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第一章:ようこそ「あやかしよろず相談課」

山での初仕事②

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 ……なんか、緊張してきたな。

 国民健康保険課も苦情の多い窓口ではあったけれど、勝手が違いそうだ。
 そういえば、課長も七海さんも口を揃えて特殊だって仰っていたものな。なんてことを考えていたら、島の真ん中に設置されている子機が鳴りはじめてしまった。慌てて子機に手を伸ばす。勝手がわからずとも電話を取り次ぐくらいのことはできるつもりだ。

「はい、よろず相談課です」
「おや、あんた。新人かい?」

 不信感の滲んだおばあさんの声に、あたしは精いっぱいの愛想を振り絞った。

「は、はい。三崎と申します。この四月からこちらに配属になりま……」
「新人なんだね、わかった、わかった。じゃあ、いつものお兄ちゃんに代わっとくれ、あんたじゃ話にならないからね」
「失礼ですが、お名前をお聞きしても……」
「だから、お兄ちゃんに代わっとくれと言っとるじゃないの! まったく、これだから役所の人間は」
「は、はい、あの」

 お兄ちゃんと称されてもおかしくない人間が、少なくともふたりはいるのだ。保留ボタンを押したまま、おろおろと見比べる。

「あ、あの……」
「もしもし」

 最後まで言わせてさえもらえなかった。不愛想に伸びてきた指が、子機を奪い取っていく。

「なんだ、ばあさん。またいちゃもんか」

 市民の方に対する口の利き方ではないと思うのだけれど、漏れ聞こえてくるおばあさんの声は先ほどとは大違いにご機嫌で。

 ――最初から、やらかした……。

 電話の取次ぎくらいはできると自信満々だった数分前の自分が居た堪れない。

「三崎くん、三崎くん」

 肩を落としたあたしを見かねたのか、七海さんが囁く。

「は、はい。すみません」
「そんなに恐縮しなくていいからね。それと妙な電話は真晴くんに回したらいいよ。処理してくれるから」
「え、でも、それは……」

 恐縮しきりのあたしに、七海さんがほほえむ。なんの問題もないよというように。

「大丈夫、大丈夫。しばらくすれば、きみにもできるようになるから。それまでは甘えて真晴くんの仕事を見ていたらいいよ」

 本当にそうだろうか。不安はいっぱいだけれど、七海さんの心遣いはありがたい。

「ありがとうございます、がんばります」

 ぺこりと頭を下げると、七海さんが頷いた。
 先輩はまだ電話対応中だ。勉強させてもらうべく耳を澄ます。やはりとんでもなく口調は雑だが、あたしと話しているときと違って棘はない。
 うーんと内心で首を捻る。話している内容はいまひとつわからないけれど、ここではこういった対応が求められているのだろうか。

 電話で相談してくるのは、いわゆる常連さん。
 どの方にも公平に接することを念頭に置いていた前の課とは違う、一線を越したようにも思える親身な対応。
 一件だけで判断はできないけれど、かすかに聞こえるおばあさんの声はやっぱり楽しそうだ。

 ――楽しかったらいいというものでもないとは思うけれど。

 そうこうしているうちに話が付いたらしく、先輩が子機を置いた。

「あ、あの」
「おい、新人」
「はい! あの、すみませんでした」

 ご迷惑おかけしましたという謝罪を完全に無視して、先輩が立ち上がる。

「行くぞ」
「はい?」
「着いてこい」

 言うなり、ドアに向かって先輩が歩き出す。その背中と七海さんとを見比べる。行っておいでと目配せされて、慌ててあたしも立ち上がった。
 なにを持って行けばいいんだろう。先輩は手ぶらみたいだし、職員証だけ持って行ったら大丈夫かな。
 そう判断して、七海さんと課長とにぺこりと頭を下げる。

「あ、あの、行ってきます!」

 どこに行くのかはまったくわからなかったが。このままとろとろとしていたら確実に置いてきぼりを食らう。

「はい、行ってらっしゃい、気をつけて」

 廊下に出ると、先輩の姿はもう見えなくなっていた。階段を降りる足音だけが響いている。
 もう少しくらい待っていてくれてもよくないですか、先輩。心で泣きながら、あたしは階段を駆け下りた。

「せ、先輩、先輩」

 旧館の入り口でやっと追いついて声をかける。

「あ、あの。いったい、どこへ」
「さっきのばあさんのところだ」
「え!」

 謝罪行脚だろうか。慄いたあたしに、先輩が「そうじゃねぇ」とぶっきらぼうに否定する。

「頼まれごとができた。車で行くぞ」
「公用車? もう借りてあったんですか?」

 公務で移動するときに使用するのは自家用車ではなく公用車だ。そして公用車を使用する際には申請書を出して管理課から鍵を借りなければならない。
 いつのまに準備していてくれたんだろう。目を瞬かせると、先輩が苦虫を噛んだ顔で天を仰いだ。

 ……もしかして。

 嫌な予感が駆け巡っていく。もしかして、この人、今までひっそりと自家用車で行動していたのだろうか。

「あ、あの。あたし、今から借りてきますよ。申請書に課長のサインもらってからになりますから、いったん、よろず相談課に戻りますけど。……あの、十分くらいで用意しますから!」

 笑顔を張り付けて言い募ると、地名だけ返ってきた。申請方法知ってるんじゃないですかと言いたくなったのを堪えて、待っていてくださいねと念を押す。
 不承不承の顔で先輩が溜息を吐いたのを確認して、あたしは踵を返した。
 下りてきたばかりの階段を駆け上がりながら、絶対に明日からはスニーカーにしようと心に決めた。
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