南食堂ほっこりごはん-ここがきっと幸せの場所-

木原あざみ

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笑う門には福来る

25:時東悠 1月29日7時1分 ①

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 この人を、好きだと感じたのは、いったいどの瞬間だったのだろう。そもそもとして、自分は同性が好きな人間だったのだろうか。時東にはよくわからない。
 とは言え、すべてをわからないで済ませるわけにはいかないと思ったから、一応考えたのだ。明確な答えは出なかったけれど。ただ、疲れたとき、苦しかったとき、心が疲弊して、どうしたらいいのかわからなかったとき。真っ先に逢いたいと願うようになった。その事実がすべてなのかもしれない、と思う。

 ――なんでなんだろうなぁ。

 自問とも諦めともつかない問いを布団の中で繰り返し、眼を閉じる。眠りたくないと思っていたはずなのに、どんどんと睡魔に呑まれそうになっていく。けれど、決して嫌な感覚ではなかった。
 不思議だなぁ、と。何度目になるのかわからないことを思う。
 この家は、ここの家主は、時東の頑なな心を落ち着かせる。揺さぶってくることも多々あるけれど、最終的には、ここにいてもいいと許してもらえた気分になるのだ。時東が思っているだけではあるけれど、人間は自分の主観で生きているわけであって。つまり、自分がそう信じることができるのなら、そういうことなのだ。
 そこまで考えて、「信じて」いるらしい自分に、時東は驚いた。もう誰も信じたくない。必要以上に親睦は深めない。そう決めて生きていたのに。
 自分を守りたかったし、これ以上、傷つきたくなかったからだ。大切だったはずの人に嫌われて、ひとりぼっちになることに耐えらないとわかっていたから。
 それなのに、何度も何度も手を伸ばしたくなった。だから、それが答えだった。
 過去を共有したいとは、やはり思わない。慰められたいわけでもない。それもまた紛れもない本心だ。だが、うれしかったのだ。その感覚も不可思議ではあったのだけれど。
 悶々と悩んでいたことが、あるいは、心の奥深くに沈めて見ないようにしていたものたちが。柔らかなものに包み直されていくようだった。
 その日、もう、悪夢は見なかった。



[25:時東悠 1月29日7時1分]



 朝の七時にセットしたスマートフォンのアラームで、眼が覚める。カーテンの隙間から届く朝の光が、天気の良さを時東に教えていた。問題なく、バイクで東京まで戻ることはできそうだ。
 カーテンを開けて、しばらく見納めとなる景色をぐるりと見渡す。山はところどころ白いが、地上の積雪はない。

「……普通に寒いし」

 苦笑とも愚痴ともつかないそれが勝手にこぼれおちる。いつもの自分の声だった。
 中途半端な時間に起きたせいで眠いし、そもそもとして、めちゃくちゃに寝覚めが良い性質でもないし。でも。変わらず朝は来るんだなぁ。そんなあたりまえのことを唐突に実感する。
 そう、あたりまえだ。誰かひとりの存在で世界が一変するなんて有り得ない。けれど、生きやすくなることはあるのかもしれない。そんなことを思った。
 たとえば、その人がいるから、もう少し前を向いてみようと思うことができること、だとか。
 身体的には眠いものの、なんだか、ひどくすっきりした気分だった。
 身支度を整え、階下に向かう。朝ご飯の匂いをおいしそうだと自然と感じた自分に、時東はほっとした。味覚が死んでいると承知していても、変わらず準備をしてくれる気持ちがありがたかった。味があろうが、なかろうが、食べないと人間は生きていけないのだから。
 夜の醜態を思い返すと気恥ずかしかったけれど、それよりも顔を見たいという欲求が強かった。

「南さん、おはよう」

 たぶん、昨日よりはずっとマシな笑顔になっていたと思う。台所に顔を出した時東に、食卓で新聞を広げていた南が顔を上げた。何事もなかったような表情のまま時東を一瞥し、新聞を閉じる。
 この年代のひとり暮らしで新聞を取っている人も少ないだろうなぁ、と見るたびに思うのだが、似合っているのもまた事実だ。

「おはよう」
「うん」
「よく寝れたか?」
「うん」

 それは本当だったので、にこりとほほえむ。その顔を見ていた瞳がふっとゆるんだ。

「朝は? どうする?」
「……いただきます」

 褒めてもらった気分で、南の前の席を引く。明かり取りから差し込む光が机の木目を照らしていて、綺麗だった。
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