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笑う門には福来る
23:時東悠 1月26日17時05分 ②
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「なに、なに。なんなの? あんたの友達? 信じられないんだけど!」
ここまでまっすぐに驚く反応も、正直ひさしぶりだなぁ、と思いつつ、時東はにこにこと愛想良くほほえんだ。
東京の街中だと、気がつかれたとしても隠し撮りがせいぜいなので。
――まぁ、知人の家にいるっていう状況とは、びっくり度は違うだろうけど。
「すみません、お邪魔してました」
という申し訳なさ込みで笑いかければ、驚いていた顔がぱっと赤くなった。「やだ、あたし、すっぴんだった」なんて言いつつ。手櫛で髪を整え始めた彼女に、南が呆れた声をかけた。
「だから、勝手に人の家に入るなって言っただろうが。おまえ、もう三十だろ。落ち着きねぇな」
「ちょっと、まだ二十九なんだけど。というか、なんでここでそういうこと言うわけ? 本当そういうとこ!」
デリカシーもなにもないんだから、と言い捨てたところで、長々とした溜息。ようやく興奮が治まったらしい。
「なんでって思ったけど、そういや、テレビのロケであんたのとこに来てたんだっけ。え? もしかして、そこからの付き合いなの?」
「……まぁ、そう」
「なによ、だったら教えてくれてもいいのに」
「やだよ。煩そうだもん、おまえ。実際、今、煩いし」
にべもなく切り捨てる調子に、時東はそっと苦笑した。自惚れではなく、自分のことを配慮してくれていたのだと知っている。その時東を視線で示し、だから、と南が言う。
「こいつもいるし、麻美が手伝ってくれなくても問題ないから。春香、待ってるだろ」
「まぁ、それならいいんだけど」
「あと、それと、怒ってないっておまえからも言っといて。またすぐに遊べるから気にすんなって」
その言葉に、彼女は悩ましそうに眉を寄せた。そうして、芝居がかったふうに、ひとつ溜息を吐く。
「あんたがそうやって甘やかすから、うちの娘の報われない初恋が終わらないのよね。この調子であの子が思春期に差し掛かったころに、あんたが結婚でもしてみなさい。ぐれるわよ」
「誰が」
「春香が、に決まってるでしょうが」
「そんなわけないだろ。そのうち、同級生を好きになるに決まって……」
「その台詞、去年も一昨年も聞いたんだけど?」
姉弟のような会話は変わらずほほえましいはずなのに、なぜだか苦笑をすることができなかった。
――結婚。結婚、か。
「ねぇ、ちょっと。時東さん。この愛想のない男のなにがそんなによかったの」
その声に、はっとして時東は表情を取り繕った。なんでもないふうに、ほほえむ。いつもどおりの、らしい顔で。
「落ち着くんです、ここ。それで、俺も南さんについつい甘えちゃってて」
「ここが?」
信じられないと跳ね上がった声に、同意を示して頷く。この町が、というよりは、南の傍が、ではあるのだけれど。それは言う必要のないことだ。
「あたしからしたら、なにもないところですけどねぇ。東京の人から見たら、そんなものなのかなぁ」
「麻美」
「わかった、わかった。わかりました。帰るし、誰にも言わないわよ。安心しなさい」
おざなりに南に言い放った彼女が、時東に向かい軽く頭を下げた。
「それじゃ、時東さん。面倒かけますけど、よろしくお願いしますね、それ」
「あ……、いや、その、俺で役に立つことであれば」
「やせ我慢ばかりする意地っ張りなんで、適当に手を貸してやってください」
騒々しさの薄れた母親然とした態度に、曖昧に時東は頷いた。そうする以外できなかったのだ。
ここは、この人の世界なんだな。そんなことを思ってしまった。
この人が生まれ育って、生活する世界。本来だったら、自分が存在しない世界で、自分がいなくても、なにも問題はなく回っていく世界。
ここまでまっすぐに驚く反応も、正直ひさしぶりだなぁ、と思いつつ、時東はにこにこと愛想良くほほえんだ。
東京の街中だと、気がつかれたとしても隠し撮りがせいぜいなので。
――まぁ、知人の家にいるっていう状況とは、びっくり度は違うだろうけど。
「すみません、お邪魔してました」
という申し訳なさ込みで笑いかければ、驚いていた顔がぱっと赤くなった。「やだ、あたし、すっぴんだった」なんて言いつつ。手櫛で髪を整え始めた彼女に、南が呆れた声をかけた。
「だから、勝手に人の家に入るなって言っただろうが。おまえ、もう三十だろ。落ち着きねぇな」
「ちょっと、まだ二十九なんだけど。というか、なんでここでそういうこと言うわけ? 本当そういうとこ!」
デリカシーもなにもないんだから、と言い捨てたところで、長々とした溜息。ようやく興奮が治まったらしい。
「なんでって思ったけど、そういや、テレビのロケであんたのとこに来てたんだっけ。え? もしかして、そこからの付き合いなの?」
「……まぁ、そう」
「なによ、だったら教えてくれてもいいのに」
「やだよ。煩そうだもん、おまえ。実際、今、煩いし」
にべもなく切り捨てる調子に、時東はそっと苦笑した。自惚れではなく、自分のことを配慮してくれていたのだと知っている。その時東を視線で示し、だから、と南が言う。
「こいつもいるし、麻美が手伝ってくれなくても問題ないから。春香、待ってるだろ」
「まぁ、それならいいんだけど」
「あと、それと、怒ってないっておまえからも言っといて。またすぐに遊べるから気にすんなって」
その言葉に、彼女は悩ましそうに眉を寄せた。そうして、芝居がかったふうに、ひとつ溜息を吐く。
「あんたがそうやって甘やかすから、うちの娘の報われない初恋が終わらないのよね。この調子であの子が思春期に差し掛かったころに、あんたが結婚でもしてみなさい。ぐれるわよ」
「誰が」
「春香が、に決まってるでしょうが」
「そんなわけないだろ。そのうち、同級生を好きになるに決まって……」
「その台詞、去年も一昨年も聞いたんだけど?」
姉弟のような会話は変わらずほほえましいはずなのに、なぜだか苦笑をすることができなかった。
――結婚。結婚、か。
「ねぇ、ちょっと。時東さん。この愛想のない男のなにがそんなによかったの」
その声に、はっとして時東は表情を取り繕った。なんでもないふうに、ほほえむ。いつもどおりの、らしい顔で。
「落ち着くんです、ここ。それで、俺も南さんについつい甘えちゃってて」
「ここが?」
信じられないと跳ね上がった声に、同意を示して頷く。この町が、というよりは、南の傍が、ではあるのだけれど。それは言う必要のないことだ。
「あたしからしたら、なにもないところですけどねぇ。東京の人から見たら、そんなものなのかなぁ」
「麻美」
「わかった、わかった。わかりました。帰るし、誰にも言わないわよ。安心しなさい」
おざなりに南に言い放った彼女が、時東に向かい軽く頭を下げた。
「それじゃ、時東さん。面倒かけますけど、よろしくお願いしますね、それ」
「あ……、いや、その、俺で役に立つことであれば」
「やせ我慢ばかりする意地っ張りなんで、適当に手を貸してやってください」
騒々しさの薄れた母親然とした態度に、曖昧に時東は頷いた。そうする以外できなかったのだ。
ここは、この人の世界なんだな。そんなことを思ってしまった。
この人が生まれ育って、生活する世界。本来だったら、自分が存在しない世界で、自分がいなくても、なにも問題はなく回っていく世界。
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