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第二章:白狐と初恋

稲荷神社の夏祭り②

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「でも、なんだか素敵ですよね」
「素敵? そうかな。ただの小さなお祭りだけど。三崎ちゃんの目に映ると、どんなものでも素敵に見えてそうだな。――あ、嫌味じゃないよ」

 慌てて付け足されたそれに、思わず笑ってしまった。静山さんがそういう人ではないことは知っている。そして、先輩も。
 先輩は黙ったまま社を見ていた。その横顔は、不思議とこの場所に馴染んでいる。
 その視線の先になにがあるのか知っているのは、あたしだけかもしれない。

 ――でも、それでいいのかもしれない。

 あたしはそっと静山さんに視線を移した。そして小さく頷く。
 静山さんがひさしぶりにお祭りに来てくれただけでもよかった。過去のひとつだったとしても、薄青色の着物の女の子を思い出してくれただけでもよかった。
 またすぐに忘れてしまったとしても。
 きっと神様はあの紅い瞳で見ているはずだから、明日ここで一緒に思い出話をしよう。

「おおい、兄ちゃん」

 陽気な呼び声に、先輩が面倒くさそうに眉を上げた。呼んでいるのは、いつのまにか顔見知りになったおじいさんたちだ。

「呼ばれてますよ」

 せっつくと、「わかってる」と嫌そうに言う。けれど、その声ほど嫌がってはいないのだ。現に静山さんも笑顔で見送っている。
 思いがけずふたりになってしまって、あたしは静山さんに問いかけた。

「静山さんは小さいころは、お祭りに来たらなにが楽しみでした?」
「そうだね。屋台で買い食いするのも、夜に友達と出かけることができるのも、この夜だけだったから。そういう意味ではぜんぶ特別で楽しみだったかな」
「それはちょっとわかります」

 子どものころの夜遊びって、ものすごくスペシャルなイベントだ。力強く頷くと、静山さんも笑って頷いた。

「ここは……、まぁさっきも言ったとおり、不便なところだからね。そのころの遊び友達もほとんどいなくなっちゃったけど」
「実家から離れられたってことですか?」
「うん。でも、三崎ちゃんの高校のときの友達も、大学に行って地元を離れた子も多いでしょ? そのまま向こうで就職する子もいるし、この町に残っても中心部に移り住む子もいる。そんなもんじゃないかな」

 たしかにそのとおりだ。進学クラスだったことも関係しているかもしれないけれど、あたしの高校のときのクラスメイトは、ほとんどみんな大学に進学して引っ越していった。
 この町から通える大学はない。だから、大学生になるということは、この町を出ることと同じ。

 もちろん、ほかのクラスにはあたしと同じように地元に残って就職した子もいる。けれど、出て行ってしまった子のほうがずっと多い。
 その子たちのうちの何人がこの町に戻ってくるかはわからない。
 大学一年目の夏休みはみんなたくさん帰ってきた。同窓会で盛り上がった。二年目でそれが少し減って、三年目で激減した。四年目の今年は、就職活動でそれどころじゃないだろう。

「そうやって忘れられていくのかと思うと、生まれ育った人間としては寂しいものはあるけど」
「そうですね」
「でも、それと同じくらい、しかたないとも思うかな」

 そうですねと答えざるを得なかった。

「俺も実家を出て、市役所近くでひとり暮らししたら楽だろうと思うんだけどね」
「それでも、残ってるんですね」
「うーん、古い考え方だって笑われそうだけど、長男だっていうこともあるのかもしれないな。周りの誰が出て行っても、ここは俺の育ったところだし。俺がいなくなったら、あの家はどうなるんだろうとも思うし」
「それもちょっとわかります」

 本心であたしは同意した。
 おばあちゃんのもういない、ひとりで住むには広すぎる家にあたしが住み続けているのも同じ理由だ。失くしたくなかったのだ。
 お父さんは、意地を張らずに売ってしまえばいいと言うけれど。マンション暮らしのほうが掃除も管理も楽だろう、なんて。

 ――でも、そういう問題じゃないんだよなぁ。
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