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袖振り合うも他生の縁
17:南凛太朗 1月7日21時55分 ②
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「それは、まぁ、気にしないわけないじゃないですか。南さんがいくら気にしなくていいって言ってくれても」
もぞもぞと口を割った時東が、申し訳なさそうな笑みを浮かべる。
「そういうわけで、俺なりの自戒ってやつです。南さん、修繕費とかお見舞いとか受け取ってくれないでしょ」
「まぁなぁ」
「やっぱり!? ということは、俺の食費とかそういうのも受け取ってくれないよね? いっそのこと、この机に封筒置いて行こうかな」
「事務所宛てに送り返すからな」
「それ一番地味に傷つくやつ!」
駄々っ子のように首を振って、時東はぱたりとノートを閉じた。書けないのか、と。尋ねたい衝動が疼き、けれど、すぐに内側に沈んでいく。
じっと見つめていると、時東がへにょりと眉を下げた。
「なんていうかさ、嫌だなって思ったんだよ。俺が、純粋に」
それは、どれのことなのだろう、と南は思った。「芸能人だから」というお題目でプライベートを脅かされることか。それとも節度を持たないファンを持ってしまったことか。それとも――。
「余計なこと言うなって事務所には怒られるしさぁ。どうせネットでも調子乗ってるとか言って叩かれてるんでしょ、俺。知らないけど」
「いや、俺も知らねぇけど」
「見なさそうだよね、南さんは、そういうの」
ほっとしたような言い方に、不必要な感情が動きそうになる。蓋をして、いかにもしかたないというふうに南は息を吐いた。
「事務所のことは知らないから、なんとも言えないけど。いいんじゃないの、べつに。おまえのファンに向けて、おまえが言ったことなんだから」
怒られようが、叩かれようが、おまえにとっての正解はそれだったのだろう、と言えば、時東は目を瞬かせた。
「南さんも?」
「なんで俺だよ、おまえとおまえのファンの話だろうが」
「いや、……まぁ、それも、まぁ、そうなんだけど」
「だったら、それでいいだろ。面倒だったんだろうとは思うけど、とりあえず終わった話なんだろ? もう置いとけよ」
自分がどうのという方向に話を進めたくなかっただけなのだが、怒ったように響いたかもしれない。
言葉に迷っている様子が見て取れて、さりげなさを装い卓上に視線を落とす。閉じられたノート。響かないギターの音色。
そのいずれもが再び芽吹くことを南は願っている。不必要な感情が増えようとも、それだけは本心のつもりだった。手助けのひとつとして、場所を貸してやろうと考えたことも。
「あの、南さん」
「……なに?」
おずおずとした呼びかけに、諦めて視線を向け直す。いつか見た、怒られることを待つ子どもに似た顔。
「その、……このあいだは、新年早々ごめんなさい」
「仕事だったんだろ? いいよ、謝らなくて」
「ええと、それもそうなんだけど。そこじゃなくて」
その、とまたしても言いあぐねるように時東は口を噤んだ。なにをそんなに気を使っているのだろうか。半ば呆れながら続きを待つ。
おまえにとってのここは、気を使わなくて済む楽な場所だったんじゃないのか、と言ってやりたい気がした。
「なんか、南さん、雰囲気ちょっと違うし」
「雰囲気?」
「そう、なんていうか、棘があるとまでは言わないけど、壁があるっていうか」
「俺がとっつきにくいのはもともとなんだけどな」
そつなく愛想の良い春風と違い、南は幼いころから無愛想だった。そんな人間の家に、なぜ、こいつは、店主と客の垣根を飛び越えて入ってきたのだろう。
そう考えたところで、ひとつ南は思い出した。
遠慮するそぶりを見せた時東を最初に引き入れたのは、自分だ。
「いや、それもそうかもしれないんだけど、そうじゃなくて」
「そうじゃなくて?」
「怒ってるのかな、と思って。勝手に俺の……なんていうのかな、理想みたいなのを南さんに押しつけたこと」
神妙な顔で告げた時東に、なんだ、と南は安堵を覚えた。わざわざ自分が深読みをしなくとも、時東はきちんと理解をしている。
もぞもぞと口を割った時東が、申し訳なさそうな笑みを浮かべる。
「そういうわけで、俺なりの自戒ってやつです。南さん、修繕費とかお見舞いとか受け取ってくれないでしょ」
「まぁなぁ」
「やっぱり!? ということは、俺の食費とかそういうのも受け取ってくれないよね? いっそのこと、この机に封筒置いて行こうかな」
「事務所宛てに送り返すからな」
「それ一番地味に傷つくやつ!」
駄々っ子のように首を振って、時東はぱたりとノートを閉じた。書けないのか、と。尋ねたい衝動が疼き、けれど、すぐに内側に沈んでいく。
じっと見つめていると、時東がへにょりと眉を下げた。
「なんていうかさ、嫌だなって思ったんだよ。俺が、純粋に」
それは、どれのことなのだろう、と南は思った。「芸能人だから」というお題目でプライベートを脅かされることか。それとも節度を持たないファンを持ってしまったことか。それとも――。
「余計なこと言うなって事務所には怒られるしさぁ。どうせネットでも調子乗ってるとか言って叩かれてるんでしょ、俺。知らないけど」
「いや、俺も知らねぇけど」
「見なさそうだよね、南さんは、そういうの」
ほっとしたような言い方に、不必要な感情が動きそうになる。蓋をして、いかにもしかたないというふうに南は息を吐いた。
「事務所のことは知らないから、なんとも言えないけど。いいんじゃないの、べつに。おまえのファンに向けて、おまえが言ったことなんだから」
怒られようが、叩かれようが、おまえにとっての正解はそれだったのだろう、と言えば、時東は目を瞬かせた。
「南さんも?」
「なんで俺だよ、おまえとおまえのファンの話だろうが」
「いや、……まぁ、それも、まぁ、そうなんだけど」
「だったら、それでいいだろ。面倒だったんだろうとは思うけど、とりあえず終わった話なんだろ? もう置いとけよ」
自分がどうのという方向に話を進めたくなかっただけなのだが、怒ったように響いたかもしれない。
言葉に迷っている様子が見て取れて、さりげなさを装い卓上に視線を落とす。閉じられたノート。響かないギターの音色。
そのいずれもが再び芽吹くことを南は願っている。不必要な感情が増えようとも、それだけは本心のつもりだった。手助けのひとつとして、場所を貸してやろうと考えたことも。
「あの、南さん」
「……なに?」
おずおずとした呼びかけに、諦めて視線を向け直す。いつか見た、怒られることを待つ子どもに似た顔。
「その、……このあいだは、新年早々ごめんなさい」
「仕事だったんだろ? いいよ、謝らなくて」
「ええと、それもそうなんだけど。そこじゃなくて」
その、とまたしても言いあぐねるように時東は口を噤んだ。なにをそんなに気を使っているのだろうか。半ば呆れながら続きを待つ。
おまえにとってのここは、気を使わなくて済む楽な場所だったんじゃないのか、と言ってやりたい気がした。
「なんか、南さん、雰囲気ちょっと違うし」
「雰囲気?」
「そう、なんていうか、棘があるとまでは言わないけど、壁があるっていうか」
「俺がとっつきにくいのはもともとなんだけどな」
そつなく愛想の良い春風と違い、南は幼いころから無愛想だった。そんな人間の家に、なぜ、こいつは、店主と客の垣根を飛び越えて入ってきたのだろう。
そう考えたところで、ひとつ南は思い出した。
遠慮するそぶりを見せた時東を最初に引き入れたのは、自分だ。
「いや、それもそうかもしれないんだけど、そうじゃなくて」
「そうじゃなくて?」
「怒ってるのかな、と思って。勝手に俺の……なんていうのかな、理想みたいなのを南さんに押しつけたこと」
神妙な顔で告げた時東に、なんだ、と南は安堵を覚えた。わざわざ自分が深読みをしなくとも、時東はきちんと理解をしている。
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