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第一章:ようこそ「あやかしよろず相談課」
河童の川探し⑥
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先輩の手を借りて川から上がったときには、河川敷には誰もいなかった。けれど、河童がいた事実を示すように草木のある一部分だけが倒れている。
「あの……」
狐か狸に化かされた気分で、あたしは先輩を振り仰いだ。先輩の言葉と自分の目を信じるならば、化かした相手は河童なのだろうが、にわかには信じられない。
「河童って化けれるんですか」
「シダの葉で頭を撫でると人間に化けるって言うだろ」
「知らないですよ、そんな妖怪豆知識!」
知るわけがない。化けるのなんて、せいぜい狸か狐じゃないの。狸がかわいく葉っぱでどろんってするのがふつうなんじゃないの。
ふつうって、その、アニメでしか見たことはないし、この目で見ることになろうとは想像もしていなかったけれど。いや、でも。
悶々と悩んでいると、先輩がつなぎの裾を絞りながら呆れたように溜息を吐いた。
ちなみに濡れ鼠のあたしは、衣服をどうのこうのしようというのは諦めている。
「うちは、こんなのばっかりなんだよ。実際に見ないと信じねぇだろうから、説明のしようがなかっただけで」
「説明のしよう、って。つまり、その」
「詳しいことは帰ったらおっさんが説明するだろ。よろず相談っつうのは、人間からじゃなくて、こういう……、なんつうかな、妖怪からの相談がほとんどなんだよ」
「はぁ」
としか言えなかった。たしかに信じられない。けれど、目にしてしまった事実も消えない。あれは、なんというか、河童だった。でも、河童だとしても、なんで。
疑問を覚えて、ゴミ袋を縛りながら先輩に尋ねる。
「でも、じゃあ、あの河童のおばあさんは、なにを相談したかったんですか?」
失くしたものを見つけてほしいと、あのおばあさんは言った。けれど、先輩は、あのおばあさんは河童なので、仮に本当に失くしものをしたとしても、自分ですぐに見つけられるという。
溜息交じりに先輩が濡れた前髪を後ろにかきやった。水でぺしゃんこになった頭に鳥の巣頭の面影はない。
水滴が気になったのか眼鏡も外して、つなぎの胸ポケットに突っ込んでいる。露わになった横顔は、あたしにはとても懐かしいものだった。
先輩だと思った。言わなかったけれど。昔、あたしが勝手に憧れた、最上先輩。
「おまえを試して遊んでただけだ」
その答えにあたしは慌てて横顔から視線を外した。そして、繰り返す。
「試す?」
試すって、どういうことなんだろう。その答えは、また先輩から返ってきた。先輩でもなんでもないから教えないと言ったくせに。あたしからの問いかけに、先輩はちゃんと答えてくれる。
たまに無視されることもあるけれど。
「妖怪は完全な悪じゃないが善でもない。人間を騙すし、試す。取引のできる信の置ける生き物かどうかを知りたいんだ」
その言葉をあたしはゆっくりと噛み砕こうとした。そうすると、このあいだの山のおばあさんもそうだったのだろうか。
これから接していく市役所の新人が信の置ける人間かどうか、試したかったのだろうか。
そうだったとして、あたしは信頼できる相手だと思ってもらえたのだろうか。
「まぁ、一応おまえは合格ってことだったんだろ。少なくとも、今日の河童は」
よくわからないながらも、ほっとした。信用できると思ってもらえたのなら素直にうれしい。信頼は関係を築いていく第一歩だと思う。
本当に相手が「あやかし」であったとしても、同じはずだ。
「繰り返すが、あいつらは完全な悪じゃない。妖怪なんて言い方をするが、時代と地域が変われば神と称されることもある」
悪い奴じゃない。あるいは、試されたからと言って怒るな。そう言われた気がして、あたしはどう答えようか悩んでしまった。
妖怪のことはわからない。でも先輩のことは少しだけわかる。
このあいだの山のおばあさんも、今日の河童のおばあさんも、先輩はきっと嫌いではないのだろう。
「人間だって同じですよね。良い人もいれば悪い人もいる。相性がいい人もいれば、そうでない人もいる」
それには答えず、先輩は黙ったまま歩き出した。慌ててそのあとを追いかける。
水を含んだ靴が気持ち悪い。帰ったら干さないといけないと考えると億劫だし、疲れたなぁとも思う。けれど、それ以上の充足感もあった。
「あの……」
狐か狸に化かされた気分で、あたしは先輩を振り仰いだ。先輩の言葉と自分の目を信じるならば、化かした相手は河童なのだろうが、にわかには信じられない。
「河童って化けれるんですか」
「シダの葉で頭を撫でると人間に化けるって言うだろ」
「知らないですよ、そんな妖怪豆知識!」
知るわけがない。化けるのなんて、せいぜい狸か狐じゃないの。狸がかわいく葉っぱでどろんってするのがふつうなんじゃないの。
ふつうって、その、アニメでしか見たことはないし、この目で見ることになろうとは想像もしていなかったけれど。いや、でも。
悶々と悩んでいると、先輩がつなぎの裾を絞りながら呆れたように溜息を吐いた。
ちなみに濡れ鼠のあたしは、衣服をどうのこうのしようというのは諦めている。
「うちは、こんなのばっかりなんだよ。実際に見ないと信じねぇだろうから、説明のしようがなかっただけで」
「説明のしよう、って。つまり、その」
「詳しいことは帰ったらおっさんが説明するだろ。よろず相談っつうのは、人間からじゃなくて、こういう……、なんつうかな、妖怪からの相談がほとんどなんだよ」
「はぁ」
としか言えなかった。たしかに信じられない。けれど、目にしてしまった事実も消えない。あれは、なんというか、河童だった。でも、河童だとしても、なんで。
疑問を覚えて、ゴミ袋を縛りながら先輩に尋ねる。
「でも、じゃあ、あの河童のおばあさんは、なにを相談したかったんですか?」
失くしたものを見つけてほしいと、あのおばあさんは言った。けれど、先輩は、あのおばあさんは河童なので、仮に本当に失くしものをしたとしても、自分ですぐに見つけられるという。
溜息交じりに先輩が濡れた前髪を後ろにかきやった。水でぺしゃんこになった頭に鳥の巣頭の面影はない。
水滴が気になったのか眼鏡も外して、つなぎの胸ポケットに突っ込んでいる。露わになった横顔は、あたしにはとても懐かしいものだった。
先輩だと思った。言わなかったけれど。昔、あたしが勝手に憧れた、最上先輩。
「おまえを試して遊んでただけだ」
その答えにあたしは慌てて横顔から視線を外した。そして、繰り返す。
「試す?」
試すって、どういうことなんだろう。その答えは、また先輩から返ってきた。先輩でもなんでもないから教えないと言ったくせに。あたしからの問いかけに、先輩はちゃんと答えてくれる。
たまに無視されることもあるけれど。
「妖怪は完全な悪じゃないが善でもない。人間を騙すし、試す。取引のできる信の置ける生き物かどうかを知りたいんだ」
その言葉をあたしはゆっくりと噛み砕こうとした。そうすると、このあいだの山のおばあさんもそうだったのだろうか。
これから接していく市役所の新人が信の置ける人間かどうか、試したかったのだろうか。
そうだったとして、あたしは信頼できる相手だと思ってもらえたのだろうか。
「まぁ、一応おまえは合格ってことだったんだろ。少なくとも、今日の河童は」
よくわからないながらも、ほっとした。信用できると思ってもらえたのなら素直にうれしい。信頼は関係を築いていく第一歩だと思う。
本当に相手が「あやかし」であったとしても、同じはずだ。
「繰り返すが、あいつらは完全な悪じゃない。妖怪なんて言い方をするが、時代と地域が変われば神と称されることもある」
悪い奴じゃない。あるいは、試されたからと言って怒るな。そう言われた気がして、あたしはどう答えようか悩んでしまった。
妖怪のことはわからない。でも先輩のことは少しだけわかる。
このあいだの山のおばあさんも、今日の河童のおばあさんも、先輩はきっと嫌いではないのだろう。
「人間だって同じですよね。良い人もいれば悪い人もいる。相性がいい人もいれば、そうでない人もいる」
それには答えず、先輩は黙ったまま歩き出した。慌ててそのあとを追いかける。
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