40 / 72
第二章:白狐と初恋
夏祭りへの誘い②
しおりを挟む
「しずちゃんなら、有海さんの手伝い。会議室で準備してるけど、もう戻ってくるんじゃないかな。今日は残業もそんなにしないと思うし。一緒に帰れるんじゃない?」
「いやぁ」
否定したいが、あたしにはこれから静山さんを祭りに誘う任務があるのだ。
先輩に来てもらったほうが妙な誤解を生まずに済んだのではないかという後悔が生じたけれど、そんな迷惑はかけられない。
そういえば、どうなの。よろ相は。興味津々に尋ねられて、鈴木さんに急ぎの仕事はないらしいことを悟る。
ここまでくればヤケクソだ。その話題に便乗して、あたしは誤解を解こうと試みた。
「実は上森地区の神社のお祭りのお手伝いをしてるんですけど」
「へぇ。そんな仕事もあるんだね」
「はは、まぁ、よろず相談ですから」
もっともな疑問を笑って交わして、静山さんの名前を出す。精いっぱい自然を装ったつもりだ。
「静山さんがたしかそちらのご出身じゃなかったかなぁと思って。ちょっとお話をお伺いしたいなと」
「なるほど。それをネタに夏祭りデートか。やるねぇ、三崎ちゃん」
「いや、あの、本当に」
「いいの、いいの。隠さなくて。しずちゃん、いいやつだもんね。――あ、しずちゃん!」
嬉々とした鈴木さんの声に振り返ると、静山さんが段ボール箱を抱えて廊下を曲がってきたところだった。穏やかな顔が、あたしたちを見とめてにこりと笑う。
――なんか、最近、先輩の仏頂面ばかり見てたから癒されるなぁ。
鬼と菩薩だ。少なくとも見かけは。
「ひさしぶりだね、三崎ちゃん。鈴木さん、どうかしました?」
「ううん、どうもしないの。お疲れ様。三崎ちゃんがしずちゃんに話があるって言って待ってたの」
「三崎ちゃんが?」
不思議そうに首を傾げられて、あたしは「いや、あの」と必要以上にどもってしまった。しまった。完全に鈴木さんの誤解に拍車をかけている。
案の定、鈴木さんは妙な気を利かせて自席に戻ってしまった。とはいえ、距離は数メートルしかないので筒抜けである。
「どうしたの? 俺でわかること? もしかして、このあいだのメールの話?」
「まさにそれで。あの、上森のお祭りって今日ですよね」
「あぁ、今日だったか。ごめんね、行けたら行くって言ってたけど、やっぱりちょっと難しいかも」
「ですよね。今、忙しいですもんね」
内情を知っているだけに、その言葉がお為ごかしではなく真実なのだとわかる。そしてそれだけに、無理強いはできない。頷いたあたしに「ごめんね、調子のいいこと言っちゃって」と静山さんが申し訳なさそうに眉を下げた。
文句なしにいい人である。
「いえ。もしご一緒できたらうれしかったなぁと思っただけで」
がんばれ三崎ちゃんと言わんばかりの無言の圧を鈴木さんから覚えながら、あたしは無難な言葉選びに尽力した。
がんばりたいのは山々なのだが、鈴木さんの想像とは百八十度違うのだ。
「静山さんは、小さいころそのお祭りに行ってました?」
「ん? あぁ、行ってたよ。でも、小学生のあいだだけだったかな。そんなに屋台が多く出ているわけでもない、本当に小さな地元の祭りだからね」
「思い出とかってあります?」
しつこく問いかけているのに、静山さんは嫌な顔ひとつしなかった。「そうだなぁ」とちゃんと思い出そうとしてくれている。
「まぁ、上森ってすごく田舎なところだからね。あのあたりの子どもはみんな友達っていうか、そんな感じだったから。やっぱり小さいうちは楽しかったよ。みんなで夜に遊べるからね。準備期間も楽しかったし」
「知っている子ばっかりですか?」
「うーん、そうだな。……あぁ、そういえば」
そこでふと静山さんが言葉を切った。過去を覗くような表情に、我儘な心臓が脈打ちはじめる。勝手に期待しているのだ。
「お祭りの夜にだけ会う子もいたな。女の子だったと思うんだけど。その子とも、いつのまにか会わなくなっちゃったな」
その言葉に、心臓がふっと静かになった気がした。
やっぱり、静山さんだったんだ。ほっとしたような苦しいような。よくわからない感情でいっぱいになる。その感慨を呑み込んで、できるだけいつもの調子であたしは尋ねた。
「いやぁ」
否定したいが、あたしにはこれから静山さんを祭りに誘う任務があるのだ。
先輩に来てもらったほうが妙な誤解を生まずに済んだのではないかという後悔が生じたけれど、そんな迷惑はかけられない。
そういえば、どうなの。よろ相は。興味津々に尋ねられて、鈴木さんに急ぎの仕事はないらしいことを悟る。
ここまでくればヤケクソだ。その話題に便乗して、あたしは誤解を解こうと試みた。
「実は上森地区の神社のお祭りのお手伝いをしてるんですけど」
「へぇ。そんな仕事もあるんだね」
「はは、まぁ、よろず相談ですから」
もっともな疑問を笑って交わして、静山さんの名前を出す。精いっぱい自然を装ったつもりだ。
「静山さんがたしかそちらのご出身じゃなかったかなぁと思って。ちょっとお話をお伺いしたいなと」
「なるほど。それをネタに夏祭りデートか。やるねぇ、三崎ちゃん」
「いや、あの、本当に」
「いいの、いいの。隠さなくて。しずちゃん、いいやつだもんね。――あ、しずちゃん!」
嬉々とした鈴木さんの声に振り返ると、静山さんが段ボール箱を抱えて廊下を曲がってきたところだった。穏やかな顔が、あたしたちを見とめてにこりと笑う。
――なんか、最近、先輩の仏頂面ばかり見てたから癒されるなぁ。
鬼と菩薩だ。少なくとも見かけは。
「ひさしぶりだね、三崎ちゃん。鈴木さん、どうかしました?」
「ううん、どうもしないの。お疲れ様。三崎ちゃんがしずちゃんに話があるって言って待ってたの」
「三崎ちゃんが?」
不思議そうに首を傾げられて、あたしは「いや、あの」と必要以上にどもってしまった。しまった。完全に鈴木さんの誤解に拍車をかけている。
案の定、鈴木さんは妙な気を利かせて自席に戻ってしまった。とはいえ、距離は数メートルしかないので筒抜けである。
「どうしたの? 俺でわかること? もしかして、このあいだのメールの話?」
「まさにそれで。あの、上森のお祭りって今日ですよね」
「あぁ、今日だったか。ごめんね、行けたら行くって言ってたけど、やっぱりちょっと難しいかも」
「ですよね。今、忙しいですもんね」
内情を知っているだけに、その言葉がお為ごかしではなく真実なのだとわかる。そしてそれだけに、無理強いはできない。頷いたあたしに「ごめんね、調子のいいこと言っちゃって」と静山さんが申し訳なさそうに眉を下げた。
文句なしにいい人である。
「いえ。もしご一緒できたらうれしかったなぁと思っただけで」
がんばれ三崎ちゃんと言わんばかりの無言の圧を鈴木さんから覚えながら、あたしは無難な言葉選びに尽力した。
がんばりたいのは山々なのだが、鈴木さんの想像とは百八十度違うのだ。
「静山さんは、小さいころそのお祭りに行ってました?」
「ん? あぁ、行ってたよ。でも、小学生のあいだだけだったかな。そんなに屋台が多く出ているわけでもない、本当に小さな地元の祭りだからね」
「思い出とかってあります?」
しつこく問いかけているのに、静山さんは嫌な顔ひとつしなかった。「そうだなぁ」とちゃんと思い出そうとしてくれている。
「まぁ、上森ってすごく田舎なところだからね。あのあたりの子どもはみんな友達っていうか、そんな感じだったから。やっぱり小さいうちは楽しかったよ。みんなで夜に遊べるからね。準備期間も楽しかったし」
「知っている子ばっかりですか?」
「うーん、そうだな。……あぁ、そういえば」
そこでふと静山さんが言葉を切った。過去を覗くような表情に、我儘な心臓が脈打ちはじめる。勝手に期待しているのだ。
「お祭りの夜にだけ会う子もいたな。女の子だったと思うんだけど。その子とも、いつのまにか会わなくなっちゃったな」
その言葉に、心臓がふっと静かになった気がした。
やっぱり、静山さんだったんだ。ほっとしたような苦しいような。よくわからない感情でいっぱいになる。その感慨を呑み込んで、できるだけいつもの調子であたしは尋ねた。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!

百合系サキュバス達に一目惚れされた
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。


愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる