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春風と北風
19.5:春風と北風 ②
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「今回は素敵な曲をいただいて。本当にありがとうございました」
あまり時間を取っても申し訳ないので、というていで時東が用意したミーティングルーム。第一声目で飛び出したものが社交辞令だったので、春風も大人の対応でほほえんだ。
「本当は時東くんが作りたかったんじゃないの、俺から貰わなくても。でも、まぁ、たまにはテイストの違う曲を歌ってみるのも、刺激があっていいかもしれないよね」
「そう思います」
「凛のところで曲作り合宿してたんだよね、たしか。そっちのほうはどうなの、調子」
適当に嘘を吐いてもいいだろうに、きまりの悪い顔で黙り込まれてしまった。
素直、素直、ねぇ。馬鹿って言うんじゃないの、これは。そんなふうに思いながらも、にこりと畳みかける。
「ぜんぜん?」
素直で馬鹿だから、凛太朗は気に入ったんじゃないかな。月子はそんなことを言う。さて、自分はどうだろう、と。春風はおのれの過去を振り返った。
幼かったころから春風は素直と無縁の子どもだった。顔かたちばかりは整っていたので人の目を惹いたが、いかんせん自分は人のえり好みが激しかった。
気心の知れた幼馴染みがいたら、それでいい。その思考でもって、自分にちょっかいをかける悪ガキどもはことごとく返り討ちにした。二度目があったら面倒なので、それはもう徹底的に。
あいつはヤバイと評され、距離を置かれるようになったが、願ったり叶ったりだった。なにせ、面倒見の良い幼馴染みだけは、呆れ顔で苦言を呈しながらも、変わらずそばにいてくれたので。十分だったのだ。
南は、暴走するきらいのある自分のストッパーのような存在でもあった。
ストッパーがいなければ、自分はただの暴走車だ。そのことを恐ろしいと思うだけの理性はあるから、ストッパーを欲す。傍にいることが必然と思ってしまう。
その関係の邪魔をしないのであれば、新しい誰かが来ても、まぁ、構わないと思っていた。だが、この子どもはどうだろうか。
「言ってくれたら、よかったのに」
追及をかわすように、時東がぽつりと呟く。唐突に切り替わったものの、なんの話なのかは、すぐにわかった。
むしろ、その話以外に自分を呼び止める理由はないだろう。
「俺が? 凛が?」
「いや、……」
「凛がなんて言えばいいのよ、きみに。俺の幼馴染み、北風春太郎なんだけど知ってるって? 時東くんと俺に関わりがあるかどうかも知らないのに?」
時東の顔に浮かんだかすかな安堵に、春風は小さく肩をすくめた。
「まぁ、さすがに今は知ってるけどね。ちょっと前までは、俺がきみに曲を提供したことも知らなかったよ、あいつ」
言わなかったことはわざとだが、それは春風の都合だ。
「どう? ほっとした?」
「春風さんって」
苦虫を噛んだ声に、変わらない笑顔で首を傾げる。
「なぁに? 時東くん」
「前から思ってましたけど、性格悪いですよね」
「きみも決して良くはなさそうだけどね。ついでに言うと、凛もべつに良くはないよ」
たとえば、自分では動かず、時東にすべてを選ばせようとしているところ、だとか。まぁ、ようやく自分も向き合うことを決めたみたいだけれど。
気づかせてやった自分に感謝してほしいくらいだ。
「そうだ。ねぇ、時東くん。教えてよ。いつ思い出したの? 凛のこと」
いつどこで、押し込めていた記憶を紐解いたのか。少なくとも、ロケで南の店に来たときは気づいていなかっただろうに。
馬鹿だなぁ、というよりは、少し憐れだ。挑発するように片方の唇を吊り上げる。
春風は最初からぜんぶ覚えていた。頼まれると無碍にできない性分の幼馴染みは、大学生活と並行してバンド活動を行っていたころ、よくサポートに駆り出されていた。専属のドラマーがいないバンドは案外と多い。
そのなかのひとつに、時東たちのバンドがあったのだ。『Ami intime』。
お友達と夢を追う子どもが付けそうな名前だと思った記憶がある。馬鹿にするでもなく、南はかわいいと評していたけれど。
こんなことを俺が言うのもなんだけど、あのままいつかデビューしてくれたらなと思うよ、と。そう言っていた。
それの半分は叶わなかったが、ある意味で半分は叶ったわけだ。
真意を図るようだった時東の瞳が、ゆっくりと笑みをかたどっていく。
「内緒です」
「内緒か。意地悪だねぇ、時東くん。楽曲提供者が尋ねてるっていうのに」
「じゃあ、質問に答えてくれたら、僕も答えますよ。と言っても、春風さんは、べつにそこまで知りたいわけじゃないと思いますけど」
「そんなことないよ」
そう春風は請け負った。まぁ、実際、どうでもいいと言えば、たしかにどうでもよかったのだが。興味のないそぶりは微塵も匂わせず、にこりとほほえむ。
「だから、なにを聞いてもいいよ。どうぞ?」
「春風さんは、南さんのことが好きなんですか」
直球に尋ねた声も、顔も。どうしようもなく生真面目だった。
さて、どう答えたらおもしろいことになるかなぁ、と考えて、春風は足を組みかえた。そうして、ゆっくりとほほえむ。どうすれば自分の顔が魅力的に見えるのか。熟知した方法で。
俺がおまえの言うところの「好き」という感情を持ち合わせていたのなら、ずっと昔に俺のものにしていた、と思いながら。
それこそ、こんな子どもの入り込む余地などないくらいに。
あまり時間を取っても申し訳ないので、というていで時東が用意したミーティングルーム。第一声目で飛び出したものが社交辞令だったので、春風も大人の対応でほほえんだ。
「本当は時東くんが作りたかったんじゃないの、俺から貰わなくても。でも、まぁ、たまにはテイストの違う曲を歌ってみるのも、刺激があっていいかもしれないよね」
「そう思います」
「凛のところで曲作り合宿してたんだよね、たしか。そっちのほうはどうなの、調子」
適当に嘘を吐いてもいいだろうに、きまりの悪い顔で黙り込まれてしまった。
素直、素直、ねぇ。馬鹿って言うんじゃないの、これは。そんなふうに思いながらも、にこりと畳みかける。
「ぜんぜん?」
素直で馬鹿だから、凛太朗は気に入ったんじゃないかな。月子はそんなことを言う。さて、自分はどうだろう、と。春風はおのれの過去を振り返った。
幼かったころから春風は素直と無縁の子どもだった。顔かたちばかりは整っていたので人の目を惹いたが、いかんせん自分は人のえり好みが激しかった。
気心の知れた幼馴染みがいたら、それでいい。その思考でもって、自分にちょっかいをかける悪ガキどもはことごとく返り討ちにした。二度目があったら面倒なので、それはもう徹底的に。
あいつはヤバイと評され、距離を置かれるようになったが、願ったり叶ったりだった。なにせ、面倒見の良い幼馴染みだけは、呆れ顔で苦言を呈しながらも、変わらずそばにいてくれたので。十分だったのだ。
南は、暴走するきらいのある自分のストッパーのような存在でもあった。
ストッパーがいなければ、自分はただの暴走車だ。そのことを恐ろしいと思うだけの理性はあるから、ストッパーを欲す。傍にいることが必然と思ってしまう。
その関係の邪魔をしないのであれば、新しい誰かが来ても、まぁ、構わないと思っていた。だが、この子どもはどうだろうか。
「言ってくれたら、よかったのに」
追及をかわすように、時東がぽつりと呟く。唐突に切り替わったものの、なんの話なのかは、すぐにわかった。
むしろ、その話以外に自分を呼び止める理由はないだろう。
「俺が? 凛が?」
「いや、……」
「凛がなんて言えばいいのよ、きみに。俺の幼馴染み、北風春太郎なんだけど知ってるって? 時東くんと俺に関わりがあるかどうかも知らないのに?」
時東の顔に浮かんだかすかな安堵に、春風は小さく肩をすくめた。
「まぁ、さすがに今は知ってるけどね。ちょっと前までは、俺がきみに曲を提供したことも知らなかったよ、あいつ」
言わなかったことはわざとだが、それは春風の都合だ。
「どう? ほっとした?」
「春風さんって」
苦虫を噛んだ声に、変わらない笑顔で首を傾げる。
「なぁに? 時東くん」
「前から思ってましたけど、性格悪いですよね」
「きみも決して良くはなさそうだけどね。ついでに言うと、凛もべつに良くはないよ」
たとえば、自分では動かず、時東にすべてを選ばせようとしているところ、だとか。まぁ、ようやく自分も向き合うことを決めたみたいだけれど。
気づかせてやった自分に感謝してほしいくらいだ。
「そうだ。ねぇ、時東くん。教えてよ。いつ思い出したの? 凛のこと」
いつどこで、押し込めていた記憶を紐解いたのか。少なくとも、ロケで南の店に来たときは気づいていなかっただろうに。
馬鹿だなぁ、というよりは、少し憐れだ。挑発するように片方の唇を吊り上げる。
春風は最初からぜんぶ覚えていた。頼まれると無碍にできない性分の幼馴染みは、大学生活と並行してバンド活動を行っていたころ、よくサポートに駆り出されていた。専属のドラマーがいないバンドは案外と多い。
そのなかのひとつに、時東たちのバンドがあったのだ。『Ami intime』。
お友達と夢を追う子どもが付けそうな名前だと思った記憶がある。馬鹿にするでもなく、南はかわいいと評していたけれど。
こんなことを俺が言うのもなんだけど、あのままいつかデビューしてくれたらなと思うよ、と。そう言っていた。
それの半分は叶わなかったが、ある意味で半分は叶ったわけだ。
真意を図るようだった時東の瞳が、ゆっくりと笑みをかたどっていく。
「内緒です」
「内緒か。意地悪だねぇ、時東くん。楽曲提供者が尋ねてるっていうのに」
「じゃあ、質問に答えてくれたら、僕も答えますよ。と言っても、春風さんは、べつにそこまで知りたいわけじゃないと思いますけど」
「そんなことないよ」
そう春風は請け負った。まぁ、実際、どうでもいいと言えば、たしかにどうでもよかったのだが。興味のないそぶりは微塵も匂わせず、にこりとほほえむ。
「だから、なにを聞いてもいいよ。どうぞ?」
「春風さんは、南さんのことが好きなんですか」
直球に尋ねた声も、顔も。どうしようもなく生真面目だった。
さて、どう答えたらおもしろいことになるかなぁ、と考えて、春風は足を組みかえた。そうして、ゆっくりとほほえむ。どうすれば自分の顔が魅力的に見えるのか。熟知した方法で。
俺がおまえの言うところの「好き」という感情を持ち合わせていたのなら、ずっと昔に俺のものにしていた、と思いながら。
それこそ、こんな子どもの入り込む余地などないくらいに。
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