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第二章:白狐と初恋
あたしの恋の話①
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「おまえ、また余計なこと言っただろ」
無口だなと思っていたら、もうすぐ市役所に着くというところで先輩が口を開いた。
あたしのほうを見ようともしない、まっすぐに前を見据えた横顔。その横顔をきまり悪く見つめたまま、愛想笑いを張り付ける。
「だって、その……会いたくないわけがないと思って」
「それはおまえの思い込みだろうが。実際、しかたないって割り切ってただろ。ちょっと拗ねてみせたのも、ひさしぶりに人間に構われたかっただけで、それも俺らが来たことでとりあえず満足したんだ。だから、それでよかったんだよ」
「で、でも」
先輩の言うことは、いかにも至極真っ当だ。ぐうの音も出ない。
……いや、本当に真っ当なのかどうかはわからないけれど。でも、少なくとも先輩はあたしよりも神様のことをよく知っているはずで。だから、先輩が言うことは、あたしの「思い込み」よりずっと信憑性が高いのだと思う。
それはわかっている。
「そもそも、おまえ、探してどうするつもりなんだよ」
「どうするって。探そうと思えば簡単に見つけられますよね。言っちゃなんですけど、上森の集落で子どもさんのいるおうちは少ないでしょうし、近所付き合いも密です。区長さんに聞けば、ゆうたくんが今どこにいるかわかる可能性が高いですよね?」
「探し方を聞いてるわけじゃねぇよ」
苛立ったように吐き捨てて、先輩が黙り込む。車内に流れる沈黙が落ち着かなくて、あたしは膝の上で無意味に手を組み替えた。
じっと手元に視線を落としているうちに連想したのは、小さいままの神様の指だった。
あたしたちはいつまでも子どものままではいられない。夢の世界では生きていけないし、現実を歩んでいかなければならなくなる。それは責められるようなことではない。
余計なこと。あたしがしたことは、先輩の目からすれば間違いなく「余計なこと」なのだろう。ぎゅっと掌を握り締めてから、あたしは問いかけた。
「先輩は、ゆうたくんと神様を逢わせないほうがいいと思うんですか?」
「いいもなにも、最初からあっちは望んでなかっただろうが」
「それは、神様にとって、という意味ですか?」
めげずに問い直すと、少しの間を置いて先輩が溜息交じりにぼやいた。
「おまえは、そのゆうたくんとやらが、あれのことを覚えてると思うのか」
「それは、わかりません、けど」
「じゃあ、覚えていたとして、自分の意思で逢わなくなったあやかしの前になんて言って連れ出すつもりなんだ」
「あやかしって、神様ですよね?」
「似たようなもんだろう。自分と同じ年頃だったはずの昔馴染みが、成長しないままの姿で今の自分の前に現れる。それをどう解釈しろって言うんだ」
今度こそあたしは言葉を失ってしまった。先輩の言うことは間違っていない。正しいともわかっている。でも。
「でもっ、ちゃんと、説明すれば、きっと……!」
「おまえが変なんだ」
「え?」
「ふつうはな、あやかしがいるなんて言っても誰も信じねぇんだよ。信じるとしたらよっぽどの変人だ。まともな人間は、こっちのことを頭のおかしい人種だって判断して距離を置く」
「……」
「そんなもんだ」
淡々とした先輩の声には、ひとかけらの寂しさも滲んでいなかった。混ざっているとしたら、なんでこんなことがわからないんだという苛立ちだけ。
胸がぎゅっと痛くなって、あたしはお守り袋にそっと手を伸ばした。
それが当たり前だと先輩が本心で思っていることは、いやでもわかった。
今まで先輩が、――あやかしを見ることができた先輩が、そういう経験を積んできたから故のものだということも。
信じてくれるだろうかと期待しても、信じてもらえなくて。それどころか変人や嘘吐きのレッテルを貼られて。そんなことを何度も繰り返してきたのかもしれない。
「すみま、せん」
「謝る気のない見本みてぇな謝罪だな」
「そんなこと! ……ない、と思う、んですけど」
「なんだ、その尻すぼみ」
小さく先輩が笑う。先輩の言うことはきっと正しい。でも、あたしは嫌だと思う。そう思ってしまうのは、あたしの我儘で勝手だ。
そのあたしを諫めるために、先輩にそんな説明をさせてしまった。そのことへの謝罪のつもりだった。
無口だなと思っていたら、もうすぐ市役所に着くというところで先輩が口を開いた。
あたしのほうを見ようともしない、まっすぐに前を見据えた横顔。その横顔をきまり悪く見つめたまま、愛想笑いを張り付ける。
「だって、その……会いたくないわけがないと思って」
「それはおまえの思い込みだろうが。実際、しかたないって割り切ってただろ。ちょっと拗ねてみせたのも、ひさしぶりに人間に構われたかっただけで、それも俺らが来たことでとりあえず満足したんだ。だから、それでよかったんだよ」
「で、でも」
先輩の言うことは、いかにも至極真っ当だ。ぐうの音も出ない。
……いや、本当に真っ当なのかどうかはわからないけれど。でも、少なくとも先輩はあたしよりも神様のことをよく知っているはずで。だから、先輩が言うことは、あたしの「思い込み」よりずっと信憑性が高いのだと思う。
それはわかっている。
「そもそも、おまえ、探してどうするつもりなんだよ」
「どうするって。探そうと思えば簡単に見つけられますよね。言っちゃなんですけど、上森の集落で子どもさんのいるおうちは少ないでしょうし、近所付き合いも密です。区長さんに聞けば、ゆうたくんが今どこにいるかわかる可能性が高いですよね?」
「探し方を聞いてるわけじゃねぇよ」
苛立ったように吐き捨てて、先輩が黙り込む。車内に流れる沈黙が落ち着かなくて、あたしは膝の上で無意味に手を組み替えた。
じっと手元に視線を落としているうちに連想したのは、小さいままの神様の指だった。
あたしたちはいつまでも子どものままではいられない。夢の世界では生きていけないし、現実を歩んでいかなければならなくなる。それは責められるようなことではない。
余計なこと。あたしがしたことは、先輩の目からすれば間違いなく「余計なこと」なのだろう。ぎゅっと掌を握り締めてから、あたしは問いかけた。
「先輩は、ゆうたくんと神様を逢わせないほうがいいと思うんですか?」
「いいもなにも、最初からあっちは望んでなかっただろうが」
「それは、神様にとって、という意味ですか?」
めげずに問い直すと、少しの間を置いて先輩が溜息交じりにぼやいた。
「おまえは、そのゆうたくんとやらが、あれのことを覚えてると思うのか」
「それは、わかりません、けど」
「じゃあ、覚えていたとして、自分の意思で逢わなくなったあやかしの前になんて言って連れ出すつもりなんだ」
「あやかしって、神様ですよね?」
「似たようなもんだろう。自分と同じ年頃だったはずの昔馴染みが、成長しないままの姿で今の自分の前に現れる。それをどう解釈しろって言うんだ」
今度こそあたしは言葉を失ってしまった。先輩の言うことは間違っていない。正しいともわかっている。でも。
「でもっ、ちゃんと、説明すれば、きっと……!」
「おまえが変なんだ」
「え?」
「ふつうはな、あやかしがいるなんて言っても誰も信じねぇんだよ。信じるとしたらよっぽどの変人だ。まともな人間は、こっちのことを頭のおかしい人種だって判断して距離を置く」
「……」
「そんなもんだ」
淡々とした先輩の声には、ひとかけらの寂しさも滲んでいなかった。混ざっているとしたら、なんでこんなことがわからないんだという苛立ちだけ。
胸がぎゅっと痛くなって、あたしはお守り袋にそっと手を伸ばした。
それが当たり前だと先輩が本心で思っていることは、いやでもわかった。
今まで先輩が、――あやかしを見ることができた先輩が、そういう経験を積んできたから故のものだということも。
信じてくれるだろうかと期待しても、信じてもらえなくて。それどころか変人や嘘吐きのレッテルを貼られて。そんなことを何度も繰り返してきたのかもしれない。
「すみま、せん」
「謝る気のない見本みてぇな謝罪だな」
「そんなこと! ……ない、と思う、んですけど」
「なんだ、その尻すぼみ」
小さく先輩が笑う。先輩の言うことはきっと正しい。でも、あたしは嫌だと思う。そう思ってしまうのは、あたしの我儘で勝手だ。
そのあたしを諫めるために、先輩にそんな説明をさせてしまった。そのことへの謝罪のつもりだった。
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