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第三章:真夏の恐怖怪談
VS税務課②
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「こ、これ。これ!」
「あ? なんだ、それ。――税務の支出負担行為決議書? 未決済じゃねぇか。所属長の確認印もまだのって、おい、これ」
「そ、そ、そ、そうなんです! これの起案者、相馬さんなんですけど」
言いながらあたしは不安になって、決議書を捲る。そしてさらに青くなった。
「来月の十五日支払いの会計課の締め切りって、昨日じゃ」
なんでそんなやばい決議書があたしの机に。まったく意味がわからない。
「あの、先輩。もしかして、このあいだの相馬さんが失くされた書類ってまさかこれじゃ」
なんだか胃がキリキリと痛んできた。真っ青なあたしが不憫になったのか、先輩が「んなわけねぇだろ」と懸念を一蹴する。
「あいつが失くしたのはもっとやばいやつだ。こんなの、すぐに作り直せるだろ」
「あ、……そっか」
「庁内便で送り返しとけよ。直に返しに行ったら面倒なことになるぞ」
官庁内で書類などをやり取りするときに使う方法を、さらりと先輩が提案する。たしかに文書室で郵送をお願いすれば、税務課に直接行く必要はなくなる。けれど、その手に頼れば、この決議書が相馬さんの手に渡るのは明日の朝以降になってしまう。
正直、ものすごく先輩の案に乗りたい。なんでここにあるのかわからないものを、恐ろしそうな人に返しに行きたくもない。でも。
――これ、早く渡さないと、税務の人も会計課も困るだろうからなぁ。
悩んだ末に、あたしは決議書を持ったまま立ち上がった。
「おい、おまえ」
マジかと言わんばかりの先輩の呼びかけに、精いっぱいの笑顔を張り付ける。陰気な空気が滲んでいたかもしれないけれど。
「これがないと困るのは相馬さんだけじゃないと思うんで」
「なに言われるかわかったもんじゃねぇぞ」
「でも、やっぱり少しでも早くお手元に戻ることに越したことはないと思うので」
そりゃ、嫌だけど。嫌だし、なんであたしの机に入っていたのか本当に意味がわからないし。説明のしようもないけれど。でも、しかたがない。
「行ってきます」
へらりと笑うと、先輩の眉間に皴が寄った。完全に呆れられているが、これもしかたがない。願わくば、この決議書があたしのところにあった理由を深く突っ込まずにスルーしてもらいたいのだが。
――まぁ、無理だろうな。
逆の立場だったら、あたしだって突っ込む。庁内便のなかに紛れ込んでいたというのも無理がある。
「じゃあ、がんばってきます」
空元気で手を振ったあたしに、先輩が盛大にもじゃもじゃ頭を掻きまわしながら立ち上がった。そして、七海さんのいる方向に声をかける。
「税務課まで行ってくる。こっち誰もいないから、かかってきたら電話取れよ」
「え? え? 先輩?」
「しかたねぇからな」
きょどきょどと視線を彷徨わせていると、噛んで含めるように先輩が言った。
「しかたねぇから、付き合ってやる」
苦虫を噛んだ声だったけれど、あたしは飛び上がらんばかりに喜んだ。
「あ、ありがとうございます!」
「しかたなくだからな」
しつこく繰り返す先輩に「はい!」と何度も頷いて、廊下に出る。先輩がまろやかに解決してくれるとは夢にも思っていないが、同じ責められるにしても道連れがいるかいないかでは心境が違う。
やっぱり、なんだかんだ言って先輩は優しいなぁ。
そんなことを思いながら税務課の近くまで来たものの、間近に迫ると胃がまたチクチクと痛み出した。
できることなら、税務課の知り合いに渡してとんずらしたい。
――いや、でも、そんなことしたら、たぶんその人が相馬さんにネチネチ言われるよなぁ。
あやかしよろず相談課の三倍くらい広さのある税務課をそっと見渡して、相馬さんを探す。税務課は住民税の担当や固定資産税の担当などで細かく別れているのだ。
いまさらながら、相馬さんの担当係を知らなかったことに気が付く。見渡した限りでは相馬さんは見当たらない。
「あの、先輩」
「なんだよ」
「相馬さんの担当ってご存知ですか」
「俺が知ってると思うのか?」
逆に問いかけられて、あたしは「ですね」と頷いた。先輩、興味ないことには淡泊だからなぁ。
「あ? なんだ、それ。――税務の支出負担行為決議書? 未決済じゃねぇか。所属長の確認印もまだのって、おい、これ」
「そ、そ、そ、そうなんです! これの起案者、相馬さんなんですけど」
言いながらあたしは不安になって、決議書を捲る。そしてさらに青くなった。
「来月の十五日支払いの会計課の締め切りって、昨日じゃ」
なんでそんなやばい決議書があたしの机に。まったく意味がわからない。
「あの、先輩。もしかして、このあいだの相馬さんが失くされた書類ってまさかこれじゃ」
なんだか胃がキリキリと痛んできた。真っ青なあたしが不憫になったのか、先輩が「んなわけねぇだろ」と懸念を一蹴する。
「あいつが失くしたのはもっとやばいやつだ。こんなの、すぐに作り直せるだろ」
「あ、……そっか」
「庁内便で送り返しとけよ。直に返しに行ったら面倒なことになるぞ」
官庁内で書類などをやり取りするときに使う方法を、さらりと先輩が提案する。たしかに文書室で郵送をお願いすれば、税務課に直接行く必要はなくなる。けれど、その手に頼れば、この決議書が相馬さんの手に渡るのは明日の朝以降になってしまう。
正直、ものすごく先輩の案に乗りたい。なんでここにあるのかわからないものを、恐ろしそうな人に返しに行きたくもない。でも。
――これ、早く渡さないと、税務の人も会計課も困るだろうからなぁ。
悩んだ末に、あたしは決議書を持ったまま立ち上がった。
「おい、おまえ」
マジかと言わんばかりの先輩の呼びかけに、精いっぱいの笑顔を張り付ける。陰気な空気が滲んでいたかもしれないけれど。
「これがないと困るのは相馬さんだけじゃないと思うんで」
「なに言われるかわかったもんじゃねぇぞ」
「でも、やっぱり少しでも早くお手元に戻ることに越したことはないと思うので」
そりゃ、嫌だけど。嫌だし、なんであたしの机に入っていたのか本当に意味がわからないし。説明のしようもないけれど。でも、しかたがない。
「行ってきます」
へらりと笑うと、先輩の眉間に皴が寄った。完全に呆れられているが、これもしかたがない。願わくば、この決議書があたしのところにあった理由を深く突っ込まずにスルーしてもらいたいのだが。
――まぁ、無理だろうな。
逆の立場だったら、あたしだって突っ込む。庁内便のなかに紛れ込んでいたというのも無理がある。
「じゃあ、がんばってきます」
空元気で手を振ったあたしに、先輩が盛大にもじゃもじゃ頭を掻きまわしながら立ち上がった。そして、七海さんのいる方向に声をかける。
「税務課まで行ってくる。こっち誰もいないから、かかってきたら電話取れよ」
「え? え? 先輩?」
「しかたねぇからな」
きょどきょどと視線を彷徨わせていると、噛んで含めるように先輩が言った。
「しかたねぇから、付き合ってやる」
苦虫を噛んだ声だったけれど、あたしは飛び上がらんばかりに喜んだ。
「あ、ありがとうございます!」
「しかたなくだからな」
しつこく繰り返す先輩に「はい!」と何度も頷いて、廊下に出る。先輩がまろやかに解決してくれるとは夢にも思っていないが、同じ責められるにしても道連れがいるかいないかでは心境が違う。
やっぱり、なんだかんだ言って先輩は優しいなぁ。
そんなことを思いながら税務課の近くまで来たものの、間近に迫ると胃がまたチクチクと痛み出した。
できることなら、税務課の知り合いに渡してとんずらしたい。
――いや、でも、そんなことしたら、たぶんその人が相馬さんにネチネチ言われるよなぁ。
あやかしよろず相談課の三倍くらい広さのある税務課をそっと見渡して、相馬さんを探す。税務課は住民税の担当や固定資産税の担当などで細かく別れているのだ。
いまさらながら、相馬さんの担当係を知らなかったことに気が付く。見渡した限りでは相馬さんは見当たらない。
「あの、先輩」
「なんだよ」
「相馬さんの担当ってご存知ですか」
「俺が知ってると思うのか?」
逆に問いかけられて、あたしは「ですね」と頷いた。先輩、興味ないことには淡泊だからなぁ。
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