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笑う門には福来る

22:時東悠 1月26日12時25分 ②

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「それにしても、おまえは本当にじっとできないね。ちょっとは大人しく座ってられないの。見てるこっちが気になるんだけど」
「俺はおまえの運転する軽トラの助手席に座ってるほうが怖かった」
「うわ、かわいくない。もしかして、まだ根に持ってんの? 俺がおまえの車、擦ったこと」
「違う。おまえの運転が雑だって言ってんだ」

 どうにもこうにも身が入らず一階に下りると、話し声がはっきりと耳に入った。春風がいることは想定内だったものの、会話の発生源とトーンは少し想定外だ。
 きまりが悪そうな、というか、どこか不貞腐れたような調子。

 ――というか、なんで、台所?

 いつもなら、炬燵のある居間にいるはずなのに。そう踏んで台所の前を通るルートを選択したのだが、間違ったみたいだ。
 とは言え、いるとわかって素通りをすることも感じが悪いだろう。

「お帰りなさい、お疲れさま……って、どうかしたの? 南さん」

 そう思い切って、台所の暖簾を愛想良く捲った時東だったが、目に入った光景に首を傾げることになった。朝と同じように椅子に座っているものの、南の右足にはなぜか包帯が巻かれている。
 反応を示した時東に、もう片方の椅子に座っていた春風が楽しそうな笑みを浮かべた。

「こんにちは、時東くん。さすが目敏いね」
「目敏……、はぁ」
 
 褒められている気はいっさいしないし、春風に聞いたわけではなかったのだが。
 時東の微妙な返事をものともせず、「まぁ、聞いてよ」と春風が話を進める。
 自分もマイペースだと評されることはあるけれど、この人ほどではないだろうな、と時東は思った。

「見てのとおりなんだけど、右足、捻っちゃったらしくて」
「あれ。俺、フラグ立てちゃった?」
「そんなわけあるか」

 嫌そうに南に一蹴され、「冗談だってば」と慌てて苦笑を返す。

「それはそうとして、大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫」

 請け負ったのは、南ではなく春風だった。

「そこまでひどくないらしいから。まぁ、この人、じっとできないからね。歩き回ったら治りが遅くなるとは脅されてたけど」
「なら、まぁ、よかったですけど」

 それは、まぁ、本当にそう思うのだけど。雪道で怪我なんて誰がするかと豪語したあとだからか、どことなく不機嫌そうな顔をしている。
 だが、しかし。春風にとっては、その不機嫌顔もさした問題ではないらしい。説明半分の茶々を入れながら、けたけたと笑っている。

「榊のばあちゃんが転びかけたの支えようとして巻き込まれたんだって。馬鹿だねー、本当。自分は若くて運動神経も良いって過信してるから、そういうことになるんだよ」
「おまえよりマシだ。というか、違う。榊のばあちゃんは関係ない。反対側から春香が突っ込んできたから、こうなったんだ」
「かわいいじゃない。春香ちゃんなりに助けてあげようと思ったんでしょ。あの子、凛のこと大好きだもんね」
「危うく踏みつぶしかけたけどな」
「もっと妙な転び方して、手首捻ったりするよりよかったじゃん。まぁ、踏みつぶしたほうが怪我は少なかったと思うけど」

 なんとなく状況が察せられ、時東もお愛想で笑った。その春香ちゃんとやらは、「遊ぼう」と強請っていた相手に違いない。
 関わり合いの深い田舎ではあたりまえなのかもしれないが、今の自分の周囲とは人付き合いの濃密さがまったく異なっている。
 ずっと面倒だと思っていたはずの濃密な場所に、なんで自分はいるんだろう。ぼんやりと考えていると、「ちなみにね」と春風が時東に水を向けた。
 
「その春香ちゃんって、ちょっと先のご近所さんなんだけど。御年六歳。将来の夢は凛ちゃんのお嫁さんらしいよ?」
「おまえじゃなくて俺を選ぶあたり、将来安泰だって言われてたけどな」

 笑うに笑えないまま、曖昧に頷く。
 まぁ、見た目だけなら、女の子は春風さんを選ぶだろうなぁ。王子様的美形ってやつだし。見た目だけなら。
 内心で毒づいて憂さを晴らしていただけだったのだが、含みのある笑みを向けられ、時東はドキッとした。

「それにしても、凛はモテるね。はるかちゃんに」
「え? あぁ、時東も『はるか』なんだっけ」
「そうだけど」

 なんで、そこで自分の名前に思考が直結するのか。幼い子どもの好きと完全に同一視されている現状に、苦笑いで補足する。

「本名は漢字なんだけどね。デビューするときに字面が硬いって話になって、ひらがなにしたの」

 特にこだわりはなかったので、時東に否はなかった。もともと自分を下の名前で呼ぶ人間はほとんどいない。今となっては、家族とマネージャーくらいのものだ。
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