65 / 82
笑う門には福来る
20:時東悠 1月25日21時50分 ②
しおりを挟む
今日は、雪が降っていなくてよかった。
ひさしぶりに目にした南食堂の明かりを眺め、時東はふうと息を吐いた。
事故を起こすつもりは毛頭ないけれど、ここに来る道中でそんなことがあれば、南は気に病むに違いない。
新調されたというのれんは、店内に引っ込められいる。閉店している証で、入ってもいいという時東にとっての誘い水。
そういえば、お雑煮食べ損ねちゃったな。もう一月も終わるけど、頼んだら作ってくれるかな。以前と変わらないことを夢想して、肩に入った力を抜く。
よし、これで心置きなく「ただいま」と足を踏み入れることができる。そう言い聞かせ、時東は軽く笑みを浮かべた。
できれば、この場所で作り笑いはしたくなかったのだけれど。自嘲気味な思考に蓋をして、三週間以上ぶりに南食堂の戸に指をかけた。
「こんばんは、南さん」
努めていつもどおりに声をかけると、南の顔が上がる。
「なんだ、おまえか」
カウンターの内側から返ってきた、あいかわらずのぶっきらぼうな言い方にほっとして、「そう、俺です」と時東はほほえんだ。
「なんか、ちょっとひさしぶり?」
「おまえはそうかもな」
「なんなの、おまえはって」
「つい昨日テレビで見た顔」
見ないと言っていたくせに、そんなことを言う。それとも芸能人扱いをするなと言ったことに対する当てこすりだろうか。
思ったものの、小さなことに反応を示して、この場所の空気を悪くしたくはない。へらりと笑い、カウンター席に勝手に腰を下ろす。
作業をしている南が一番よく見える、とっておきの指定席。
「そんなこと言われると、ちょっと気になるな。どれ見てたの? あれかな、クイズかな」
「いや、なんだったか忘れたけど。なんか見た気がする。CM?」
「あー、そっちの可能性もあったか。まぁ、でも、あと二ヵ月もすれば、俺、めちゃくちゃテレビ出るよ?」
マフラーを外して上着も隣の席に置く。顔を上げて改めてほほえめば、どこか気まずそうな顔の南と目が合った。
「なに? 南さん」
「いや、……おまえ、今日、どうすんの?」
「どうするって」
「だから、泊まってくの。帰るの」
「泊めていただくつもりですけど。そのつもりで荷物も置きっぱなしだし」
首を傾げると、目の前に酒が現れた。珍しい。いや、まぁ、泊まるので飲酒自体はかまわないというか、むしろ大歓迎ではあるのだが。この店で呑んだことはなかった気がしたのだ。酒を飲むときは、いつも南の家だったので。
「南さん?」
「あー、……その、悪かったな。アルバム、というか、春風」
「え? あー、うん、まぁ」
尋ねるよりも先に謝られてしまい、「そうだけど」と時東は曖昧に頷いた。
先手を打たれると拗ねることもできないし、知らないふりで情報を引き出すこともできない。
やられたなぁ、と思うのに、苛立たないのは、計算ではないと思うからだろうか。
「でも、知らなかったんでしょ? 南さん」
彼の幼馴染みから聞いた情報を口にすれば、ますますなんとも言えない顔になる。
「いや、まぁ、おまえがここにいたあいだは本当に知らなかったんだけど。おまえがあいつと会う前には知ってたから。その、なんというか、まぁ」
「なんというか?」
「連絡してやろうと思えば、できたというか。無駄にびっくりしただろ」
びっくりという言い方に、時東は少し笑った。驚いたかと問われると、まぁ、そうだと答える。驚いた。ついでに、自分に対する南の態度に得心がいって、勝手に落胆もした。
この人が営業時間外に芸能人の自分を受け入れてくれたことも、自分への接し方があくまで「ふつう」だったことも、慣れていたことが理由だと思い知ったからだ。
ひさしぶりに目にした南食堂の明かりを眺め、時東はふうと息を吐いた。
事故を起こすつもりは毛頭ないけれど、ここに来る道中でそんなことがあれば、南は気に病むに違いない。
新調されたというのれんは、店内に引っ込められいる。閉店している証で、入ってもいいという時東にとっての誘い水。
そういえば、お雑煮食べ損ねちゃったな。もう一月も終わるけど、頼んだら作ってくれるかな。以前と変わらないことを夢想して、肩に入った力を抜く。
よし、これで心置きなく「ただいま」と足を踏み入れることができる。そう言い聞かせ、時東は軽く笑みを浮かべた。
できれば、この場所で作り笑いはしたくなかったのだけれど。自嘲気味な思考に蓋をして、三週間以上ぶりに南食堂の戸に指をかけた。
「こんばんは、南さん」
努めていつもどおりに声をかけると、南の顔が上がる。
「なんだ、おまえか」
カウンターの内側から返ってきた、あいかわらずのぶっきらぼうな言い方にほっとして、「そう、俺です」と時東はほほえんだ。
「なんか、ちょっとひさしぶり?」
「おまえはそうかもな」
「なんなの、おまえはって」
「つい昨日テレビで見た顔」
見ないと言っていたくせに、そんなことを言う。それとも芸能人扱いをするなと言ったことに対する当てこすりだろうか。
思ったものの、小さなことに反応を示して、この場所の空気を悪くしたくはない。へらりと笑い、カウンター席に勝手に腰を下ろす。
作業をしている南が一番よく見える、とっておきの指定席。
「そんなこと言われると、ちょっと気になるな。どれ見てたの? あれかな、クイズかな」
「いや、なんだったか忘れたけど。なんか見た気がする。CM?」
「あー、そっちの可能性もあったか。まぁ、でも、あと二ヵ月もすれば、俺、めちゃくちゃテレビ出るよ?」
マフラーを外して上着も隣の席に置く。顔を上げて改めてほほえめば、どこか気まずそうな顔の南と目が合った。
「なに? 南さん」
「いや、……おまえ、今日、どうすんの?」
「どうするって」
「だから、泊まってくの。帰るの」
「泊めていただくつもりですけど。そのつもりで荷物も置きっぱなしだし」
首を傾げると、目の前に酒が現れた。珍しい。いや、まぁ、泊まるので飲酒自体はかまわないというか、むしろ大歓迎ではあるのだが。この店で呑んだことはなかった気がしたのだ。酒を飲むときは、いつも南の家だったので。
「南さん?」
「あー、……その、悪かったな。アルバム、というか、春風」
「え? あー、うん、まぁ」
尋ねるよりも先に謝られてしまい、「そうだけど」と時東は曖昧に頷いた。
先手を打たれると拗ねることもできないし、知らないふりで情報を引き出すこともできない。
やられたなぁ、と思うのに、苛立たないのは、計算ではないと思うからだろうか。
「でも、知らなかったんでしょ? 南さん」
彼の幼馴染みから聞いた情報を口にすれば、ますますなんとも言えない顔になる。
「いや、まぁ、おまえがここにいたあいだは本当に知らなかったんだけど。おまえがあいつと会う前には知ってたから。その、なんというか、まぁ」
「なんというか?」
「連絡してやろうと思えば、できたというか。無駄にびっくりしただろ」
びっくりという言い方に、時東は少し笑った。驚いたかと問われると、まぁ、そうだと答える。驚いた。ついでに、自分に対する南の態度に得心がいって、勝手に落胆もした。
この人が営業時間外に芸能人の自分を受け入れてくれたことも、自分への接し方があくまで「ふつう」だったことも、慣れていたことが理由だと思い知ったからだ。
21
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】その同僚、9,000万km遠方より来たる -真面目系女子は謎多き火星人と恋に落ちる-
未来屋 環
ライト文芸
――そう、その出逢いは私にとって、正に未知との遭遇でした。
或る会社の総務課で働く鈴木雪花(せつか)は、残業続きの毎日に嫌気が差していた。
そんな彼女に課長の浦河から告げられた提案は、何と火星人のマークを実習生として受け入れること!
勿論彼が火星人であるということは超機密事項。雪花はマークの指導員として仕事をこなそうとするが、日々色々なことが起こるもので……。
真面目で不器用な指導員雪花(地球人)と、優秀ながらも何かを抱えた実習生マーク(火星人)、そして二人を取り巻く人々が織りなすSF・お仕事・ラブストーリーです。
表紙イラスト制作:あき伽耶さん。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる