運命じゃないエンドロール

木原あざみ

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悪役令嬢編

19.夜会(後編)

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 扉を背に至近距離で向かい合うかたちとなり視線を迷わせたサイラスに、ハロルドはどこか苛々と言葉を投げた。

「こういった場でそばを離れるなと言った覚えがあるが」
「その、ジェラルドさまに、光の聖女のことを……」

 言いつかりまして、という説明の途中で、サイラスは口を噤んだ。ハロルドのまとう空気が一段と冷たくなったからである。
 だから嫌だったのだ、と。内心で舌を打つ。ハロルドには昔から、自分以外の人間がサイラスを使うことを極端に厭う節があった。当然、ジェラルドはそのことを知っている。
 早い話が、メイジーのエスコートを頼んだ理由は、ハロルドに対する嫌がらせの一種なのだ。ハロルドが相手にしないのでジェラルドの一方通行ではあるものの、この兄弟は幼いころから仲が悪い。
 むろん、兄の付属品と見なされている自分も疎まれてはいるが。

「光の聖女の世話と言うわりには、叔父上と随分と親密に話をしていたようだが」
「その、……お声をかけていただいたので」

 現国王は少し年の離れた弟をかわいがっていて、息子たちと違い兄弟仲は良好だ。ハロルドが彼と仲が悪いという情報を得たこともない。この数年機会はなかったが、本当に幼かったころは遊び相手になってくれたこともある人だ。
 ハロルドの機嫌を損ねた理由が思い至らず、サイラスは静かに問いかけた。

「あの、私はなにか、無作法なことを」
「無作法。無作法か」

 ハロルドの長い指が頬に触れる。跳ねかけた心臓を抑え、サイラスは吸い込まれそうになる青を見上げた。輪郭をたどった指先が、首筋で止まる。

「本当にわからないのか。卿がおまえをどういう目で見ていたのか」

 どういう目。彼の求める答えを探し迷った心は、正確に伝わったらしい。
 苛立ちの増した瞳に謝罪をしようとした瞬間、扉の向こうから彼を探す声が届いた。扉の閉まった部屋の前を通り過ぎ、気配が遠のいていく。だが、ハロルドが姿を消した会場で、誰かが彼を求めていることは事実だろう。

「殿下」

 サイラスは、そっと呼びかけた。なにも言わないハロルドに、控えめに進言をする。

「探していらっしゃいます」
「探させておけ」
「殿下」
「殿下、殿下、と。最近のおまえは、いつもそうだな」

 呆れた声で言い捨てられ、サイラスは再び言葉を呑んだ。甘えが抜け、成長をした証であると願いたいが、年々とハロルドに言うべき言葉がわからなくなっている。
 いや、昔の、殿下の乳兄弟だと、特別だと自惚れて、言葉を選ばなかったころがおかしかったのだ。改めておのれに言い聞かせ、「申し訳ございません」という謝罪を選ぶ。
 身体が竦むような沈黙のあと、彼は隠す気のない溜息を吐いた。指を離し、「戻るぞ」と端的な言葉を告げる。

「ですが」

 戻る先が会場ではないと察し、反射で留めようとしたサイラスをハロルドは一蹴した。

「顔は出した。最低限の義理は果たした」
「ですが」
「サイラス。おまえは俺とジェラルドどちらの言うことを聞く立場なんだ」
「それは、もちろん、ハロルドさまですが」

 冷たい瞳に見下ろされたまま、ハロルドを選ぶ。その選択自体は当然のことだ。サイラスにとっての主は、昔からハロルドひとりなのだから。だが――。
 それならばいいという調子で頷いたハロルドが扉に手をかける。

「帰るぞ」
「殿下。ご挨拶を」

 会場に一度も戻るつもりのないらしい足取りに、思わず声をかけたものの、ハロルドはこれも一蹴をした。

「オリヴィアがどうとでもする」

 ――こう言うと失礼かもしれませんが、オリヴィアさまはわかりにくいだけでお優しい方なのですね。

 おかげコンラットの本意を知ることができたのだ、と。うれしそうに笑ったメイジーの顔が、浮かんで消えた。自身を笑う闇の精霊の気配に、妬心を打ち消す。こんなことは、考えるべきではない。オリヴィアに対する嫉妬など、絶対に。
 感情を抑え、サイラスは静かに了承を示した。

「承知しました」

 もとより自分にできることは、さほど多くないのだ。その自分と現状の婚約者であるオリヴィアを比べること自体がどうかしている。
 広間から漏れ聞こえる声々は華やかで、幕を隔てた別世界のように思えた。
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