お兄ちゃん」

 いかにも心配そうに妹が行平を呼ぶ。その呼び方は、行平の記憶にあるものとまったく同じだった。まったく同じなのだ。
 鳴りやんだはずの錫杖が、またリンリンと涼やかな音を奏で出す。無造作に錫杖を振って呪殺屋が肩にかけると、その音は鳴りやんだ。

「あんたが俺にお願いをするとは、珍しい」

 呆れたような声だった。

「滝川さん」

 行平は、なにも言えなかった。ただ妹の手を握る手に力を込める。

「俺はね、本当に恐ろしいのは、神隠しでも妖怪でもなんでもない。人間だと思うよ」
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