運命じゃないエンドロール

木原あざみ

文字の大きさ
上 下
12 / 25
光の聖女編

11.エピローグ(前編)

しおりを挟む
 小さきものがしるべのように、ふわりふわりと目線の高さに浮かんでいる。
 続く先は裏庭だ。無視をすべきか、従うべきか。わずかな逡巡の末、サイラスは足を踏み出した。
 当面は光の聖女と過度な接触するつもりはなかったが、必要以上にマイナスの感情を抱かせる真似は避けたかったのだ。
 放課後の人の少ない道を行き、裏庭に向かう。予想どおり、メイジーはひとり佇んでいた。どうも、精霊と語らっているらしい。
 光の聖女らしい姿を見つめていると、小さきものが伝えたのか、メイジーがぱっと振り向いた。その勢いのまま、メイジーが頭を下げる。
 細い金色の髪が青い空に舞い、サイラスは目を丸くした。

「先日は申し訳ありませんでした」
「いえ」

 動作同様の大きな声の謝罪に、苦笑ひとつで頭を振る。
 最近は落ち着いたように見えていたが、やはり、令嬢らしさが欠けている。そう指摘をする代わりに、サイラスは当たり障りのない言葉を選んだ。

「コンラットさまのことを、それほど心配なさっていたということでしょう。ご自分が被害に遭いかねなかったというのに。メイジーさまはご友人思いですね」

 顔を上げたメイジーが、困ったように眉を下げる。だが、彼女はすぐに控えめな笑みを浮かべ直した。

「ジェラルドさまが教えてくださったんです。私のしつこさに辟易となさったのかもしれませんが。結果論とは言え、誰にも怪我はなかったこと、私に処罰感情がないことを考慮して、公的な処分は下さないことになったと」
「そうですか」
「大きな声でする話ではなかったとは言え、隠すかたちになって申し訳ないとも仰ってくださって。正直、とてもほっとしました」

 それは、また、随分と光の聖女に都合の良い説明をしたものだ。息子の不始末の責任は、当主が取っているだろうに、そちらはいっさい関さずか。
 呆れたものの、当たり障りのないことを言っているのは自分も同じである。よかったですね、とサイラスもそっとほほえんだ。

「あなたがそう言っていると知れば、コンラットさまも安心なさることでしょう」
「そうだといいのですが。あの、サイラスさま。実はもうひとつお話があって。……あの、いまさらではありますが、このようなかたちでお呼びして申し訳ありません。教室に行くと目立ったのではないかとあとから気になりまして」
「かまいません」

 できることなら、あの日来る前に気がついてほしかった、とも思ったものの、彼女に言うことではない。サイラスは穏やかに続きを促した。

「それで、もうひとつの話とは。精霊のことでしょうか」
「そうなんです。実は、最近ようやくいたずらも落ち着きまして。そのタイミングで改めてみんなとお話をしたんです」
「みんなとお話ですか」
「ええ。時間はかかりましたけれど、私のことを心配してくれることはうれしいけれど、いたずらをすることは違うと説明しました。反省をしてくれたようで、なにか喜ぶことをしたいと言うものですから。みなさまを光の海にご招待しようと思いついたのです」

 光の海を説明するように、メイジーが指先を宙で遊ばせる。その軌跡を淡い光がいくつも追いかけていくさまに、サイラスはなるほどと納得した。
 彼女を慕って集う精霊が多ければ多いほど、淡い光の集合体は海のように見えることだろう。

「そうすれば、精霊に好意を持っていただけるかもしれませんし。ジェラルドさまに相談をしましたら、それはいいと仰ってくださって」

 場所や時期を一緒に考えたのだと明かしたメイジーは、指先に止まった光を空に返した。視線をサイラスに戻し、にこりとほほえむ。

「仕切り直しというわけではないのですが、入学一ヶ月のパーティーを私が台無しにしてしまったので。二ヶ月を祝うパーティーを開いていただくことになりました」
「そうですか。良いパーティーになるといいですね」
「ありがとうございます。それで、あのオリヴィアさまは同じクラスなので直接謝罪とお誘いをしたのですが、殿下は、その」

 言いにくそうに目を伏せ、メイジーはワンピースのポケットからきれいな封筒を取り出した。両手に持ち、おずおずとサイラスに差し出す。

「よろしければお手紙を渡していただけないでしょうか」

 鈴のような声は、緊張で震えていた。安心させる目的で目元をゆるめ、サイラスは手紙を受け取った。ポケットに大事にしまい込み、改めてメイジーに笑顔を向ける。

「もちろん。お預かりします。ただ、殿下もお忙しい方ですから。もしお断りになることがあったとしても、どうぞお気を落とさず」
「本当に、いつもありがとうございます。サイラスさまもぜひ。来ていただけるとうれしいです」

 ほっとした顔ではにかみ、メイジーは言い足した。

「光の海は精霊との関わりが薄い方でも視ることはできると思うのですが、関わりが強い方のほうが、きっと、さらに美しく視えますから」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

成長を見守っていた王子様が結婚するので大人になったなとしみじみしていたら結婚相手が自分だった

みたこ
BL
年の離れた友人として接していた王子様となぜか結婚することになったおじさんの話です。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。 彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。 ……あ。 音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。 しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。 やばい、どうしよう。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

処理中です...