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案件3.天狗の遠吠え

01:ふしぎのはなし

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 一概に神隠しと言っても、あんたの思うところの神隠しと、そうでないものとがある。
 俺はね、滝川さん。この世で一番醜悪なものは化け物でも不可思議でもない、人間だと思うよ。

**

 立秋の日だった。暦上は秋と言っても、体感は夏真っ盛りの暑さのそのものだ。正午を回ったことをいいことに、エアコンを稼働させる。
 生温い部屋のソファでは、犬が舌を出して寝そべっていた。間抜けな顔に、自然と頬に浮かびかけていた笑みが消えたのは、携帯電話の着信音でだった。
 そして、行平の夏が停止した。

「聞いてるか? 滝川。今、ウチで保護している子どもがいるんだがな。その子どもが、滝川このみと名乗っているんだ。おまえの行方不明の妹も同じ名前だったよな。年齢は八歳で、肩くらいまでの髪をふたつにくくっている。ピンク色のジャンバーに、白いスカート。黒色のスニーカー。外傷は見当たらないが――」
「行きます」

 相沢の台詞を遮って、行平は口早に告げた。携帯電話を握る手に汗が滲む。

「おい、滝川。わかってるのか? 八歳だ」
「今から行きます」

 繰り返して、行平は通話を打ち切った。不思議そうな顔でソファから見上げてくる犬を抱え上げれば、引き留めるような鳴き声を上げる。鼻先を押し当てられた胸元は、焦燥に濡れていた。


「見沢」

 どこにいるか定かではない呪殺屋を探すより確実をとって暗幕を捲ると、占い台に座っていた見沢が眼を瞬かせた。

「あら、ゆきちゃん。その犬はここには連れ込まないでって言わなかったかしら。……ちょっと」

 問答無用で犬を押し付けると、見沢が口を曲げる。見沢は犬が嫌いなのだ。知ってはいたが、背に変える腹がない。間抜けな犬の顔を挟んで押し問答すること一分。諦めた顔で、見沢が犬を受け取った。

「頼んだ、犬。俺はちょっと出かけてくる」
「あら、どこへ?」

 恐る恐るのていながら見沢の指先は、犬の背を撫でようと試みている。

「警察だ」
「ねぇ、ゆきちゃん」

 もの言いたげな瞳で、見沢が手のひらを頬にあてた。

「こんなことをあたしが言う義理はないけれど。あなた、ろくでもないものを憑けてるわよ」

 憑いているとしたら、それはいったい、なんなのだろう。見沢の切れ長の瞳は、おもしろがるでもなく、ただ静かに行平を見据えていた。応じることは、できそうになかった。暗幕を抜けて、階段を駆け降りる。
 外は酷暑で、蜃気楼でビルが揺れていた。
 妹の長い髪をふたつにくくることが、母親の毎朝の日課だった。このみの髪からはお日様のにおいがする。そう、嬉しそうに微笑んで。
 ピンク色のジャンバーは妹が気に入って母にねだったもので、白いスカートは母が作ったものだった。
 あの朝、お気に入りの服を着て家を出た妹は、まだ帰ってきていない。十五年経った、今も。
 相沢が告げた特徴は、どれも覚えのありすぎるものだった。十五年前のあの日。妹がいなくなった日に着ていたもの。何度も何度も、刑事に話し、ポスターに描き、居ても立ってもいられず、自分の足で探し回り。そうして、記憶し続けていたものだった。
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