南食堂ほっこりごはん-ここがきっと幸せの場所-

木原あざみ

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笑う門には福来る

20:時東悠 1月25日21時50分 ③

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 みっともない感情はおくびにも出さず、時東はほほえんだ。

「でも、言われてみると、案外、納得っていうか。南さんの家ではじめて春風さんに会ったときも思ったもん。オーラがある人だなって」

 ついでに言うと、「本当にただの幼馴染みなの?」と。やたらと近い距離感について勘繰りたくもなったのだけれど。もちろん、後半は口に出さない。
 いつもの調子で軽口を叩いた時東に、南が「いや」と言い淀むように首を傾げた。

「おまえが変なライン寄こすから、なんかあったんじゃないかと思って」
「嫌だな、南さん。変なラインじゃなくて、俺の本心」

 逢いたい、と送信した夜のことを思い出しながら、なんでもない声で応じる。
 逢いたかった。この顔を見たかった。ここに来たかった。声を聴きたかった。それが叶ったから、もういいのだ。

「南さんだって、時間が空いたら、いつでも来ていいって言ったでしょ。だから、来たの。前と同じ」
「まぁ、そうか」

 時東と同じあっさりとした調子だった。以前の南と同じ、ここに来るあいだは、と期間限定で受け入れてくれる声。
 安堵して、けれど、どうしてもひとつ聞いてみたくなった。

「ねぇ、南さん」

 出してもらったアルコールに口も付けないまま、静かに問いかける。

「ずるいこと聞いてもいい?」
「ずるいこと? なんだよ」

 呆れた声音だったものの、拒絶の色はない。そのことにまたほっとして、この感情はなんなのだろうと時東は思った。
 しばらくして思い当たった名称に、失笑がこぼれそうになる。
 男はみんなマザコンとはよく言ったものだ。
 自分の良いところも、悪いところも、すべてを受け入れてくれる存在に甘えたいだけなのだ。そうして、独占したいと願っている。そうだとすれば、なんと幼い「好き」なのだろう。

「俺ってさ。まだここに来ること許されてた?」
「客を拒むわけねぇだろ」

 かつて何度も聞いた返事だった。だが、あのころと今は同じではない。そう思ったから、時東は問い重ねた。

「でも、俺、客じゃないじゃん。お金を受け取ってくれないのは南さんだし、時間外にお邪魔してるのは俺だし」
「俺の飯を食いたいって言ってるやつを追い出す道理もないからな」
「じゃあ、南さんに逢いに来てるって言ったら?」

 仕込みをするでもなく、カウンターに肘をついてこちらを見下ろしていた南が、ほんのわずか驚いた表情を見せた。けれど、すぐに呆れたものに変わる。

「だから、さっきも言っただろ。時間があるなら好きにしたらいいって」

 これは、許容ではないんだよな。重々わかっていたものの、それ以上を踏み込んで追い出されることは嫌だった。
 逆に言えば、ここで踏み留まるうちは追い出されることはない。
 だから、笑う。

「うん、ありがとう」

 それ以外の言葉を言うことはできなかった。甘やかされることを望み、拒まれることを恐れている。この現状を維持する限りは、なにかが変わることはない。
 それとも、と。コップの水面に映る曖昧な自分の笑顔を眺め、時東は思った。
 俺は、このままでいたいのだろうか。それとも、もっと近しい友人のような関係になりたいのだろうか。あるいは、春風と南のような、なにも言わなくともわかり合えるような存在に。
 それとも、もっと違う方向に舵を切りたいのだろうか。だが、切った結果、すべてを失うかもしれない。この居心地の良い、暖かな場所を。いや。
 みっともない笑顔を消すために、コップの中身をぐいと呷る。
 そうしてから、時東はもう一度笑みを浮かべた。曖昧なものではない、今までどおりの笑顔になっていると信じて。

「南さん。なんかちょうだい。今日はなにがあるの?」

 失うくらいなら、このままでいいのかもしれない。今の関係に、自分はなんの不満があるというのだろう。傷ついてもいいと思ったけれど、やはり、ここを失うことは嫌だった。
 ようやく見つけた落ち着くことのできる場所なのだ。それを自分の間違った選択で、失いたくはない。
 言い聞かせ、時東は我儘な子どもを演じてみせた。そうであるうちは、この人は自分を放り出さないだろうから。
 うまいはずの酒の味は、なんだかもうよくわからなかった。
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