南食堂ほっこりごはん-ここがきっと幸せの場所-

木原あざみ

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袖振り合うも他生の縁

19:南凛太朗 1月18日21時55分 ③

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「じゃあさ」
「なんだ?」
「俺とふたりで生きてみる?」

 変わらない顔で笑い、春風は酒に口を付けた。その調子のまま、淡々と言葉を続ける。

「俺とふたりで、おまえの家で。俺も空いてる時間に、おまえの店を手伝ってもいいしさ。仕事して、畑耕して、茶ぁ飲んで、飯食って。五十年後、曲がった背中で頑固に店に立ってるおまえを見るも良し、ふたりでとっとと楽隠居して、裏庭の畑耕すのも良し。悪くないと思うよ。俺、老後も金に困らない自信はあるし」
「……まぁ、おまえは金に困らないだろうな」
「そうそう。印税ってやつ? すごいよね、音楽のちから」
「使いどころ違わねぇか、それ」
「そうかもね」

 楽しそうに喉を鳴らし、「でも」と軽く首を傾げる。この仕草を見た覚えは幾度もあった。酒場で。あるいは夜の街で。狙った女を落とすとき、この幼馴染みが使用する常とう手段。

「月ちゃんとふたりの老後は十年経っても想像できないだろうけど、おまえとならできるよ」

 整いすぎたきらいのある顔に見慣れた微笑を刻み、春風はただ南を見ている。呆れたふうに南は嘆息した。

「いや、ないだろ」

 むしろ、月子とのそれを想像してやれと心底思う。あるいは、そこまではっきりできないと言うのであれば、引導を引き渡してやれ。
 適当に手を出さないだけ、大事にしているのだと思うが。

「俺とおまえに、それはないだろ」
「そうかな。わかんないだろ。やってみなきゃ」

 拗ねたふうに眉をひそめた春風が、酒を呑み切るなりとんでもないことを言った。

「じゃあ、時東くんなら想像できるの、凛は」
「なんでそうなる」

 ここで話を戻すあたり、手のひらで転がされているようで嫌になる。南は苦虫を噛んだ声を出した。

「言いたくないが、俺の恋愛の心配をしてくれてたんじゃないのか、おまえは」
「してるんじゃん、だから」
「……」
「というか、まぁ、そうだな」

 閉口した南が憐れになったのか、春風は雰囲気を少し和らげた。

「わかりやすいかなぁと思って恋愛とは言ったけど。べつに恋愛じゃなくてもいいんだよ。とにかく、なんていうのかな」

 悩んだ春風の指先が、コップの縁をなぞる。
 恋愛だのなんだのということを、今はあまり考えたくない気分だった。藪を突きたくないので口にはしなかったが。
 黙ったままでいると、春風が静かに口火を切った。

「凜が新しい交友関係を築くのが怖いっていうなら、それもべつに俺はいいんだ」
「おい」
「なに? 怖いって言われるのは心外だった?」

 くすくすとからかうように笑って、春風は続ける。

「まぁ、でも、だってさ。さっきも言ったとおりで俺はここにいるし、この店に来る人もたくさんいる。月ちゃんだって海斗くんだっているよ。凜が大事にしたいものはぜんぶ揃ってる」

 ね、と笑いかける春風の声は、どこまでも優しい。そうしてそれは、たしかに南が求めているものだった。だから、と変わらない穏やかな調子で春風が言う。

「そこに無理して新しいものを入れる必要はないでしょ」

 新しいもの。今までこの空間になかった存在。浮かぶ顔はたったひとつだった。なにも言えないでいるうちに、春風がまた小さく笑った。コップの縁を撫でていた指先が離れていく。

「でも、入れたいって思うことも、悪くはないと思うよ。まぁ、俺はちょっと嫌だけど、それは俺の勝手だし。口出すつもりはないし」
「……出してんじゃねぇかよ」

 警戒心が強いと評すべきか、こだわりが強いと評すべきか。正確な表現はわからないものの、この幼馴染みが人間関係に関する変化を好まないのは昔からだ。
 懸念していたはずの習性を、この数年利用していたのは、ほかならぬ自分だと南は理解していた。そうして、間違いなく春風も。
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