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悪役令嬢編
17.夜会(前編)
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「こんなに広い馬車に乗ることははじめてで。なんだかどうにも緊張します」
言葉のとおり、メイジーはそわそわと美しいドレスの上で指を動かしている。それは、まぁ、王族の所有する馬車に乗る機会など、なかなかないことだろう。
学園の前に並んでいた馬車の中でも、当然と群を抜いて立派だった。この馬車に乗る令嬢は、自分の特別な招待客なのだ、と。強く主張をするそれ。まったくもって、ご執心なことだ。
落ち着かない姿を正面から見つめ、無言でほほえむ。そのサイラスを上目で見、メイジーは不安そうに問いを重ねた。
「それに、このドレスも。本当にいただいてよろしかったのでしょうか。ジェラルドさまの誕生日パーティーですのに」
「ジェラルドさまの好意と素直に喜ばれたほうが喜ばれると思いますよ」
「そうでしょうか。本当に気を使っていただくばかりで。なにかお返しできるものがあるとよいのですが」
後半はひとりごとと捉えて目元を笑ませるに留め、サイラスは話を変えた。ついでに、表情も神妙なものに作り替える。
「先日は、言葉がきつくなり申し訳ありませんでした。遅まきながらの謝罪ではありますが」
「とんでもありません。先に私が……、その、私には、サイラスさまが仰るような弱気に付け込んだものには、どうしても見えなかったものですから」
だから、コンラットの話をしたときに感情的になってしまったのだと逆に恥じるようにメイジーが白状をする。
「と、言いますと」
「誰かが明確な意図を持って、精霊を使い操ったように見えたのです」
「そのようなことが可能なのですか?」
「……実際に行ったことはないので断言は致しかねますが、私であれば可能かと」
「なるほど」
光の聖女らしい素直な意見に、サイラスは苦笑いを呑み込んだ。悟られないように、慮るていで軽く目を伏せる。
光の聖女の目をもってしても、「誰がどの精霊を使ったか」が不明であるということが本当であるのであれば、ありがたい話だ。
「では、あなたは、コンラットさまは誰かに操られていたとお考えなのですね」
「あ、いえ」
慌てた調子で、メイジーはぱっと首を横に振った。
「その、そう思っていたのですが、実は、落ち込む私を見かねてくださったのか、オリヴィアさまがコンラットさまと手紙でやりとりをできるよう取り計らってくださって」
「オリヴィア嬢が」
「はい。こう言うと失礼かもしれませんが、わかりにくいだけでお優しい方なんですね」
にこりとうれしそうな笑みを浮かべ、それで、と話を続ける。
「コンラットさまの文面で察しました。私の幼い行動がお気に障ったのだと。糾弾されて当然の行為です。本当に申し訳ないことをしました」
「過ぎたことです。それに、思うところがあったとしても、誰かを加害して良い理由にはなりません」
「ありがとうございます。ですが、……私の行動がコンラットさまの胸に影を落とし、そこに精霊が囁いたことは事実でしょうから」
気には留めないといけません、と。はっきりと言い、メイジーはわずかに眉を下げた。
「サイラスさまには、とても感謝をしていらっしゃるようでした。学内で精霊の気配が異常に活発だったことを証言し、支えてくださったと。――あの、その」
「なにか」
「本当に申し訳がないのですが、実は、私、あのとき、サイラスさまが関わっていらっしゃるのではないかと、その」
疑っていたのだ、と。またしても素直に打ち明けたメイジーに、サイラスはなにも気にしていない顔でほほえんだ。なにせ、事実である。
「気にしないでください。よくあることですから」
「よくある、ですか」
「エズラさまにお尋ねにならなかったのですか?」
首を傾げたサイラスに、メイジーは真面目な顔をした。
「『悪魔の血』というお話でしょうか。聞いておりません。陰口や噂話の類は好きではありませんから」
「パーティーがはじめてだという理由が、よくわかりました」
さすがにこちらは口を噤むが、同学年のご令嬢と行動をともにしない理由も。なんとも言い難い表情で唇を結んだメイジーに、取り成す調子で説明する。
「うちの家系の守護精霊が闇の精霊で。うちの一族は黒い髪に黒い瞳を持つ者が多いこともあり、そのように言われています」
珍しい色であるからこそ、余計に気味悪く思うのだろうと、さらりと笑う。ハロルドのプラチナブロンドやメイジーの光り輝くブロンドほどの美しい髪の持ち主は少ないが、この国は明るい髪の色を持つ者が多い。
表面的な理由の説明に留め、まぁ、とサイラスは言い足した。
「うちの父などは王家の聖剣の対になる魔剣と豪語していますから。捉え方次第ということなのでしょうが」
「まぁ、こんなきれいな髪なのに」
労しげに眉根を寄せたメイジーの白い指が、サイラスの髪に触れる。
――おまえの髪は美しいな。
幼いころ、黒い髪を揶揄されて落ち込む自分を慰めた、わかりやすく優しかったハロルドの声。懐かしい記憶に、反応が遅れたことを自覚する。
「ありがとうございます」
サイラスはとってつけた笑顔を返した。
「ただ、こちらの世界ではあまり異性の髪に触れないほうが賢明です。よからぬ噂になりますから」
「あ、申し訳ございません」
ぱっと手を離したメイジーが、意気消沈したふうにうつむく。「こういうところが駄目なのだわ」と彼女が続けて呟いたタイミングで、馬車は止まった。
「参りましょうか」
まだ少し落ち込んだ顔の彼女に告げ、開いた扉から先に外に降りる。
「どうぞ」
差し出した手に、メイジーははにかんだ。本当に、くるくると表情のよく変わることだ。呆れ半分眩しさ半分で見つめているうちに、柔らかな手のひらが重なる。
「ありがとうございます。なんだかすごくドキドキしますね」
高価なドレスに似合わない素朴さで、メイジーは楽しそうに笑った。
言葉のとおり、メイジーはそわそわと美しいドレスの上で指を動かしている。それは、まぁ、王族の所有する馬車に乗る機会など、なかなかないことだろう。
学園の前に並んでいた馬車の中でも、当然と群を抜いて立派だった。この馬車に乗る令嬢は、自分の特別な招待客なのだ、と。強く主張をするそれ。まったくもって、ご執心なことだ。
落ち着かない姿を正面から見つめ、無言でほほえむ。そのサイラスを上目で見、メイジーは不安そうに問いを重ねた。
「それに、このドレスも。本当にいただいてよろしかったのでしょうか。ジェラルドさまの誕生日パーティーですのに」
「ジェラルドさまの好意と素直に喜ばれたほうが喜ばれると思いますよ」
「そうでしょうか。本当に気を使っていただくばかりで。なにかお返しできるものがあるとよいのですが」
後半はひとりごとと捉えて目元を笑ませるに留め、サイラスは話を変えた。ついでに、表情も神妙なものに作り替える。
「先日は、言葉がきつくなり申し訳ありませんでした。遅まきながらの謝罪ではありますが」
「とんでもありません。先に私が……、その、私には、サイラスさまが仰るような弱気に付け込んだものには、どうしても見えなかったものですから」
だから、コンラットの話をしたときに感情的になってしまったのだと逆に恥じるようにメイジーが白状をする。
「と、言いますと」
「誰かが明確な意図を持って、精霊を使い操ったように見えたのです」
「そのようなことが可能なのですか?」
「……実際に行ったことはないので断言は致しかねますが、私であれば可能かと」
「なるほど」
光の聖女らしい素直な意見に、サイラスは苦笑いを呑み込んだ。悟られないように、慮るていで軽く目を伏せる。
光の聖女の目をもってしても、「誰がどの精霊を使ったか」が不明であるということが本当であるのであれば、ありがたい話だ。
「では、あなたは、コンラットさまは誰かに操られていたとお考えなのですね」
「あ、いえ」
慌てた調子で、メイジーはぱっと首を横に振った。
「その、そう思っていたのですが、実は、落ち込む私を見かねてくださったのか、オリヴィアさまがコンラットさまと手紙でやりとりをできるよう取り計らってくださって」
「オリヴィア嬢が」
「はい。こう言うと失礼かもしれませんが、わかりにくいだけでお優しい方なんですね」
にこりとうれしそうな笑みを浮かべ、それで、と話を続ける。
「コンラットさまの文面で察しました。私の幼い行動がお気に障ったのだと。糾弾されて当然の行為です。本当に申し訳ないことをしました」
「過ぎたことです。それに、思うところがあったとしても、誰かを加害して良い理由にはなりません」
「ありがとうございます。ですが、……私の行動がコンラットさまの胸に影を落とし、そこに精霊が囁いたことは事実でしょうから」
気には留めないといけません、と。はっきりと言い、メイジーはわずかに眉を下げた。
「サイラスさまには、とても感謝をしていらっしゃるようでした。学内で精霊の気配が異常に活発だったことを証言し、支えてくださったと。――あの、その」
「なにか」
「本当に申し訳がないのですが、実は、私、あのとき、サイラスさまが関わっていらっしゃるのではないかと、その」
疑っていたのだ、と。またしても素直に打ち明けたメイジーに、サイラスはなにも気にしていない顔でほほえんだ。なにせ、事実である。
「気にしないでください。よくあることですから」
「よくある、ですか」
「エズラさまにお尋ねにならなかったのですか?」
首を傾げたサイラスに、メイジーは真面目な顔をした。
「『悪魔の血』というお話でしょうか。聞いておりません。陰口や噂話の類は好きではありませんから」
「パーティーがはじめてだという理由が、よくわかりました」
さすがにこちらは口を噤むが、同学年のご令嬢と行動をともにしない理由も。なんとも言い難い表情で唇を結んだメイジーに、取り成す調子で説明する。
「うちの家系の守護精霊が闇の精霊で。うちの一族は黒い髪に黒い瞳を持つ者が多いこともあり、そのように言われています」
珍しい色であるからこそ、余計に気味悪く思うのだろうと、さらりと笑う。ハロルドのプラチナブロンドやメイジーの光り輝くブロンドほどの美しい髪の持ち主は少ないが、この国は明るい髪の色を持つ者が多い。
表面的な理由の説明に留め、まぁ、とサイラスは言い足した。
「うちの父などは王家の聖剣の対になる魔剣と豪語していますから。捉え方次第ということなのでしょうが」
「まぁ、こんなきれいな髪なのに」
労しげに眉根を寄せたメイジーの白い指が、サイラスの髪に触れる。
――おまえの髪は美しいな。
幼いころ、黒い髪を揶揄されて落ち込む自分を慰めた、わかりやすく優しかったハロルドの声。懐かしい記憶に、反応が遅れたことを自覚する。
「ありがとうございます」
サイラスはとってつけた笑顔を返した。
「ただ、こちらの世界ではあまり異性の髪に触れないほうが賢明です。よからぬ噂になりますから」
「あ、申し訳ございません」
ぱっと手を離したメイジーが、意気消沈したふうにうつむく。「こういうところが駄目なのだわ」と彼女が続けて呟いたタイミングで、馬車は止まった。
「参りましょうか」
まだ少し落ち込んだ顔の彼女に告げ、開いた扉から先に外に降りる。
「どうぞ」
差し出した手に、メイジーははにかんだ。本当に、くるくると表情のよく変わることだ。呆れ半分眩しさ半分で見つめているうちに、柔らかな手のひらが重なる。
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