南食堂ほっこりごはん-ここがきっと幸せの場所-

木原あざみ

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笑う門には福来る

25:時東悠 1月29日7時1分 ③

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「いや、俺こそ、なんというか、みっともないところをお見せして」
「おまえがみっともなくないなんてことあったかよ」

 意を決して謝ったのに一蹴されてしまい、時東は口を曲げた。

「ひどい。南さんに俺がどう見えてるのか知らないけど、こう見えても、俺、結構ちゃんとしてるんだからね」
「だからだろ」
「え?」
「誰の前でも格好付けようとするから、そうなるんだろうが」

 そう、というのが味覚障害を指していることがわかって、へにゃりとした笑顔になる。みんながみんな南さんみたいだったら、俺の世界はたぶん平和なんだろうなぁ。
 そんな馬鹿みたいな想像が浮かんだからだ。そんな世界はありえないけれど、目の前にひとりいてくれるのだ。そう思えば、なんだか恵まれている気もする。

「俺の場合、原因はストレスだと思うんだけど。こう見えても繊細なんだよね、困っちゃう」
「おまえが繊細なのはよくよくわかったから。勝手に判断してねぇで、病院行け。もし違う病気だったらどうするんだ」
「そうだねぇ。南さんはどうする?」
「……俺はたまに本気でおまえの日本語がよくわからない」
「嫌だな。ジェネレーションギャップを感じるほどの年の差じゃないでしょ。俺と同じ時期に『学生』やってたくらいなんだからさ」

 さらりと口にした時東に、わずかに驚いたふうに南が動作を止めた。理由はなんとなく見当が付いたけれど、気づかないふりでにこりとほほえむ。その先で、指先がゆっくりと湯呑に伸びていく。一呼吸入れるように口を付け、南が呟いた。どこかぶっきらぼうに。

「その理屈だと、大学生も小学生もひとくくりに『学生』になってねぇか」
「そんなことないってば。それより、話を戻すけど。もし、俺が病気だったら南さんはどうするのって聞いたの、俺は」
「心配に思うから、行けって言ってるんだろうが」
「そうなんだ」

 心配してくれてるんだ。思わずにんまりと笑った時東に、南が呆れたように視線を外した。

「本当、おまえは……」
「なに?」
「なんでもない」
「嘘。言ってよ、気になるじゃん」
「昔からなんだかんだで変わらないなって思っただけだよ」
「え?」
「自信過剰でわがままで、かわいげのないところがかわいいだけが救いのクソガキ」
「ひどいなぁ」

 笑いながらも、なんだか泣きそうだった。昔の自分を覚えていてくれる人がいることが、うれしいとは知らなかった。今も変わらず受け入れてくれることが、幸せだとは知らなかった。

「ねぇ、南さん」
「なんだ?」
「東京に戻ります。逃げないで頑張ってみる」
「そうか」
「うん。ありがとう。南さんのおかげです」
「俺じゃない。おまえが決めたんだろ」
「うん。でも、ありがとう」

 そう考えることができるようになったのは、南のおかげだ。そのことに疑いの余地はない。

「春になったら、また戻ってきていい?」
「好きにしろって言ってるだろ」
「うん」

 ごちそうさまでした、と手を合わせてから、時東はもう一度、南を見た。一緒に食べるごはんも、しばらくお預けだなぁと惜しみながら。

「そのときは、好きだって言ってもいい?」
「……は?」
「俺がいないあいだに取られたら嫌だから、仮予約」
「仮予約って、おま……」

 呆れ切った顔が、諦めたように頭を振る。

「好きにしろよ」

 許されていないのだったら、許される状態まで持ち込めばいいのだ。振られたわけではないので、諦める必要もない。
 どうせ、わがままな子どもなのだから、もう少しわがままな子どもの特権を行使させてもらってもいいだろう。南だって、大人ぶって「常識」という盾を振りかざしているのだから。そこを突くことができるのも子どもの特権だ。
 受け入れてくれる人がいる。そう思うことができるだけで、生きていくこともできる気がする。そう思う自分は単純なのだろうけれど。今はたぶん、それでいいのだと思った。いつか。思い返してもいいと思える、そのときまで。
 それがどれだけ先の未来になるのかはわからないけれど、この人の近くにいれば、手が届く日が来るのではないかと思うことができる。

「うん。好きにする」

 東京に戻って、また歌を創ろう。思うようにできるかはわからないけれど、逃げずに自分と向き合ってみよう。そうして、またここに戻ってくる。そのときは、この人とも、自分の気持ちとも、逃げずに向き合おう。決めて、時東は笑顔で駄目押した。

「だから、覚悟しておいてね、南さん」

 返事を待たなかったことが、最後の譲歩のつもりだ。一気に距離を詰めるつもりはないし、ついでに言うのならば、少しくらい南に悩んでもらっても罰は当たらないだろう。勝手な子どもの気分のままに決めて、帰る準備に着手する。
 軒先まで見送りに来てくれた南は、渋い顔のままだったけれど、時東の発言の真意については特に問い質さなかった。その代わりのように、「おまえ、結局、荷物は置いていくのかよ」と諦念交じりの非難が落ちてきて。時東は地団太を踏み鳴らしたくなった。

「だから、また戻って来るって言ってるのに!」
「わかった、わかった」

 おざなりすぎる返事に、拗ねた視線を送る。沈黙後、南はわずかに空を仰いだ。その視線がゆっくりと降りてきて時東を捉える。強い意志の滲む瞳に、柔らかな光が帯びる瞬間が時東は好きだった。いつか、その瞳に自分だけが映ればいいのに、と馬鹿なことを夢想してしまう程度には。

「気を付けて行けよ」

 帰れよ、ではなく、行ってこい。その言葉に「うん」と笑顔で頷いて、細い私道をバイクを押して下る。町道に出る手前で振り返ると、変わらない場所にまだ彼がいた。最後に大きく手を振って、時東はバイクを発車させた。風は冷たい。けれど、良い天気だ。この人と一緒に過ごす世界は、いつだって良い天気だ。
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